百七十六話 寝ながら動きました!?
建物に入ると、オーガスとヴァネッサがすかさず重厚な扉を閉じた。
「ふう……なんとかなった。でも、この扉、大丈夫なのか?」
俺が訊ねると、オーガスは不安そうな顔をしながらも頷く。
「恐らくは。以前、巨大なサイクロプスに追われ、ここに逃げ込んだことがありますが、奴が何回たたいても壊れませんでした」
「相当、頑丈ってことだな」
ゴーレムにも同じ金属が使われているのかもしれない。
ピッケルで回収したいのはやまやまだが、そうすればこの建物に侵入されてしまうからやめておこう。
「ともかく、階段を下りましょう。まずは水でも」
「そうしよう」
俺はオーガスの案内通り、階段を下りた。
そこはそれなりに広い空間で、中央にきれいな水が湧き出る噴水と、奥には通路への入り口があった。
しかし通路は入り口のすぐ近くで崩落してしまっている。
それを見たオーガスとヴァネッサは、青ざめた顔をする。
「なんと……これでは外部に出られない。別の建物を探す必要がある」
落胆するオーガスに、フーレは元気な声をかける。
「ああ、それなら心配ないよ! ヒール様なら、簡単に掘れちゃうから!」
「ほ、掘る?」
首を傾げるオーガスに俺は言う。
「ま、まあ簡単ではないけど。崩落の危険もあるし。でも、多分掘れると思う。俺は洞窟で力を得られる紋章を持っているんだ」
「紋章? 力とは?」
同じ人間であれば紋章は知っていると思った。しかしオーガスたちは紋章を知らないらしい。アランシアでは人の紋章を判別する技術がないのだろうか。
「ええっと……そうだな、特別な力のようなものだ。きっとオーガスたちも持っている。俺はそれが、洞窟に関する力だったというだけだ」
「随分地味に聞こえるけどすっごいんだよ! どんな巨岩も簡単に崩すんだから!」
フーレがそんなことを言った。
オーガスはふむと頷く。
「なるほど……紋章が何かは気になりますが、ともかくここを抜け出せるということですな」
「ああ。そこは心配しないでくれ。ピッケルもこのとおりある」
俺が答えるとハイネスが訊ねる。
「そういや、ピッケルで鳥の体は回収できたんで?」
「ああ。ピッケルがすごいのか、俺の力かは分からないができた。それでやつに使われていたのは……見たこともない金属だ。ともかく、皆休みながら話そう」
俺たちは噴水の近くに腰を下ろし、少し休むことにした。
そんな中、ヴァネッサが何やらポットのようなものを出して、それに噴水の水を注ぎ熱し始めた。
そしてそれをいくつかのカップに注ぎ、茶色い粉末を入れてからスプーンでかき混ぜた。
香ばしい匂い……コーヒーのような香りがふんわりと周囲に広がる。
「カップが少ないので申し訳ないですが、豆のお茶です。どうぞ」
「おお、いい匂いだな! 兄貴、一緒に飲もうぜ!」
「うむ、いただこう!」
アシュトンとハイネスは一つのカップを仲良く飲み始めた。
一方でフーレも美味しそうに口を付ける。
「甘くないけど美味しい! 大人の味って感じ! ほら、ヒール様も」
「え? あ、ああ」
俺はフーレからカップを受け取る。
カップが少ないから仕方ないけど、これじゃあ間接キスみたいな……なんだか恥ずかしい。
一方のフーレは特に普通の顔で俺を見てる。
そんな俺にヴァネッサが心配そうに言う。
「香りがお気に召しませんか? そうしたら別の……」
「い、いや、そんなことは、いただきます」
俺はそのまま豆の茶を飲んだ。美味しい……うん?
見るとフーレがニヤニヤと俺を見ていた。
まるで「キスした!」とでも言わんばかりに。
全く俺が慌てるところを見て何が楽しいんだか……
「ヒール様、どうしたの? そんな顔真っ赤にして」
フーレの声に、ヴァネッサが慌てた様子で言う。
「え? お口に合いませんでした?」
「いやいや、美味しい! 島の皆にも飲ませたいぐらいだ! 葉っぱの茶とはまた違うんだな。今度、何かと交換させてくれ」
「それはよかった! 街の職人も喜ぶと思います」
葉っぱの茶と交換でもいいだろう。ほぼコーヒーのような味で島にはない飲み物だから皆も喜ぶはずだ。
「それで、金属だが」
俺は話をそらすため、手に金色の金属と赤い宝石のようなものを出した。
「赤いほうは偽心石。これは俺たちもよく知るゴーレムの核だ。だが体に使われていたこの金色は初めて聞いた。ヒヒイロカネというらしい」
「聞いたこともない名ですな」
アシュトンの声に頷く。
「バーレオン大陸では知られていない金属だ。それでこの効果なんだが、魔法をも跳ね返す硬い金属、特に闇の魔法を打ち消す効果がある……らしい」
「ってことは、今アランシアに迫っているアンデッドどもにはちょうどいいんじゃ」
ハイネスの良い通り、黒い瘴気を纏ったアンデッドたちは闇属性の魔力を纏っている。
この金属をうまく使えば、アランシアの防備も整えられるはずだ。
フーレは立ったまま寝息を上げるマッパを見て呟く。
「マッパのおっさん……これを使ったゴーレムがいればアランシアを救えると思ったのかもね」
「かもしれないな。俺が出て、ゴーレムをピッケルで解体するのも手だとは思うが」
魔法が効かないのは、もしものとき危険ではある。俺一人で向かう必要があるだろう。
そんなとき、ずっと気を失っていた守り人のカルラがうーんと上半身を起こした。
「ここは……どこ? 私は誰?」
「カルラ……全く、守り人に選抜された者が情けない」
オーガスは呆れた顔で言った。
「す、すいません! でも、驚きの連続で私……ってここは」
「うむ神殿群の地下だ」
「そうでしたか……状況が飲み込めませんが、ともかく探している方は見つかったようですね」
カルラはマッパを見て言った。
真っ裸のおっさんを探しているとフーレたちから聞いたのだろう。そんなやつはなかなかいない。
しかしオーガスは何かを思い出したような顔で言った。
「そうだ、カルラよ。お前はこの神殿群の歴史に詳しいのだったな。このヒール殿が持つ金について、何か知らないか?」
「いえ……ただの金じゃないんですか? いや、金ですか? そうですね……神殿の奥地には金の眠っている部屋があるとか」
「なんだと? 宝物庫のような場所があるのか?」
「ただの推測です。すでに冒険者が調べられる場所は調べつくしたようですが、ここの建物は傷つけられませんから入れない場所も多かったようです。特に大きな神殿は、侵入できない広い空間があるとか」
大きな神殿……マッパが駆け込んださっきの神殿は、この都市の中で一際大きかった。
となると、あの玉座の奥にこのヒヒイロカネが眠っているのかもしれない。
「さっきの神殿はこっちの方向だったな」
俺は気が付けば先ほどの神殿の方向を確認していた。
そこには金色の壁があるだけだ。
「まさかヒール様……」
「ああ。どのみち掘るなら、掘りたい。それがアランシアを救うなら、尚更」
「私たちも掘りたい! でもピッケルが……」
「マッパが目覚めたら、作ってもらえばいい。ちょうどヒヒイロカネがあるからな……え?」
俺はマッパが目を閉じながら、こちらにやってくるのに気が付く。
「ま、マッパ? 起きてるのか?」
しかしマッパは何も言わず、俺に手を差し出すだけだ。
これは……ヒヒイロカネを求めている?
俺は恐る恐るインベントリからすべてのヒヒイロカネをマッパの前に出した。牛ほどの大きさの鳥だったので、相当な量のヒヒイロカネがある。
すると、マッパは目を閉じながら腰にある金づちを取り出した。
「や、やるのか? 寝ながら?」
もちろんマッパは目も開けず、何も答えない。
だがやるのだろう。珍しい金属と、俺たちの道具を求める声が、きっとマッパの体を勝手に動かしているのだ。いや、普通じゃ考えられないけど、マッパならできる気がする。
「いいんだな? ……ファイアー!」
俺はヒヒイロカネを火の魔法で熱し始めた。
それからのマッパはいつものごとく凄まじかった。
目にも留まらぬ速さで、熱した金属を鋏で切断、金づちで叩いていく。
一分もしない内に、ヒヒイロカネのピッケルが完成した。
「な、なんという神業!」
オーガスが声を上げると、ヴァネッサとカルラも驚くような顔をする。
「た、ただの真っ裸のおっさんじゃなかったの!?」
「変態だと思ってました……」
まあ見た目とのギャップはすごいよな……
一方のフーレはピッケルを風魔法で冷やし、手に取った。
「さっすがマッパのおっさん! さっ! これで私も掘れるよ!」
「マッパ殿、我ら兄弟にも!」
「俺もやるぜ!」
アシュトンとハイネスは腕を叩き、タランもマッパに向かって前脚を上げる。
マッパはその声に応え、次々とピッケルを作る。
俺にもヒヒイロカネのピッケルを作ってくれたようだ。
こうしてピッケルを得た俺たちは、神殿に向かって壁を掘り始めるのだった。