百八十六話 圧倒的でした!!
「──ヘル、エクスプロージョン」
俺はランスビーの蠢く大群に両手を向け、そう唱えた。静かに、力も込めず。
俺の動きに合わせて動く魔動鎧の手からは、赤い光が発せられる。
光はやがて光球に形を変え、弧を描きながら大群に吸い込まれていった。
「あれ、不発?」
左隣で立つフーレがそんなことを呟いた。
一方、右隣のリエナも首を傾げる。
「光の大きさは、ヘルエクスプロージョンと変わらなかったようですが」
リエナの言う通り、光の大きさもそこに込められた魔力の大きさも生身で撃った時と、見た目だけならあまり変わらないように見えた。
魔動鎧で威力が増幅されるかと思ったが、ヘルエクスプロージョンと相性が悪かったのだろうか。もともとが強力な魔法だし。
……だがそれにしても、もう爆発してもいいと思うが。
そんなことを考えていると、光が吸い込まれていった場所の奥から、強大な魔力の膨張を感じた。
「──っ!? 二人とも、掴まれ!」
そう言って、俺はすぐさま前方にシールドを張る。
ただでさえ密度の高かったランスビーの魔力を、新たに発生した魔力が押しのけるように広がっていく。
リエナとフーレもその異変を感じ取ったようで、俺の両腕を掴みながら魔力を鎧に集めるのを手伝ってくれた。
「光が……あっ──」
フーレは目の前の景色にくぎ付けになる。
大群の中から赤い光が漏れ出てきたと思うと、それは瞬く間に大群全体を覆っていった。
眩い光に思わず目を閉じると、凄まじい速度で魔力が迫ってくるのを感じる。
それがシェオールに向かわないようにシールドで防いでいると、凄まじい衝撃の爆風と聞いたこともないような激しい爆音がやってきた。
「くっ! なんて魔力だ」
魔動鎧で放ったヘルエクスプロージョンの威力をなめていたかもしれない。
一見変わらないように見えたが、あの光には相当な魔力が込められていたのだろう。
しかもランスビーの魔力を巻き込んでいるのか、目の前では火山の噴火のような爆発があちらこちらで起きていた。
爆発はなかなか止む気配がない。いったいどれだけのランスビーがいるのだろうか。
「ヒール様、大丈夫ですか!?」
「ファイト、ヒール様!」
リエナとフーレはまるで俺を後ろから押すかのように魔力を送ってくれた。いや、実際に後ろから両腕を抱き抱えられ、支えられている感じだが。
二人の着ている体に密着するような黒いスーツは、魔動鎧を効率よく動かすためのもの。
そのため無駄がないというか生地が薄い。
だからか二人の肌の温かさが、もろに伝わってくる。同時に柔らかな感触も……
ともかく、二人のおかげもあって、爆風はしっかり防げている。
しばらくすると、シールドに黒い触手がばんばんと叩きつけられていくのが見えた。
禍々しい瘴気を発しているのを見て、フーレは「なんだか気持ち悪い」と呟く。
だが、すでに息絶えているのか、触手はすぐに黒い瘴気となって霧散していった。
リエナが呟く。
「ヒール様……この触手はやはり」
「間違いない。ガルタについていたやつと同じだ」
近くで見て、以前、捕獲した触手と全く同じ形をしているのを確認した。
しかも瘴気の見た目が、アランシアで見たのと瓜二つだ。
となると、アランシアを覆っているあの黒い空とやはり関係がある?
アランシアは実際にはこのシェオールから遠く離れた大陸にある。
だがもし、黒い空や今回の触手が他の大陸にも迫っているとしたら──世界が終わるという予言が本当になってしまうかもしれない。
俺は危機が身近に迫っているのを感じた。俺の生まれたバーレオン大陸も危ないかもしれない。
……父や他の国の者に、注意を呼び掛けたほうがいいだろう。特にサンファレスの国王である父は予言のことを気にかけていたし、深刻に受け止めてくれるはずだ。
爆発自体は、それから少ししてようやく止まった。
海上がランスビーの死骸で埋め尽くされると思ったが、爆発でほとんど残らなかったようだ。高い波が発生して、多少魔力のうねりのようなものを感じるが、他に異常はない。
俺はふうっと息を吐くと、額の汗を手ぬぐいで拭おうとする。
だが、両腕ががっしり掴まれていることに気が付く。二の腕は、リエナとフーレの胸の部分でぎゅっと挟まれていた。
俺は慌てて声を上げる。
「ふ、二人ともありがとう! もう、大丈夫だ!」
「え? は、はい!」
リエナは思い出したように顔を赤らめ、俺から体を離した。
フーレはそれを見てにやにやと、ゆっくり離れる。
「いやあ、どうなることかと思ったけど、これで魔動鎧の動かし方も分かったかな。しっかしすごいね。前に普通のヘルエクスプロージョン見た時もすごかったけど、この鎧で撃ったやつは……世界が終わるんじゃないかと思ったよ」
フーレの言う通り、魔動鎧で放ったヘルエクスプロージョンは程度が違った。水平線に見える空まで覆われるようなそんな光だった。
魔動鎧……これはとてつもない兵器になるかもしれない。使い方を間違えないようにしないとな。
「おーい、大将! 大丈夫か!?」
エレヴァンの大きな声が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、数機の魔動鎧がこちらに飛んできていた。
中央の全身筋骨隆々の鎧は、エレヴァンを模した魔動鎧だ。つまりは、エレヴァンが乗っている。
マッパによれば、魔動鎧は声が外部に出るようにしてくれている、とのことだった。だから会話が可能だ。
俺はエレヴァンに返事をするように喋る。
「大丈夫だ、エレヴァン! 島のほうは?」
「今のところ問題はありやせん。今はバリス様が地上で周囲を警戒してくれてます。しっかし、さっきの魔法……」
「ああ、俺も驚いたよ。だけど、それ以上にランスビーの大群にも……皆、しばらく、付近を警戒してくれ。俺も島をぐるりと見てくる」
「へい! お前ら、訓練も兼ねて魔動鎧で見張るぞ!」
俺たちはこの後しばらく、島の周囲を見張るのだった。