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百八十一話 生け捕りにしました!

 俺の不在のときゴーレムが城壁に階段を造ってくれていたおかげで、俺たちは難なく城壁へと上がれた。


「やはり、兵を出してきたか」


 聖域の柵門からは武装した兵士たちが出てくるのが見えた。総員で三百人ぐらいはいそうだ。


 聖域の兵は城壁と平行になるように隊列を組む。弓やクロスボウなどの飛び道具だけでなく、バリスタや投石器の姿も見えた。


 その戦列の中から、先程聖域の前で俺たちを侮蔑した金髪の男、ルラットが俺たちのいる城壁へと向かってくる。


 相変わらずの豪華なコートに身を包んだルラットは、聖域の実質的な指導者であるビリーヌ大公の息子だ。やつがあの兵士たちの指揮官と見て間違いないだろう。


 ルラットは俺と隣に立つアリッサを見つけたのか、立ち止まって怒声を上げた。


「おい、この城壁はどういうことだ!?」


 アリッサは胸壁の間に立って答える。


「見ての通りだ。アランシアの民は、もはや聖域のために何かをすることはない。我らは、我らだけでやっていく」

「アリッサ殿下、馬鹿を言わないでいただきたい! 民は王の所有物だ!」

「所有物……貴様には、民は物にしか見えぬのだな。ルラットよ。この城壁の裏には今、アランシアの民が集まっている。貴様の放った言葉は、瞬く間に民衆に広まるだろう」

「ちっ! だからなんだっていうんですか! 早くこの訳の分からない城壁を消しなさい! どうせ、そこのみすぼらしい男が、魔法か何かを使っているのでしょう!」


 みすぼらしい、というのは俺のことだろう。


 しかしアリッサがこう返す。


「みすぼらしいのは貴様だ、ルラット。国の現状も知らず、金銀宝石を身に着けるのを見るのはなんと滑稽か。ここにいるヒール殿たちは、貴様や聖域の貴族たちよりもずっと裕福だ」

「なんとでも言うがいいでしょう! おい、見せしめだ!」


 ルラットの声を聞いた側近は片手を上げる。


 と同時に、展開していた聖域の攻城兵器が一斉に射撃を開始した。


 自国の民に攻撃を加えるつもりか?


「アリッサ、任せてくれ」

「かたじけない」


 頭を下げるアリッサの顔は、怒りを通り越して、呆れているようだった。


 城壁に上がったアランシアの兵と民は突然の攻撃に狼狽えるが、俺とリエナ、そしてフーレがマジックシールドで飛んできた矢や石を防ぐ。


「な、な!? 目くらましの魔法だけではなかったのか!?」


 ルラットの慌てふためく声が聞こえる。


 先ほど俺は、沈黙の神殿のある塔で聖域の兵に魔法を見せた。ただのファイアーだが、天にも届くような巨大な火柱を。


 もちろんそれは威嚇のためだったので、聖域の兵は殺していない。

 なのでその報告を受けたルラットは、俺の魔法が張りぼてだと思ったのだろう。


 普通の矢や投石ならともかく、攻城兵器の攻撃をマジックシールドで防ぐのは、俺の故国サンファレスの魔法使いでも難しかった。だからわざわざ兵器を用意してきたのだろう。


 ならばと、ルラットはさらに聖域の兵たちに総攻撃を指示した。

 聖域の兵は矢やクロスボウだけではなく、魔法でも攻撃を開始する。


 使う魔法自体は、サンファレスでもよく使われている魔法。特別強力でも弱いわけでもない。


 ともかく、彼らの攻撃では俺たちのマジックシールドは破れなかった。


 一切攻撃が届かないことに勢いづくアランシアの兵と民衆。


 一方で聖域の兵たちは恐れるようにこちらを見ていた。その中でルラットは顔を真っ赤にして、「栄えある聖域の衛兵が恥ずかしくないのか!」と叫んでいる。


 このまま聖域の兵隊の気が済むまで付き合ってやるか。それとも、例のゴーレムを出して脅すのも手だな。


 だがやがて何かを思い出したのか、ルラットは側近の一人を聖域に走らせた。


 それを見たエレヴァンは腕を組みながら言う。


「あのひょろひょろ野郎。なーんか企んでやがるな」

「正攻法では破れないと考えたのでしょうな。きっと、卑劣な手を使ってくるでしょう」


 アシュトンも何かしら、敵の陰謀を察知したようだ。

 ここは相手の出方を待ったほうがいいか。


 エレヴァンは俺に向かって言った。


「大将。俺とアシュトン、ハイネス、タランは何かあれば、すぐに城壁を下りてやつらの陰謀を止めてきやす」

「ああ、頼む。なら」


 俺はインベントリから青白い石をエレヴァンたちに渡した。

 また同じ青白い石をルラットの周囲へ向けて風魔法で飛ばしておく。一緒にただの小石も投げ、攻撃のように偽装した。


 一瞬「ひいっ」と声を上げたルラットだが、小石と知って馬鹿笑いする。


「ひゃ、ひゃははは! やっぱりこんな攻撃しかできないか! おっ!」


 ルラットは、聖域に走った側近が数名の衛兵と共に、一人の娘を連れてくるのに気が付いたようだ。


 娘は服装からするに、聖域の者ではなくアランシアの民衆だろう。聖域に働きに出ていたのかもしれない。


 ルラットはその娘を抱き寄せ、その首筋を一舐めしアリッサに視線を送る。


「見た目が気に入って攫ってきたが、こんな使い方もできるとはな……」


 どことなくアリッサと似て、気が強そうな娘だった。

 こいつ、まさかあの娘を手籠めにしていたのか……


「さすが私は天才だ! おい、いますぐ抵抗をやめないと、こいつがどうなっても知らんぞ!」


 娘の首に剣を宛がい、ルラットは高らかに笑った。


 その様子を見て、アリッサは憤怒する。


「き、貴様、どこまで性根が!」

「あなたが去ってしまうから悪いんですよ! あなたが私の女になっていれば、こんなこと私もしたくはなかった!」


 にやにやと笑うルラットだが、その後ろに大男の影が迫っていた。


「もし俺の娘がお前みたいなのを連れてきたら、出会った瞬間ぶん殴ってるだろうな」

「へ?」


 ルラットはすぐさま振り返った。


 するとそこには、数秒前まで俺の隣にいたエレヴァンがいる。

 エレヴァンだけじゃない、タランとアシュトン、ハイネスも周囲に現れた。


 タランがすぐさま蜘蛛糸でルラットの剣を引き寄せると、ルラットは間抜けな顔をまた正面に戻す。


「え?」


 ルラットは剣が引っ張られるのと同時に、娘を抱き寄せていた腕まで引っ張られる。

 

 その隙を突いて、アシュトンが風のようにルラットの胸の中から娘を救出した。


 一瞬のできごとに、ルラットは何が起きたか分からないようだった。


 青白い石は転移石だ。先程小石と一緒にルラットの周囲に展開しておいたのは、転移できるようにしておくため。本当に便利な石だ。


 すぐに側近が剣を抜こうとするが、すべてハイネスの曲刀により弾き落とされる。


「おいおい。立派なのは剣と鎧だけか? 案山子と変わんねえぞ」


 ハイネスのあまりの速さに、側近は怖気づく。


 そんな中、エレヴァンはルラットの首根っこを掴んだ。


「殴りてえが、今は我慢しておいてやる」

「ひ、ひいっ!」


 そのままエレヴァンたちは再び転移石でこちらに戻ってきた。


「お、お助け! ……え? な、なんで私がここに!? ひっ!」


 エレヴァンは胸壁の間から、聖域の兵に見えるよう片手でルラットを高く掲げた。ルラットはこのまま城壁から落とされるものと思ったのか、悲鳴を上げる。


「てめえらの大将は生け捕った! まだ戦うか!?」


 聖域の兵はルラットが自陣から消え城壁の上にいることに、唖然とする。攻撃の手もすでに止まっていた。


 しかし、高い場所が苦手なのかルラットは狂乱したように叫ぶ。


「だ、誰か!! わ、私を早く救出しろ!! 誰かっ!」


 だがルラットの叫びに応じる者はいなかった。

 彼らは皆、城壁の俺たちよりも高い場所を見上げている。


 俺が振り返ると、そこには巨大なドワーフ型ゴーレムが立ち上がっていた。


「な、なな、なんだありゃ!」

「む、無理だ!」


 聖域の兵たちは攻城兵器を置き去りにし、一目散に聖域へと退散するのだった。

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