百八十九話 立場が逆転しました!?
「来るぞ! 迎撃の準備を整えろ!」
アランベルクの城壁の上では、アランシアの兵士たちが忙しなく行き交っていた。
皆、手にはシェオール製の武器が握られている。クロスボウや弓など、マッパたちが量産したものだ。
俺もまた、リエナと共に城壁の上にいる。
少し離れた場所には、フーレやアシュトン、ハイネスも一緒だ。
俺たちはこちらに魔動鎧を持ち込めないので、このまま城壁の上で戦うことになる。
でも、すでにアランシアでは魔動鎧が十体組み立て終わっている。
アリッサと守り人たちはそれに乗って、今回の襲撃を防ぐようだ。
「ヒール様……アリッサさんたち、大丈夫でしょうか?」
リエナは心配そうに呟いた。
「まだ十分に訓練できているわけじゃない。城壁から離れすぎないように戦うみたいだから、俺たちでしっかり支援してあげよう」
俺の声にリエナは首を縦に振った。
そうこうしていると、薄暗かった空がさらに暗くなった。
城壁から地平線を眺めると、徐々に黒い波と空がこちらに迫ってきているのが分かる。
いざとなれば、彼らとの戦いに強いメルにも応援に駆け付けてもらうことになっている。
だが基本的には、アランシアの人々だけで防衛できるのが一番。
こちらはなるべく攻撃に参加せず、今のアリッサたちがどれだけ戦えるか、見させてもらおう。
そんな時、周囲に烈風が吹く。
見上げると、巨大な水色の鎧が飛んでいた。
アランシアの人々がそれを見て、歓声を送る。
「殿下、頑張れ!!」
「ご武運を!!」
アリッサが慕われているのがよく分かる。
魔動鎧を水色にしたのは、暗雲に包まれたアランシアに青空が戻るように祈ってのことらしい。
暗い空に光沢のある水色がよく映える。灰色の街並みの中で暮らしているアランシアの人々にとっては、まさに希望に見えるはずだ。
アリッサは魔動鎧の首を縦に振ると、黒い波に向かって進み始めた。
「リエナ、俺たちも!」
「はい!」
俺たちは、アリッサたちの魔動鎧にシールドを展開する。
俺とリエナで五体ずつを担当するので、攻撃はできない。
近づかれたら、フーレやアシュトン、そしてアランシアの人たちが頼りだ。
皆が見守る中、魔動鎧の一体が手から火炎を繰り出した。
火炎は一気に数十体のアンデッドを飲み込む。
それを見た城壁の兵たちは、おおと声を上げる。
俺も火炎の規模に驚いた。
恐らくは守り人のヴァネッサが放ったのだろう。しかしその魔法の威力は、生身で放ったときよりも遥かに増大していた。
王国でもここまでの魔法を放つ者はいなかった。
ヴァネッサの力量もあるのだろうが、魔動鎧の力はすさまじい。
「……他の者たちも攻撃を始めたな」
他の魔動鎧も、剣や巨大なバリスタで戦う。
空からはドラゴンなど飛行系のアンデッドも迫っていたが、鎧の速度に追いつけず、次々と倒されていった。
アンデッドが城壁の投石機やバリスタの攻撃の届く距離に迫るころには、もうすでに結構な数が倒されていた。
そんな中、リエナが呟く。
「順調のようですね!」
「ああ。魔法以外なかなか効かないと思っていたが、さすがはマッパの武器だ。後で戦果を伝えないとな。しかし……」
俺は倒れたアンデッドの死体に視線を移す。
殆どが白骨だが、何か一種族の遺骨ではないようだ。様々な種族が朽ち果て集まったのが、あの大群なのだろう。
あの黒い瘴気に長い時間触れていたから、彼らはああいう姿になったのだろうか。
ガルダやランスビーはまだ浸蝕されて時間が経ってなかったから助かった?
いずれにせよ、敵をもっと知る必要もありそうだ。
戦い自体はその後もこちらの優勢で進んだ。
俺たちはシールドを展開していたが、アリッサたちは皆、戦慣れしているだけあって、全く攻撃に当たらなかった。
これなら、もう少し魔動鎧を増やせば、アランシアの人々だけでも安心して戦えそうだ。
そんな中、城壁の兵たちがざわつくのに気が付く。
「なんか……空と波が、俺たちを避けてないか?」
その兵士の言葉通り、空と波はアランベルクを迂回するように、左右に分かれ広がっていった。
「包囲するつもりか? ……いや?」
後方に目を移すと、なにやら空に向かって光線が放たれている。
「あれは……聖域のほうです!」
リエナが声を上げた。
光線は聖域の防衛装置の一つなのだろう。
空から迫るアンデッドを攻撃している。
兵士たちは聖域が戦うのを初めて見たようで、誰もが驚いている。
「……標的がこちらから聖域に変わったようですね」
リエナの言葉に俺は頷く。
「ああ、とりあえずは防げているみたいだが」
光線を見るに、あれもドワーフの技術なのかもしれない。
しかし、どうして迂回したのだろうか?
もしかして、敵の戦力を判断し、攻めやすそうな場所を攻めている?
魔動鎧の登場で、アランシアと聖域の戦力の優劣が変わったのかもしれない。
すでに標的にされなくなったアランシアでは、歓声が上がる。
あとは聖域に任せようという言葉も聞こえた。
聖域はアランベルク側が困っていても、何も支援はしてくれなかった。
誰も聖域を助けようと言わないのは、当然と言えば当然か。
そんな中、アリッサの鎧が帰投する。
アリッサは鎧を降りると、アランシアの人々の歓声を浴びながらこちらにやってきた。
後方には守り人の三人も続いている。
「アリッサ! 見事だった」
「これもヒール殿たちのおかげだ! しかし、この鎧はすごいな……」
アリッサたちも乗って戦って、魔動鎧のすごさを実感したらしい。
「もっと配備できるよう頑張るよ。それよりも」
俺の声にアリッサは難しそうな顔をする。
「ここで聖域の防衛に加勢したら、筋が通らない。彼らの反応を待つとしよう……だが」
このまま見殺しにはできないのがアリッサだ。
だが、アランシアの人々からすれば聖域を助けるのは納得がいかない。
しかし俺も、見殺しまでにはできない。
俺はアリッサを安心させるように言う。
「状況次第では俺たちが助ける。君たちがやれなくても、俺たちが」
「すまない……」
俺たちはこの後、聖域を見守ることにした。
数時間後、聖域はなんとか襲撃を追い返すのだった。