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百八十二話 人質に取りました!

 一目散に逃げていく聖域の衛兵を見て、城壁からは歓声が上がった。


 兵士や民衆の声だ。

 このまま聖域になだれ込もうなんて言葉もちらほら聞こえた。実際にロープを持って降りようとする者まで現れる。


 今まで口には出さなかったが、アランシアの人々は聖域に怒りを募らせていたのだろう。


「駄目だ! あの柵には魔法の力がある。近づけば、問答無用でやつらは殺してくるだろう。我らでは破れない」


 アリッサの言葉に、城壁を降りようと思っていた者は思いとどまる。

 聖域の壁の頑丈さは、アランシアの人々も知るところのようだ。


「しばらくはやつらから手を出してくることはあるまい。このまま放置しておくとしよう。それよりも今は、シェオールの人たちのために我らも物資を用意するのが先だ。我らは先ほどから、シェオールの人々に助けられっぱなしだからな」


 アリッサの声に、民衆や兵士たちは皆そうだったと城壁から降りていく。

 皆、アリッサの言葉には忠実だ。


 俺はアリッサに言う。


「やっぱり慕われているな」


 アリッサは恥ずかしそうな顔をして首を振る。


「そ、そんな。ただ、皆もここまでしてくれたヒール殿に報いたいのだ。とても満足してくれるようなものは用意できないだろうが……」

「気にしないでくれ。それよりも」


 俺は聖域に目を向けた。


 そこには柵の間から恐る恐るこちらをちらりと見る衛兵たちがいる。


 ゴーレムを見てすぐに逃げ出すのを見るに、命を懸けて戦う者は少ないはずだ。脅威なのはやはり装備と魔法だけ。


 だがその魔法も装備も正直なところ、たいしたことがなかった。


 当然アランシアの民衆にそこまでの力がないと、聖域の者たちは軽んじていたのだろう。またその同盟者である俺たちも少数だから、今の戦力で十分と考えたはずだ。


 一方で、実戦経験が豊富な者はアリッサ側についている。ゴーレムの配備が終われば、聖域との力の差ははっきりするのは間違いない。


 アリッサも聖域を見て言う。


「先ほどは皆を鎮めるため我らでは破れないと言ったが、ヒール殿たちであれば簡単に破ってしまうだろうな」


 もはや脅威ではない──いや、そう考えるのは早計か。あれだけの魔力を持つ壁を持つ聖域だ。強力な魔法の兵器を隠し持っている可能性も高い。


 それ以上に、力ずくで言うことを聞かせるのは俺たちの流儀に反する。俺は首を横に振った。


「俺たちがどこかを侵略することはない。聖域がまた人質なり非道な手を採ってくるなら話は別だけど。それに今は、アンデッドたちに対処しないといけない」


 大きな問題は、聖域ではなくやはり襲来するアンデッドたちのほうだ。聖域は二の次。


 とはいえ、聖域の者たちもこのまま黙っているとも思えない。

 屈辱を受けた以上、何かしら報復を考えるのは自然だ。


 アリッサは頷いて続ける。


「そうだな。聖域の者など今は些細な問題。それに、どちらにせよ、聖域の連中はしばらくはなりを潜めるはずだ」

「何もしてこないと?」

「ああ。彼らは死を何よりも恐れている。宰相がどう言おうと、命の危険がある以上貴族たちは賛成しない。なにより……」


 アリッサは歓声の中、助けてと涙ながらに懇願する男ルラットに目を向ける。ズボンをびちゃびちゃに濡らしたルラットは、城壁の片隅に丸くなって震えていた。


 俺もその男を見て続ける。


「聖域の実質的な長の息子……向こうが人質を使うなら、こちらもルラットを出せるな」

「ああ。他の貴族はともかく、父のビリーヌ大公は無視できない。迂闊なことはできない。むしろ、なにかしら解放のため交渉してくるかもしれない」


 アリッサの言うように、聖域も態度を変える可能性がある。ルラットを確保できたのはよかった。


 そんなルラットの目の前には、エレヴァンが仁王立ちしていた。


 睨みつけるエレヴァンに、ルラットは半泣きで頭を下げる。


「ど、どうか! 命だけは助けてくれ! 金ならある! 父がいくらでも出してくれる!」

「けっ。一発殴ってやろうかと思ったが、そんな価値もねえやつだな……まあ、お前の処遇を決めるのは俺じゃねえよ」


 エレヴァンは俺とアリッサに目を向ける。


「アリッサ。君が決めてくれ」

「いいのか? 私たちが捕まえたわけでは」

「ここで起きたことは、君たちが決めるべきだ。俺たちは手を貸しにきただけだからな」

「そうか……なら、ルラットにはしばらく、見張りを付け地下でキノコ栽培をさせよう」


 その言葉を聞いて、ルラットは声を荒げる。


「わ、私がキノコを栽培!? な、なんでこの私がそんなことを! 身代金なり食料を要求すればいいだろう!」

「このヒール殿とシェオールが食料を支援してくれる。金は我らにはいらん」

「で、殿下にはそうかもしれないが、そこの男たちは金が欲しいでしょう。そ、そこの人。金塊でも宝石でも、好きなモノを……そうだ」


 ルラットは、自身が身に着けていたネックレスや指輪をあわてて外していく。


 その後も金銀宝石があしらわれた豪華な装身具の数々を、続々と集めていった。両手いっぱいになったその装身具を俺に差し出して言う。


「ま、まずはこれを差し上げましょう! 聖域には他にもたくさん同じものがあるから、それも! 聖域からこちらに手出ししないようにも約束させます! どうか、どうか私を解放してください! ……え?」


 フーレは自分の胸に提げていたネックレスを、ルラットに見せつける。タランやアシュトンたちも、剣や指輪を見せた。


「あいにく、私たち金銀宝石なら困ってないんだよねー。お金はまあ、ないんだろうけど」


 フーレたちの装身具に、ルラットは目を丸くする。

 それに使われていた宝石や金銀は、ルラットのものよりもはるかに大きく、綺麗な形をしていた。


「そ、そんな服を着てるくせに、なんでこんな立派なものを……」

「ともかく、それじゃ交渉材料にならないよ」


 フーレの声にルラットは肩をがくりと落とした。


 俺たちにとって金銀宝石はたいしたものじゃない。


 しかし、手を出させないという約束をさせるのは魅力的ではある。もちろん、人質を出して脅してくる男が約束を守る保証なんてどこにもないが。


 俺が全く首を振らないのを見て、アリッサがルラットに言う。


「……いずれにせよ、お前の父との話になる。それまでは、キノコの栽培を命じる」


 アリッサは俺に顔を向けた。


「それでいいかな、ヒール殿?」

「ああ。俺に異論はない。こっちが交渉を急ぐこともないはずだ」


 俺の言葉を聞いて、アリッサはオーガスに命じる。


「オーガス。ルラットを連行してくれ」

「はっ。我ら守り人も交代で見張ります」


 オーガスは頷くと、他の守り人と兵士でルラットを連行していく。


 こうしてアランシアにはひとまず、束の間の平和が訪れるのだった。

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