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百九十四話 やっぱりでした!?

 灰色のアランベルクにあって、一際明るいベージュの建物があった。

 広場に面したその建物を見上げて、俺は呟く。


 三階建てぐらいの建物。縦より、横に長い建物だ。壁には飾りの柱や草花を模した彫像が見える。入り口には貝の飾りや船具が飾ってあった。


 どことなくシェオールを思わせる雰囲気だ。


「マッパ、これはどうしたんだ?」


 俺が訊ねると、マッパは中に入ったほうが早いと俺を招き入れる。


 するとそこには、ベンチやイス、テーブルなどが置かれた、くつろげるような大広間があった。すでに多くのアランシア人で賑わっている。

 一見食堂に見えるが、奥にはまた別の空間があった。この形はシェオールでも見た。浴場で間違いない。


 すでに入浴を済ませた者もいるようで、濡らした髪を布で乾かしている者もいる。


「おお、アランシアにも浴場を作ったわけか」


 マッパがこくこく頷くと、後ろから声が響いた。


「地下の水の一部を、噴水だけじゃなくてここに流れるようにしてあるんだ。水が結構暖かかったからね」


 そこにはピッケルを持ったフーレがいた。


 アリッサが感心したように言う。


「これはありがたい。こんなことになる前は、私たちも元々風呂は好きだった。しかし、水を確保することもできなかったし技術もなかったからな」


 フーレが答える。


「喜んでくれてよかった! 他の場所でも作るつもりだよ。まあ、ともかく皆も入りなよ! ヒール様と姫はなんか……甘い匂いがするし」


 俺とリエナは先ほど、地下に張っていた甘ったるい液体に落ちてしまった。手ぐらいは水魔法で洗ったが服などはまだ少し濡れたままだ。


「確かにこの際、服も体も洗ったほうがいいな。それじゃあ俺たちも入らせてもらうか」


 俺は奥の着替える場所に向かおうとする。男女別で着替える場所が分かれているはずだ。


 しかしフーレが俺の手を握る。


「ヒール様たちはこっち」

「え?」


 フーレは右の壁沿いを歩いていく。その先には、小さな扉があった。


 扉を開くと、そこにはそれなりに大きな広い部屋に出る。

 ここにも外への出入り口があってテーブルや椅子が置かれているが、ずっと小さい。


 フーレが言う。


「こっちはシェオール人の休憩所なんだ。寝泊まりする場所がなかったからね」

「なるほど。行き来も増えてきたからな」


 現にマッパとその弟子たちは一日中こちらにいるということが増えている。

 

 フーレが部屋の奥を指さす。


「それで、奥が風呂。二階が部屋になってるんだ。だから、私たちはこっちを試しに使ってみよ」

「なるほど……でも」


 俺が不安そうな顔をすると、フーレがにやつく。


「ふふん。残念ながら、こっちも男女で別れてまーす。もうヒール様ったら、何を考えてたのか」


 笑うフーレに俺は少し恥ずかしくなる。


「べ、別に深い意味はない……とにかく、入らせてもらうぞ」

「ごゆっくり! 姫たちも入った入った。私も入るから!」


 フーレの声を背に、俺は脱衣所に入った。

 ちゃんと男女別に分かれており、中は人が三人は横になれるような広さがあった。


 手早く服を脱いで、そのまま扉のない浴場へ入る。


 そこまで大きな浴場ではない。浴槽は二、三人が入れるような広さで、洗い場もそれぐらいの広さだ。


 壁には、捻ると水が出る管がある。

 管を蛇のようにうねらせることができるので、シェオールでは蛇口と呼んでいたものだ。低い方にはただ水が流れるだけのものが、高い方には口がざるのようになっていて水が雨のように降るものが付けられていた。


 この蛇口を使わなくても、体を洗うだけなら水魔法で流して、風魔法でさっさと乾かせばいいだけ。


 でもせっかくだから、この浴場の設備を使うとしよう。


 多少疲れたし、浴槽にも少し浸かっていきたい。


「まずは、体から洗うか」


 俺は浴場用の小さな椅子に腰かけ、壁の上側の蛇口から水を流す。

 それで髪を、次に体を洗っていった。


「やっぱり、少しぬるいな」


 熱々のシェオールの温泉が恋しくなる。


 だが、ここの水も悪くない。透明でどこかすべすべするような手触りの水だ。そこはかとなく甘い香りがする気もする。


「浴槽の水は火魔法で少し暖めればいいだけだもんな……よし」


 体を洗い終わった俺は、手を浴槽のお湯に突っ込む。

 やはりぬるいので、火魔法で加熱した。

 しばらくして湯気が立ち込めるとちょうどいい温度になったので、俺は浴槽に体を浸からせた。


「ふう、気持ちいい……」


 シェオールとはちょっと違って、水が滑らかな気がする。


 目を瞑ると自然と鼻歌が鳴る。あまり長風呂していると、ついウトウトと寝てしまいそうだ。それだけ心地のいいお湯だった。


 シエルもぷかぷかとお湯に浮いている。

 とても気持ちよさそうだ。


 いつも一緒に入っているからあえて言わなかったけど、シエル的に大丈夫なのかな……だって、中は女性なわけで。


 そう考えるとなんだか恥ずかしくなってくる。俺は広げていた脚をなんとなく閉じた。


 そんな中、脱衣所からとことこと足音が聞こえる。


「うん……?」


 目を開くと、湯気の中にうっすらと見える人影が三つ。


 マッパとその弟子がやってきたのかもしれない。

 彼らも今までずっと働いていたのだから、汗をかいているだろう。


「お湯暖めておいたから、気持ちいいぞ。冷めないうちに皆、入ってこい」


 聞こえているのかいないのか、返事もないまま人影は近寄ってきた。


 マッパはまあ喋れないからな。弟子の皆もマッパの影響を受けているだろうし……でも、


「おいおい。体は洗ったほうがいいぞ。せっかくのお湯が脂っぽく──え?」


 湯気の中から現れたのは、すらっとした体型の三人だ。


 中央には長い黒髪を濡らしたリエナが頬を染めながら、うるうるとした瞳を物欲しそうにこちらに向けていた。


 右にはツインテールをほどいたフーレが。背中まで伸びたくしゃっとした金髪と切なそうな顔が、いつもさばさばとしたフーレとは違う印象を与える。フーレの頬は赤らんでいた。


 左で同じく顔を真っ赤にして身をくねらせるのはアリッサだ。うっとりとした表情で俺を見ている。

 こっちはさっき見た。なるほどと思った。


 しかし皆、裸だったから俺は思わず目を逸らした。


 そのせいで反応が遅れた。


 目を離した一瞬の内に浴槽に入ってきた三人たちは、手で足で、俺の体の各所をなぞる。

 リエナが俺の手を強く握り、フーレは俺の耳に息を吹きかけた。アリッサはもっと積極的に俺の両足を掴もうとする。


 俺はすぐに浴槽から立ちあがり、風呂を出ようとする。


 だが、俺自身、彼女たちを見て、何か思うところがあったのだろう、全く体に力が入らない。手も足もがっしりと掴まれているから尚更だ。


 リエナたちはもっと強引に身を寄せてくる。体のあちこちが密着する。このままでは、俺の正気が持たない。


 正気に戻そうと回復魔法をかけたが意味をなさない。俺自身も拒否する声を上げられなかった。


 さきほどから感じた甘い匂い……もしかしてこれって、あの地下の世界樹の樹液も少し混じっていた?

 だから、俺も皆もこんなことに。


 このままでは下にいるアランシア人も色々と大変なことになってしまう。

 でも、アランシアの人たちは普通にでてきてたよな……いや、ともかく状況を確認しなければ!


 その気持ちが俺を奮い立たせのか、声を振り絞らせる。


「み、皆、落ち着け! これは世界樹の樹液のせいだ!」


 だがリエナたちが手を緩める気配はない。


 この際、恥じてはいられない。叫んで誰かに助けにきてもらおう。


「誰か! 誰か来てくれ! ──あっ」


 浴槽からは見覚えのある魔力の者が迫っていた。


「タラン! よく来てくれた! ここの水のせいで……タラン?」


 湯気の中で妖しく光る赤い目。

 タランの顔はいつも俺が見ている顔ではなかった。

 まるで何かを捕食せんとするような、そんな野生の表情をしていた。


 その狙いは俺だったようだ。


 タランは何も言わずに蜘蛛糸を繰り出してきた。

 蜘蛛糸に絡まる俺の体をそのまま引き寄せ、そのフサフサとした胴体の上に載せる。


 それからタランは建物の窓から飛び出し、アランベルク市街の屋根の間をぴょんぴょんと飛んでいく。


 やがてアランベルク中央にある塔を駆け上がると、高い場所が苦手な俺の意識はついに途絶えてしまうのだった。

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