百九十七話 交渉へ行きました!
「太陽は出ていないが、やはり緑はいいものだな」
俺はアランベルクの食堂で、昼食を食べていた。
世界樹からすぐ近くにあるため、作ったばかりの畑や果樹園が一望できる。
今はまだ緑色しか見えないが、あれが花や実で色鮮やかになると思うと楽しみだ。
俺はここ数日、アランベルクで地下を掘る日々を過ごしていた。
掘れるものは岩、鉱石、シェオールでも掘れるようなありふれたものばかりだ。
世界樹近くには樹液があったりしたが、それ以外特別な物は見つからなかった。
……まあ、一番必要な岩と鉄が大量に集まった。
珍しいものは別に掘れなくてもいい。
それでもいつかはマッパの故郷を掘ってみたいなとか考えていると、アリッサがやってきた。
「やあ、ヒール殿」
「アリッサか。今日も、色々訓練頑張っているようだな」
「ああ。私の紋章は、なにせ【剣神】だったからな。やはり、私は前線で戦わなければ」
世界樹が復活した翌日、アランシア人たちはバリスから紋章鑑定の方法を教わっていた。
さっそくアリッサが自分の紋章を鑑定したところ、アリッサは【剣神】という紋章を持っていた。
剣の扱いに非常に長けるようになる。
俺の故国でもよく知られており、主に貴族が羨むような希少な紋章だった。
その他、守り人の紋章も優れたものだった。
特にオーガスはエレヴァンと同じ【大戦士】だから驚きだ。
しかし、俺には少し不安があった。
「それで、アリッサ。特に混乱はないか?」
「ない。紋章がそうだからといって、今の仕事をやめさせたり、他の仕事を強制はしてない。一種のおまじないと伝えてある」
「そうか……」
サンファレスがそうだったように、紋章でその人の一生が決まるような社会にはなってほしくなかった。
アリッサにもそれは伝えたが、共感してくれた。
アリッサは俺の向かいに座ると、世界樹の葉の茶を口にする。
「美味しい……まさかこんなものが、このアランシアで飲める日が来るとは。ヒール殿で何もかもが順調だよ」
しかしと、アリッサはカップを皿に戻して言う。
「ひとつまだ障害が」
「聖域のことか?」
「ああ。音を上げると思っていたが」
「なかなかプライドが許さないのかもしれない……」
「それにしても、ルラットの解放交渉ぐらいは来てもいいと思うのだが……」
ルラットは聖域の実権を握っているビリーヌ大公の息子だ。
以前アランベルクを攻めてきたとき、捕虜にしてある。今は、キノコ栽培の最前線に立つ。
そんな権力者が、息子を取られて黙っているものだろうか。
あるいはルラットを見限った可能性はあるが……あまりルラットは賢くなかったようだし。
「確かにな。だが、こっちから交渉というのも」
「ああ。こちらから交渉を持ちかけるのは、アランベルクの民たちが許してくれない」
アリッサの言う通り、アランシアの人たちの聖域に対する恨みは相当なものだ。
とはいえ、これからアランベルクが復興しようという時に、ずっとこのままの関係でいるのはよくない。
「アリッサ……ここで一気に問題を解決しよう。俺がルラットを連れて聖域に行ってくる。アランシアではなく、シェオールの捕虜としてルラットを連れていく」
「いいの、か?」
「ああ。少なくとも、互いに敵対しないようにはしたい。俺に交渉を任せてくれ」
「ありがとう、ヒール殿……頼りっぱなしで悪いな。しかし、彼らはあなたが思う以上に」
「傲慢な貴族ならいくらでも見てきている。大丈夫だ」
こうして俺はルラットを伴い、聖域へと向かうことにした。
同行してくれたのは、シエル、タラン、そしてフーレだ。
近くの城壁の上では、聖域を睨むようにアシュトンとハイネスが立っていた。二人には何か異常があれば対応してもらうことになっている。
縄で両腕を縛られたルラットは、俺の前方を進んでいく。
「ひ、ひい……た、食べないでくれ」
「タランはあんたなんか食べないって……まずそうだし」
フーレが言うと、失礼だとばかりにタランは体を縦に振った。
ルラットは声を震わせながら言う。
「い、いったい、お前たちは何者なのだ? 圧倒的な軍事力、物量、技術……しかも、人間と魔物が手を組んでいる」
「シェオールではそれが普通だ。何がおかしい?」
「……まあよい。どのみち、予言の日にお前たちは無に帰すのだから」
ルラットは予言と口にした。
フーレも気になったのか、ルラットに聞き直す。
「予言?」
「いずれ闇が世界を覆うとき、世界は滅ぶ。しかし、地底の王のもとに集まる者たちは生き永らえることができるだろう……」
俺が父から聞いた予言と近い。
【洞窟王】の俺とその統治する島を除き、世界が終わるという話だ。
フーレが呟く。
「ふーん。でも、アリッサさんとかアランシアの人たちはその予言を知らないみたいだったけど」
「本来はアランシアの王が、代々王位を継承する際に教わることだ。まあ、私は……」
フーレは首を傾げるが、俺には理解できた。
聖域の実権はルラットの父ビリーヌ大公が握っていると聞く。
アランシア神聖国のありとあらゆることを、知っているのだろう。
俺はフーレに言う。
「王様の秘密を、こいつらも知っているってことだよ」
「そうだ! ともかく、お前たちも大きな面ができるのは今だけだぞ!? 私を虫けらのように扱ったお前たちは、虫けらのように闇に呑み込まれるのだ!」
「それはお前たちも同じじゃないか?」
「我々は、闇には呑み込まれん……我々は、神聖なる存在なのだ。我らこそが、”地底の王”のもとに集まる者たちだ」
そこまで言うと、ルラットは不気味な笑顔を見せた。
自分たちが地底の王のもとに生き永らえる者、と考えているのだろうか。
フーレが苦笑する。
「そういやさ、エルトさんも地底の王とか名乗ってなかったっけ?」
「ああ……そう言われれば確かに」
フーレの言う通り、シェオールの地下に囚われていたエルトも地底の王と名乗っていた。
「昔、地底の王と名乗るのが流行ってたんじゃない? 私は予言のあとも生き残る王だ! みたいに」
「可能性はあるな……権威付けのためだったのかも」
俺がフーレに答えると、ルラットは「私たちこそが、本物の王を戴く者だ」と少し不安そうに呟いていた。
そんなこんなで、聖域の柵門に到着する。
しかし、聖域は異様なほど静かだった。
前は柵の向こうに見えた衛兵の姿も見えない。
「誰か! 誰かいないか!?」
俺がそう声を上げるも、聖域から返事はない。
また、ルラットも首を傾げている。
「……何故だ? 何故、誰もいない?」
「何か、門を開ける方法はないのか?」
「……くっ。まあよい」
そう言うと、ルラットは何か呪文のようなものを唱えた。
しかし何度唱えても開かない。
「な、何故だ?」
ルラットは青い顔で呟く。
俺は手を向けて言う。
「無理やり、開けてみるか」
「や、やめろ! 地底の王を怒らせるだけだ! その柵には魔力を吸収する力がある。反撃されるぞ」
ヒールもそれは目にしている。聖域にはいくらか防衛機構があった。
柵を越えて、聖域に侵入しようとしても、何か光線のようなもので攻撃されてしまうだろう。
俺はルラットに訊ねる。
「門は開けない、柵は壊せない、空からも侵入できない……なら、ここで待つしかないのか?」
「そ、それしか。しかし」
「明らかに異常なんだろう? なら、どうにかして中に入らないといけないが」
魔法で壊してもいい。
しかし、ここはやはり。
俺はピッケルを出した。
「地下から行くか」
俺の声に、フーレたちもピッケルを出して頷いた。