百七十話 抜け出しました!
「大変だ! マッパの兄貴が!」
皆が美味しそうにスープを口にする中、ハイネスは必死の形相でこちらに駆け寄ってきた。
「ハイネス! マッパが見つかったのか?」
「あ、ああ」
ハイネスは俺の前で立ち止まると、息を整えながら言う。
「じょ、城壁の衛兵で、マッパを見たってやつがいたんだ。その話だと城壁の外に飛び降りたって……」
「な、なんだって!?」
城壁の外には、あの黒い瘴気の化け物たちが蠢いている。
しかも城壁の中でさえ、ドラゴンが現れたのだ。俺たちの魔法で一度は追い払ったとはいえ、またいつ襲われるかも分からない。
「俺の兄貴と、フーレ、タランが一応城壁降りて周辺を探している。あと、守り人のカルラって子も……でも、見つからねえし、勝手に遠くへは」
勝手に動くわけにもいかない。
フーレたちはさっきの戦闘で敵の規模も分かっている。
先ほどから話を聞いていたアリッサが口を開く。
「仲間が城壁の外に出たのか? 一度襲撃を追い払った後だ。あまり遠くでなければ、すぐには襲われないと思う。たまに城外に残された物資を取りに行くが、少なくとも一日は時間がある」
だが、とアリッサは続ける。
「たまに地中に潜んでいた亡者に足を掬われ、襲われることも……いずれにせよ、準備もなしに単身で出るのは危険だ」
それに加え、マッパはあの性格だ。何をしでかすか分からない。
「……すぐに救出しないと。外に出る、手を貸してくれ!」
俺は城壁上から聖域を見張らせていたケイブスパイダーに手を振り、降りてきてもらう。
「すぐに見に行こう。リエナはもしもの時のため、ここで待っていてくれるか」
リエナは自分も行きたいのかすぐには返答しなかった。
が、少ししてコクリと頷く。
「必ずマッパさんを連れてお帰りください。ここの防衛は私と将軍にお任せを」
「ええ。俺と姫なら、どんな奴らが来たって追っ払えますよ! それにしてもマッパの奴……帰ってきたらげんこつ喰らわせないとな」
エレヴァンはしかめっ面で言った。
「マッパにも何か考えがあるのかもしれない……聖域の連中も来たら、手加減してやってくれ。それじゃあ行ってくる」
俺はそう言ってシエルとケイブスパイダーの背中に乗った。
するとアリッサもケイブスパイダーに乗ろうとする。
「私も行こう! 案内役が必要だ」
「アリッサ。君は、この国の指導者だ。危険な目には」
「だが、外は危険だ。地理に明るい者でなければ……」
そう答えるアリッサの肩に、守り人のオーガスが手を置いた。
「殿下。ここは、私とヴァネッサにお任せを。カルラも気になりますしな」
「ええ、私とオーガスは元冒険者。今までも瘴気の海を旅してきました。殿下はここで引き続き、シェオールの方々と調整を」
ヴァネッサもそう言った。
アリッサは不安そうな表情をしながらも、彼らならと首を縦に振る。
「二人とも、頼む……ヒール殿たちは私たちの恩人。必ず、皆を安全に導いてくれ」
その声に、オーガスとヴァネッサは力強く頷いた。
こうして俺たちは、城外へと探索に向かうことになった。
「こっちの方角だ!」
そう言って、ハイネスは街を四足で疾走した。
しかし、俺とは別のケイブスパイダーに乗るオーガスが声を上げる。
「ハイネス殿! 城門は別の方向にある一つだけ! そちらは」
「大丈夫だ! 俺たちには、頼りになる仲間がいるんでね!」
そう言ってハイネスは、城壁の階段を難なく上っていった。
それに続くように、ケイブスパイダーたちは城壁を登っていく。
後ろ足を伸ばし、なるべく背中を水平に保ちながら。
「こ、これは! お見事」
オーガスとヴァネッサは感心したように言った。
一方の俺は、やはりこの高くなっていく感覚がまだ怖い。
しかしそれも束の間の恐怖。あっという間に城壁の上に到着すると、ケイブスパイダーは城壁を飛び降りた。
先には、すでにハイネスが着地している。
城外の土は、真っ黒だった。砂鉄のような砂利と、石炭のような岩が見渡す限り広がっている。
たまに見える建物のは廃墟や枯れ木も、全体的に黒ずんでいた。
「まるで地獄だ……」
幼少の時目にした絵本に描かれていた地獄を思い出す景色だ。空の暗さも相まって、恐怖を感じる。
「一刻も早く、マッパを救出しないと」
俺の声に応えるように、ケイブスパイダーは恐れることなく、再び駆けだしたハイネスを追った。
ハイネスは叫ぶ。
「おーい! 俺だ! ハイネスだ!」
「ま、待たれよ! あまり大声で叫んでは!」
オーガスがそう声をかけた瞬間、突如目の前の地面の各所がぼこぼこと盛り上がる。
地中から出てきたのは……黒ずんだ骨の生き物だ。人型だったり、獣の形をしていたり。
だが先ほどの襲撃者たちとは違い、瘴気は発していない。魔力の反応も微弱。
普通の、というのも変だが、いわゆるアンデッドだ。
「け! こんな奴らは敵じゃねえ!」
ハイネスは腰に提げていた二振りの曲刀を抜く。
そしてそれを手に、現れたアンデッドの集団に突っ込み、一挙に粉砕していった。
俺はハイネスにシールドを展開したが、特にいらなかったようだ。三十体ほどのアンデッドは、駆け回るハイネスにより一瞬で倒された。
「す、すごい……」
ヴァネッサは俺の心の声を代弁するかのように声を漏らした。
そういえば、アシュトンとハイネスが戦っているところって、最初この島に来た時以来、あまり見ていなかった気がする……
あのエレヴァンも二人の戦闘力は絶賛していた。日ごろから時間があれば、地下の訓練場で鍛えていたし、まあ納得と言えば納得だ。
ハイネスはアンデッドを倒し終えると、自分の曲刀を感慨深そうに見つめる。
あれはたしかマッパの作った曲刀だ。
ハイネスとしてもやはりマッパが心配なのだろう。
「マッパのやつ……」
首を振り、ハイネスは続ける。
「ヒールの旦那、先を急ぎましょう! 兄貴たちもそう遠くにはいってないはずだ」
「ああ」
俺たちは再び、黒い平野を進み始めた。