百七十九話 飛びました!
ドワーフ型ゴーレムが膝をつくと、目の前の引き戸が開く。
俺はマッパと共にゴーレムの手を足場に、神殿に降り立った。
面白かったけど、やはり高い場所は苦手だな……
そんなことを思っていると、いつの間に屋根上で観戦していたフーレたちも、タランたちケイブスパイダーの蜘蛛糸を伝って降りてくる。
アシュトンが言う。
「ヒール殿、いったい先程の魔法は?」
「どうも、このゴーレムに乗っていると魔法の威力を高めることができるみたいだな……人の形をしているから、まるで自分の体がそのまま大きくなったように感じた」
風属性以外の低位魔法も放ったが、どれも俺が生身で撃つよりも威力や射程などが増幅していた。このゴーレムに乗ることで魔力を多く集められるのは間違いない。
「なるほど。人型であるのにはそんな理由が……」
アシュトンは合点のいったような顔で答えた。
「それでも、裸のおっさんはさすがに……魔法が強くなるのは興味あるけどさ」
フーレの言う通り、見た目は難ありだ。この感じだと、晒しちゃいけない部分も再現されているだろうし……鎧を着させれば気にならなくなるだろうが。
「ともかく、これは強力な兵器になりそうだ。アランシアの防衛にも使えるだろうな」
俺が呟くと、オーガスが驚いたような顔で呟く。
「わ、我らのために使っていただけると」
「それはもちろん。ここまで案内してくれたんだし、もともと協力をするという話だし」
「かたじけない……あなたがたシェオールの人々とこの兵器に加勢していただければ、どんな敵ももはや恐ろしくありませぬ」
頭を深く下げるオーガス。
そんな中、目を輝かせるハイネスが呟く。
「な、なあ、マッパ。ところで、これって一体だけなのか?」
しっぽが左右に大きく揺れていることから、ハイネスはこの搭乗型ゴーレムに興味津々のようだ。
フーレが苦笑いを浮かべながら言う。
「の、乗りたいの、ハイネスさん?」
「ああ! なんだかうずうずするっていうか……こういう動く巨大なものって、心を惹かれるんだよ」
「そう……」
呆れた様子のフーレだが、ハイネスの気持ちは俺も分かる……でかいものに乗り込むのは何ともいえない面白さがあった。
だが面白いと思う以上に、俺はこのゴーレムの構造が気になっていた。
魔力を集める物体……シェオールの地下で戦ったゴーレムの持っていた魔吸晶に近い気もする。
魔吸晶は一定量魔力を吸収し保管する石だった。
「魔法は使えても操作を覚えないといけないからな……マッパ。そういえばこのゴーレムってヒヒイロカネだけで、できているわけじゃないよな?」
俺の問いかけにマッパはコクリと頷く。
そして装置の近くから、丸い水晶を取り出した。
「これは……やっぱり魔吸晶か!」
俺はそれをインベントリに回収して、マッパの取り出したものが魔吸晶であることを確認した。
マッパがゴーレムの脚の前に立つので俺もよく目を凝らすと、脚には虹色の輝きが見える。この魔吸晶を砕いたものが埋め込まれているのだろう。
「なるほど。体を魔吸晶で覆うことで、人が魔力を集めるのを再現しているわけだな。とすると、例えばタランたちやシエルの形にしても、同じことができるわけか」
シエルならスライム型、タランならケイブスパイダー型。各種族の体の形に合わせればいいわけだ。
「形さえ再現できればヒヒイロカネである必要もない……魔吸晶さえあれば、ミスリルとかオリハルコンでもいけそうだな。マッパ、作れそうか?」
マッパはうんと頷くと、装置を弄る。
すると床が開き、巨大な箱が現れた。
ばかりと開く箱には、すでに粉々になったガラスのようなものが見える。これは魔吸晶なのだろう。
シェオールの魔吸晶は大した量がなかったが、これがあればアランシアの人々にも搭乗型ゴーレムを作れるだろう。
また他の箱には、ヒヒイロカネのインゴットもあるようだ。巨大なゴーレムを作るには物足りないが、さっきも言ったようにミスリルなどの他の金属でもゴーレムは作れる。
「たいした量じゃねえか。そしたら、俺をモデルにしたゴーレムでも作ってもらうかな」
にやけ面で言うハイネスに、フーレが何かを思い出したのかぞっとするような顔をする。
「お父さんも絶対欲しがりそう……自分の筋肉を再現しろとかって……」
「それは心配いらないだろう。金属の量を考えると、量産するならあまり凝ったデザインにできないはずだ」
アシュトンの言う通り、精密に人を再現するとなると無駄な部分がでてくるだろう。
鎧を着脱する機能も無駄に思えるし、最初から鎧を着た人型のほうが良さそうだ……裸なのも困るし。
「ともかく、たいした収穫だ。マッパ、お手柄だぞ」
マッパはそれほどでもと頭を掻く。
マッパの素性は気になるが、ともかく今マッパは俺たちのためのことを第一に考えてくれていることに違いない。
「それじゃあ、試運転がてら皆でこれに乗って帰るか! 箱はこの巨大ゴーレムで運べそうだし」
俺が言うと、アシュトンが訊ねてくれる。
「しかし、あの壁はどうされます? 巨大ゴーレムだけなら、なんとかよじ登れそうですが」
ケイブスパイダーの糸でも、さすがにこの大量の金属が入った箱は吊り上げられないだろう。
だがマッパはそれは心配いらないと言わんばかりに、俺にゴーレムに乗るよう促した。
「いいのか? まあ、お前が言うなら」
俺はそういってゴーレムに乗り込んだ。
他の皆は、とりあえず空の大きな箱に乗ってもらうらしい。窓付きで外も見えるようだ。
そして魔吸晶とヒヒイロカネの入った皆が乗った箱をマッパは持ち上げると、俺に振り返り、腕を左右に伸ばしてばたばたと羽ばたくようにする。
「ど、どうしたっていうんだ、いきなり? ……いや、まさか」
俺に浮遊という魔法は使えない。
しかし疑似的に再現はできる。
俺は自分の両脇に風魔法を放った。
すると、ゴーレムがふわりと空中へ浮かんでいく。
「おお! 浮かんだ!」
外のフーレたちの声が聞こえてくる。どうやら外の音声を拾うこともできるらしい。
皆、空に浮かんでいくゴーレムに驚きを隠せない様子だ。
一方の俺は……ちょっと辛い。どんどんとゴーレムは高く飛んでいくのだから。
「ま、まあこれで帰れそうだな……うん?」
俺は今いた神殿から、何か気配のようなものを感じた。
しかし魔力の類は感じない。
……警備のゴーレム? いや、誰もいない。
こうやって映像を映し出す技術があるのだ。監視装置みたいのもあるのかもしれない。
「ともかく早く帰るか……マッパ、なるべく低空を進んでくれ」
マッパは俺の言葉通りゴーレムに低空を進ませる。それから都市を囲む壁の上をゆうゆうと超えてアランシアへ向かうのだった。