百六十九話 持ち寄りました!
「よし、あとは沸騰するのを待つだけだな」
広場には、いくつもの焚火台が並べられていた。
焚火台は、四角い箱の上部分がくりぬかれた形をしている。
箱の中に世界樹の枝や石炭などを入れ、その上に鍋を置いていく。
俺とリエナが水魔法で鍋に水を注ぎ、火魔法で焚火台に点火。
あとは鍋の水が沸騰するのを待つだけだ。
リエナが頷く。
「はい! まずは魚の骨と世界樹の葉で、出汁を取っていきます! それから魚介を煮込む感じですね」
「聞いているだけで腹が減ってきたぞ……」
だらしない顔で呟いたのはアリッサだ。
だが突然、何か閃いたような顔でリエナに言った。
「そうだ……リエナ殿。魚だけでは量が足りないかもということだったな」
「ええ。ですので、まずはスープにしたのです。でもスープではやはり、お腹いっぱいにはならないでしょうね」
リエナの言う通り、スープは焼き魚などに比べると腹は膨れない。体は温まるし、大勢の人に行き渡らせることができるが。
アリッサはリエナに訊ねる。
「なら……キノコを入れてはどうだろうか?」
「それ、とてもいい案だと思います! 皆さんが食べ慣れた食材ですし、さらに美味しくなるかと!」
「ならば、入れてみよう! ちょうど魔法キノコを見せたいとも思ってたんだ」
そう言ってアリッサは、広場に面した、倉庫らしき建物に向かう。
やがて中から木箱を抱えて現れると、俺たちの元に戻ってきた。
「待たせたな。これが我が国の主食、魔法キノコだ」
アリッサはそう言って木箱の蓋を開けた。
「おお、でかいな」
中には酒瓶ほどの大きさの白いキノコが入っていた。横から見ると、雨傘という異国の雨よけ道具に見える。笠も柄もしっかりしており食べ応えがありそうだ。
「地下や屋内で育てられるよう改良された魔法キノコだ。水と空気、魔力があれば成長する」
「魔力で?」
俺の言葉にアリッサは頷く。
「ああ。キノコ自体は日光がいらない。だが、通常は土や植物が必要になるだろう?」
そう言われれば、タランたちと会った時、彼らはキノコを育てていた。
あそこにはタランたちの肥料があった。
太陽石がその成長を促していたのかは分からないが、日光がなくてもキノコは育つ。
だが土や水はなければならない。
となるとこの魔法キノコは、土がなくても育つということか。
つまりは、シェオールの洞窟でも育てられるということ。
「魔力は供給する必要があるのか?」
「いや、してもしなくてもいい。したほうが、成長が早まるというだけだ。アランシアでは、足腰の悪い老人が毎朝日課代わりに魔力を与えている」
「なるほど。なかなか優れた食材だな。種類はこれだけか?」
「いや、いくらかあるぞ。回復効果をもつ種や、薪材に適したキノコもある」
「それはたいしたものだ。シェオールの洞窟でも育てられるかもしれない」
「いくつか菌床を分けるよ。まあ今はスープに入れてもらおう。皆、そこにある倉庫からキノコを!」
アリッサの声に、街の人たちがキノコを運び出す。
リエナと俺はそれを風魔法で一口サイズに切り出すと、鍋へ入れていった。
「これはいい匂いがしてきたぞ……」
「私たちもキノコは久々ですからね……はい、これで完成です」
リエナがそう言うと、アリッサたちはおおと声をあげた。
香りにつられてきたのか、すでに多くの人が広場に集まっていた。
「よし、今から配る! 皆、ちゃんと並ぶんだぞ!」
アリッサの声に、街の人々は鍋の前に並んでいく。
さっそくスープを受け取った者たちが、食事を始めた。
「おお、うめえ! これ魚だっけ? 不思議な触感だ」
「それは貝じゃよ。数十年前は、ワシもよく食べたもんじゃ。この塩の味は海を思い出すのう」
「このハーブみたいな香りもいいな。キノコとよく合うし、なんだか疲れが取れる」
皆、次々と美味しそうにスープを味わっていく。
世界樹の葉とシェオールの魚介、それにアランシアの魔法キノコを合わせたスープだ。
珍しいだけでなく、親しみやすい味に仕上がっているのだろう。
アランシアの人たちも気に入ってくれたようだ。
他の広場にも鍋の移動が始まると、遠くのほうからも賑やかな声が上がった。
俺とリエナは思わず、やったと手を合わせた。
「皆、喜んでくれたようだな」
「はい! 頑張って作った甲斐がありましたね!」
俺たちの作った物が皆を喜ばせている。
それを見る俺たちも、なんだか嬉しくなってくる。シエルたちスライムはぴょんぴょんと跳ねて、嬉しさを分かち合っているようだ。
一部、ケイブスパイダーたちは自分たちも食べたいのか、魔法キノコに興味津々のようだが。
「そういえば、タランたちケイブスパイダーはキノコが主食だったもんな……そういやタランと言えば」
タランもフーレも、まだ帰ってきていない。
アシュトンとハイネスからも報告がない。
スープを作っていい匂いが立ち込めれば、腹を空かせたマッパがやってくると思ったんだが……現れないな。
リエナも心配そうな顔で頷く。
「マッパさん……それにフーレたちも帰ってきませんね」
「ここは塔の近くだから、誰か通れば分かるはずなんだが……うん?」
そんなことを話していると、犬のように駆けてくる者が一人。
「ヒールの旦那! 大変だ! マッパの兄貴が!」
ハイネスの声が響くのだった。