百七十一話 追いかけました!
「こっちだ! 兄貴たちの匂いはこっちに続いている! マッパのやつのも!」
ハイネスは犬のように四足で、黒い平野を進んでいく。
ハイネスの鼻は島で一番と言われている。皆の匂いもすぐに嗅ぎ分けられるのだ。
だが突如、進行方向の先に膨大な魔力が膨れ上がるのが探知できた。
すぐにそれは、天高く上がる爆発という形で目に映った。
「くっ!?」
地を揺らすような爆発音と猛烈な爆風に、俺たちは一度立ち止まる。
だがこの魔法には見覚えがある。
かつてエルトが俺に見せた魔法ヘルエクスプロージョンだ。
「フーレか!」
思わず叫んでしまった。
この魔法を使ったのは、フーレに間違いない。
先程俺たちも戦ったアンデッドに襲われているのだろう。
「急ごう!」
「はい!」
俺の声に、ハイネスとケイブスパイダーたちは再び走り出した。
それから間もなく、目の前に小規模な爆発が見えた。
また、目で追うのが難しいが、アンデッドを次々と斬り倒していく者がいる。
爆発はフーレの魔法、斬撃はアシュトンによるものだろう。
「兄貴たちだ!」
ハイネスは嬉しそうに叫んだ。
どうやら前方ではフーレとタラン、アシュトンたちが戦っているようだ。
すぐに加勢しようとする俺たち。
しかし、フーレたちの黒目が見える距離に近づくまでに、戦いは終わる。
「皆、大丈夫か!?」
俺が声をかけると、フーレたちは俺たちに顔を向ける。
「あ、ヒール様! これぐらいは全然へっちゃらだよ!」
フーレはいつもの明るい笑顔を俺に見せた。
そのフーレを乗せるタランも前脚を振って、俺に応える。
「ヒール殿、来てくださいましたか。いやはや、面目ない……」
アシュトンは悔しそうに言った。
体のほうは傷一つないが、マッパを捕まえられてないことを悔いているのだろう。
「いや、皆が無事で何よりだよ──」
俺が言うと、ハイネスは早速皆に訊ねた。
「それで、マッパの兄貴はどこに?」
それを聞いたフーレは若干困ったような顔で、背中の方に目を向けた。
そこにはぐったりとした若い女の子、守り人のカルラが。
カルラはまるで酒に酔ったかのように、フーレの背中にのしかかっている。
「えっとね……アシュトンさんがマッパのおっさんの匂いを追ってくれてたら、途中でこのカルラさんがその方向に古代の神殿があるとかで、案内してくれてたんだけど……」
アンデッドを避けるために、タランも体を大きく動かしただろう。
カルラはそれでダウンしてしまったようだ。
守り人のオーガスは困惑するような顔で呟く。
「なんと情けない……それでも守り人か」
「もともと馬は弱かったわね、カルラ……」
同じく守り人のヴァネッサもはあとため息を吐いたが、すぐにフーレに訊ねる。
「カルラは古代神殿だろうと?」
「うん。その内のどれかに向かうんじゃないかって」
フーレの声に、ヴァネッサとオーガスは頷き合った。
それからオーガスは俺に顔を向ける。
「この先の谷に、アランシアの建国以前から存在するという、古代の神殿群があります。かつては聖域と世界樹とともに神聖視されてましたが、世界樹の炎上後は、異教の建物として巡礼を禁じられていた場所です」
「そんな場所があるのか。そこには何か?」
「かつては偉大な武具や道具が置かれていたとのことですが、目ぼしいものは王族が持ち去ったので今はもぬけの殻のはずです。あえて言えば魔物が多数いた……いや、今はアンデッドが蠢いているでしょう」
マッパは何故、そんな場所に向かったのだろうか。
何か理由があるはずだ。恐らく、アランシアの王族も気づけなかった何かが。
俺はオーガスに言う。
「オーガスさん。そこに案内していただけますか?」
「もちろんです。すぐに向かうとしましょう」
頷くオーガス。
だがその時、遠くから大きな魔力の反応があった。
何か一つの人型の魔力を、大小さまざまの魔力の形が追っている。
「なんだ? いや」
俺はすぐに胸から望遠鏡を取り出した。
マッパの作った、リヴァイアサンの鱗を用いた望遠鏡。
側面にある車輪を回すことで焦点を調節でき、水平線すれすれもくっきりと映せる逸品だ。
その望遠鏡で、魔力のほうを覗くと……
「あれは……マッパ!」
そこにはなんとマッパがいた。
マッパは、見たこともない二輪の乗り物に乗っている。
前輪と後輪が金属製の棒で繋がっているようで、そこに椅子のようなものがあり、マッパは馬のように跨っていた。
その金属製の馬で、マッパは平野を駆けていたのだ。
「ヒール様、マッパがいたの!?」
「あ、ああ。変な乗り物に乗っている。しかも、大量のアンデッドに追われて!」
だが、マッパのほうは何だか面白そうな顔で、金属製の馬を平野に走らせていた。
ちょっとした坂をジャンプ台のようにし、金属製の馬を宙へと浮かばせたり、蛇行して進んでいく。
なんというか、ちょっと面白そう……
自分で作ったのかどうなのかは知らないが、なんだかワクワクするような乗り物だ。
まあ、少し後方に目を移すと大量のアンデッドが追っているわけで、自分だったらとても笑える状況じゃないが。
それに、マッパは逃げるというよりまっすぐどこかに向かっているようだ。
ケイブスパイダーやアシュトンたちは速いが、あの金属製の馬も負けていない。ここから追っても、追いつけないかもしれない。
ならば先回りするのがいいだろう。
俺はマッパの進行方向を指さし、オーガスに訊ねる。
「オーガスさん。あっちの方向は?」
「まさに先ほど申し上げた、古代の神殿のある谷の方向です」
どうやら、マッパは本当にその古代の神殿に向かうらしい。
「そこにマッパが向かっている。俺たちも行こう!」
こうして俺たちは、マッパの操る金属製の馬が向かう先へと、走り出すのだった。