百九十六話 復活の兆しでした!
「せ、世界樹が……」
アリッサは周囲を見渡しながら、声を上げる。
「──世界樹が、復活した!?」
アリッサの言う通り、世界樹は復活してしまった。
リエナや皆の手を確認するが、太陽石は誰も使っていない。それなのに一気に枯れていた世界樹は元気を取り戻してしまった。
種を植えた場所からも、すでに人の高さほどの木が生えている。だからこの世界樹はもっと高くなるだろう。
俺はマスクで口を覆い、皆にも同じようにさせて言う。
「皆、また同じことにならないよう気をつけろ。しかし、まさか、本当に復活するとは……」
見下ろすと、アランベルクの街路には、何が起きたと人だかりが起きている。
「下の人たちは……ゴーレムがなんとかしてくれているみたいだな」
世界樹の葉から出る粉を吸っては、アランベルクの人たちが混乱してしまう。シェオールのは、時間が経つにつれ落ち着いたが。
「しかし、またどうして復活したんだ……」
「世界樹は枯れても、なんか力を持っていたんじゃない? 樹液も残っていたわけだし」
フーレは俺にそう答えた。
世界樹の枝が、肥沃な土壌の代わりとなったということか。
「でも、それだったら世界樹の種以外も育っていいように思えるが」
「まあ、案外姫が植えたから育ったのかもよ?」
フーレの声にマッパはこくこく頷くが、リエナは首を横に振る。
「そんなことあるわけないじゃないですか。誰がやっても、世界樹は蘇ってましたよ。そんなことより、これで」
リエナの声に俺は頷く。
「ああ。この麓で植物が育てられるはずだ」
「ほ、本当か? 太陽も出てないのに」
アリッサが首を傾げる。
「何とも言えないが、早速やってみようじゃないか。メルがすでに、いくらかアランベルクの外の土を浄化してくれてるはずだ。それを使おう」
それから俺は魔動鎧でアランベルクの外に向かった。
そこでは光を発し、土を浄化するメルが。
「メル、やっているな」
「あ、お父さん! うん。土の色が綺麗になるから面白いなって」
メルの言う通り、真っ黒だった土が、茶色の土に戻っているようだ。
「さっそく、この土を使わせてもらおうと思って。リエナが世界樹を復活させてさ」
「なんか匂いが変わったと思ったら、そういうことだったんだね。私も見に行く!」
「ああ、行こう」
俺はメルが浄化した土をインベントリに回収すると、メルと共に世界樹の麓へ向かう。
メルも、世界樹が復活したことに驚きを隠せないようだった。
「本当に世界樹が……」
「すごいよな……メルもすごいが。おかげで、作物を育てられるかもしれないんだ」
俺は世界樹の麓で、回収した土を放出していく。
リエナは他のシェオールの者たちと共に、スコップを用い土を均していった。
「アリッサさん。ここまで土を盛っても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。特にこの広場に使い道があったわけじゃないからな。全部、畑にして問題ない。それよりも、私たちも手伝わせてくれ」
アリッサたちアランシアの人々も加わり、世界樹の麓の畑づくりが始まった。
そうして広大な畑ができると、アリッサが小さな袋を持ってきた。
「果樹の種だ。おそらくリンゴだな」
「世界樹の力なら、すぐに小さな芽が出てくるはずです」
リエナが言うと、アリッサが種を差し出す。
「リエナ殿が植えてくれるか?」
「私が? さっきの話を本気になされているのですか?」
「もしかしたら、ということもある。私も隣で植えるから」
「分かりました……本当に関係ないと思いますけど」
リエナはそう言って、膝を曲げた。
アリッサもリエナの隣に腰を落とす。
「では、植えましょう」
なんということはない、ただ植えるだけ。
二人は地面に小さなくぼみを作ると、そこに種子を置き、最後に土を被せた。
アリッサはちらちらと横目でリエナを見ていたので、恐らく意図的にリエナと同じような植え方をしたのだろう。
「ふう。これで芽が出るといいのですが……あっ」
リエナの言葉の途中で、リエナが植えた種から芽吹いた。
しかし、アリッサのほうは何も起こらない。
アリッサはもちろん、俺たちはその光景に言葉を失う。
「ま、まさか本当にリエナ殿」
「ぐ、偶然ですよ! 種子にも差があるでしょうから」
「ならば、もう一度」
アリッサはそう言うと、何度かリエナとリンゴの種子を植えていった。
双方、十個ずつ植えただろうか。
アリッサのほうは何も芽生えなかった。
一方、リエナのほうは全て、新芽が出ている。
「アリッサさんが不器用だから生えないとかじゃないよね……」
そう言ってフーレも植えてみるが、やはり生えない。
念のため、俺やメル、他の者たちも種を植えたが、全く芽が出なかった。
俺は、自らも驚くような顔をしているリエナに訊ねる。
「リエナ……何か、魔法を使っているわけではないよな?」
「ま、まさか。本当に、ただ、植えているだけです」
リエナはそう答えた。
俺もリエナの魔力の動きを見ていたが、特に魔力を消費したのは見えなかった。
「っていうことは、姫にはなんか力があるってこと? えっと、なんて言うんだっけ、あれ……
」
「紋章……そうか! リエナは作物の成長を促す紋章を持っていたな」
【百姓】という紋章だ。
それが、植物の成長を早めていたのだろう。
リエナもなるほどという顔をする。
「そ、そうなんでしょうかね。でも、私もこの島に来るまでは、こんなことはなかった気がしますが……世界樹の力で、さらに成長が早まっているのかもしれませんね」
「そうだろうな」
俺が答えると、アリッサが呟く。
「紋章、というのは非常に便利だな……そういえば、私たちも持っているか知りたかったんだ」
「そういえば、すっかり忘れてた。バリスに時間があるときに調べてもらうよう頼むよ。ともかく、これで作物が育てられそうだな」
リエナが頷く。
「アランベルクの食事がもっと豊かになりますね」
「ああ。よし、俺はもっと土を持ってくる。畑をもっと拡大するぞ」
こうして俺たちは畑を拡大していった。
種子を植えた後、まだ小さいが青々とした緑を見てリエナが呟く。
「綺麗ですね。これで、太陽が出たら文句なしなのですが」
「本当にな……うん?」
俺は思わず、空を見上げた。
相変わらずの曇り空。
しかし心なしか、空の向こうが明るい気がした。
メルがやったわけではない。
メルは小さな芽に顔を近づけ、目を輝かせている。
俺は世界樹に目を移す。
「世界樹の粉のせいかな……」
「どうしました、ヒール様?」
「いや。ともかく、アランシアは着実に復興している。俺たちももっと協力していこう」
「はい!」
こうしてアランベルクに世界樹と果樹園ができるのだった。