百八十三話 軍事援助を行いました!
「ふむ……これは美味しい」
悪魔のような風貌の男バリスは、表情を緩めて言った。
ルラットを生け捕りにしたあと、俺は一度シェオールに帰還することにした。
アランシアの首都アランベルクには、アシュトンとシェオールの守備隊の一部に任せてある。次のアンデッドの襲撃までは時間があるので、主に聖域の動きを警戒してもらっている。
一方の俺は今、アランシアから送られてきた魔法キノコを確認していた。
確認といっても、シェオールの皆で焼いたキノコを食べているだけだが。
バリスを始め、シェオールにはもともと森育ちの魔物が多いので、魔法キノコに皆どこか懐かしさを感じているらしい。
ケイブスパイダーも自分たちでキノコを育てていたが、アランシア産のまた違った風味のキノコを気に入ったようだ。
俺はその様子を見て、魔法キノコの輸送を指揮した守り人のヴァネッサに言う。
「皆、気に入ってくれたようだ」
「よかったです。私たちも……飽きてないといえば嘘になりますが、やはり慣れ親しんだ味なので」
ヴァネッサも感慨深そうに呟いた。
魔法キノコはアランシアの主食で、彼らなりに改良を加えてきた食材だ。美味しいと言われればやはり嬉しいのだろう。
俺たちは魚の代価に、このキノコをアランシアから送ってもらった。栽培方法も教えてもらうことになっているので、バリスの指揮の下、シェオールの地下に栽培場を作ってもらっている。
ヴァネッサは安心したような顔をすると、俺に頭を下げる。
「それでは、私はアリッサ様に報告に戻りますね」
「それなんだが、もう一つ報告してほしいことがある」
「もう一つ?」
不思議そうな顔をするヴァネッサに、俺はある方向を指した。
そこはシェオールでも最大の広さを持つ宮殿前広場だ。
指し示す方向に、ヴァネッサに目を向ける。
するとそこには、巨大な鎧が立っていた。
「あれは……」
「ああ。さっきのドワーフゴーレムと同じ仕掛けのゴーレムだ。早速、マッパたちにつくってもらったんだ」
まだ三時間しか経っていないが、あれだけの大きさのものをもう作り上げてしまうとは……マッパの腕が超人的なのは間違いないが、弟子たちの技術も相当なものになってきているようだ。
「なるほど。だから、先程と形が違うのですね。まるで、人間の騎士のような」
ヴァネッサの言う通り、今しがた広場で跪いたゴーレムはドワーフゴーレムと形が違う。
四肢がある人型なのは変わらないが、もっとほっそりとしている。
つまりドワーフよりも人間の形に近い。
外観は王国の騎士が着るような、全身を包むプレートメイル。頭はバケツのような兜の形をしていた。材質は試作品なのか、鉄でできているようだ。
ヴァネッサの言葉に俺は頷く。
「これは人間が動かしやすいように作ってもらったんだ」
「では、ヒール様が乗るので?」
俺は首を横に振る。
「いや、あなたに乗ってほしいんだ」
「わ、私が?」
「ヴァネッサさんはアランシアでも屈指の魔法使いだと聞いた。だから来てもらったんだ。マッパは魔法が使えない者にも作ると言ったが、この兵器は本来、魔法を使える者にこそ使いこなせる兵器らしい」
「私なんかがいいのですか?」
「ああ。アランシアへの軍事援助の一環だ。もっともこれは地下や扉は通れないから、生産は向こうでやらないといけないけど」
俺たちシェオールの住民がずっとアランシアの防衛を担ってもいい。
だが、シェオールとアランシアを繋ぐあの地下の扉がずっと存在してるとも限らないのだ。だからアランシアの人たちが自衛できるようにするのが一番。
ヴァネッサは再び俺に頭を下げる。
「ありがとうございます。ぜひ、私に乗らせてください。正直なところ、興味はありました。ただ裸はちょっと……」
「大丈夫。あれは鎧が脱げたりしないようにしてあるから……」
裸云々もあるが、単純に着脱機能を再現すると余計に金属を消費してしまう。俺がそれを告げると、マッパもそこは心得ていたのか頷いてくれた。
ともかく俺とヴァネッサは広場へ向かうことにした。
「さて、さっそくこのゴーレム……うーん。ゴーレムはゴーレムなんだよなあ」
俺はこの搭乗型ゴーレムの呼称に悩む。
普通のゴーレムは偽心石を持つことで、命令を聞いたり行動してくれる。なので、ゴーレムという同じ呼称は紛らわしい。
「魔法で動く鎧だから……魔動鎧とかにしておくかな。ヴァネッサ、この魔導鎧に乗ってみてくれ」
「はい! ……あら?」
ヴァネッサはとことこと近寄る男に気が付く。マッパだ。
「どうした、マッパ? ……それは?」
マッパが持っていたのは、光沢のある衣類だった。
それをヴァネッサに、ほいと差し出す。
「これを着ろというわけですか……え?」
ヴァネッサは衣類を広げると、思わず頬を赤らめる。
それは下半身に履くようなタイツの生地を、そのまま全身を包むような形にしたものだった。全身タイツとても名付けようか。
これを着れば、体のラインにぴったりフィットするはず……若い女性であるヴァネッサが着たら、色々問題がありそうだ。
俺は同じ全身タイツをささっと着こむマッパに白い目を送る。
肩章などを見るに最低限の装飾はあるが、マッパの丸い体のラインが強調されてそればかりに目が行く。
……なんだか裸よりまずくないか?
「マッパ……子供だからって許されることと許されないことがあるぞ」
だがマッパはとんでもないと言わんばかりに首を横に振る。
そしてしきりに自身の着る全身タイツを指さした。
「うん? これは魔力が……」
どうやらタイツにも魔吸晶が使われているのか、魔力が集まってくるのが見える。魔動鎧同様、体の形にそって魔力が集まる──つまり魔力を集めにくい者でも、魔力を扱えるようになるわけか。
「つまり、これなら誰でも魔動鎧を動かせると」
こくこくと首を縦に振るマッパ。
「でも、ヴァネッサさんは魔法を使えるし。いや、でも着ればさらに魔力を集めやすくなるわけか」
それを聞いたヴァネッサは頬を赤らめながらも、口を開く。
「そ、そういうことなら……着ないわけにはいきませんね」
「ま、まあ鎧の中だし、誰も見ないだろうから」
俺の言葉にマッパも頷き、まず最初に操縦方法を教えたいのか魔動鎧の胸に向かった。
どうやら、胸の中──操縦席もドワーフ型とは違うようだ。
空間こそ同じ球形だが、ドワーフ型にあった複雑な装置がこの人型には見当たらない。
「というか、椅子もないのか? これでどうやって……え?」
マッパは魔動鎧の胸の扉を閉めると、その場で立ちあがるような仕草をする。
すると、操縦席の壁に映し出される光景が高くなっていく。
「立ち上がった!?」
マッパはその場で拳を突き出したり、変なポーズを取ってみせた。
すると、恐らく魔動鎧も同じポーズを取っていることが窺えた。
「ま、まさか自分の動きを鎧も真似するのか?」
そうだ、とマッパはこくりと頷く。
「……名前だけじゃなく、使い方もゴーレムより鎧に近くなったな。だがこれなら」
俺の言葉にヴァネッサはうんと頷く。
「操縦も簡単ですね!」
「ああ。これはシェオールにとってもアランシアにとっても良い戦力になりそうだ……マッパ。悪いがもっと頼めるか?」
マッパは腕が鳴ると言わんばかりに胸を叩く。
こうして、シェオールとアランシアで魔動鎧の生産が始まるのだった。