百六十八話 境界ができました!
「ありがとう、皆。助かったぞ」
俺はケイブスパイダーから降り、彼らに礼を言った。
タランがいないので、聖域までケイブスパイダーに乗せてもらったのだ。タランの子もいれば、地下都市にいた者もいる。
おかげで逃げた兵たちを追いかけまわすような形で聖域に到着した。
兵たちはケイブスパイダーを見て、殺されると必死に逃げていたが。まあ怖いだろう。
ただ相当な恐怖だったのか、皆聖域の中へと閉じこもってしまった。
聖域の外には誰もおらず、門を固く閉ざしている。
エレヴァンが呆れた様子で吐き捨てる。
「へっ。度胸のない奴らだ」
「でもむしろ好都合だ。これなら、邪魔されずに城壁を築ける」
「ええ。俺とケイブスパイダーたちで見張っておくんで、大将は気にせずやっちまってください」
俺はエレヴァンの声に頷いた。
しかしアリッサが不安そうな顔で訊ねてくる。
「本当に大丈夫なのか? やると決めた以上、こちらも兵を立たせて」
「いや、必要ない。だけど、水と樽を用意してくれるか?」
「わ、分かった」
アリッサは守り人と一緒に、早速街に向かった。
その間、俺は工房機能を使い、城壁用の石材を切り出していく。また、補強用のモルタルが欲しいので、石灰を使いセメントを作成した。
やがてアリッサが街の人々を連れてきてくれる。皆、水の入った樽を持って。
俺はその樽にセメントを混ぜ入れ、モルタルを作る。
以前マッパが決めた配合を弟子から聞いているので、特に問題はない。
しかしマッパのやつ……まだ現れないのか。
いつもここぞという時に現れる。
まあそう考えると、これは俺にできる作業だし、今はここぞという時じゃないのかもしれないが。
俺はモルタル作りを終え、次に石材を敷き詰めていく。
その上と石材の間に吸収したモルタルを放出し、さらに上の段を積み上げる……これを何段も繰り返すだけ。
もうこの作業も慣れたものだ。
アリッサたちアランシアの者は皆、どんどん高くなる城壁に声を上げている。
中には、何故ここに城壁を築くのかと首を傾げる者もいたが、アリッサが理由は後で皆に話すと言うと納得した。慕われているのだろう。
あるいは、今聖域と決別するとは言いたくなかったか。民衆の中には、まだ聖域の助けを期待している者もいるはずだ。俺たちの援助があると皆を安心させてから話すのかも。
聖域側の者たちも目を丸くしているのが分かったが、やがて石材が積みあがっていくと彼らの顔は見えなくなった。
そんなこんなで一時間……俺の前には、人の背丈の四倍はある城壁が出来上がっていた。
これで聖域と行き来する手段はなくなった。もちろん攻城塔とか梯子とか使えば、向こうからもやってこられるが。
でも、籠城中なのにそんなものを用意しているとは思えない。
城壁の向こうからざわつくのが聞こえるが、一向に城壁を攻撃するような音も聞こえない。
だがそれでも警戒は必要だ。
俺はケイブスパイダーに城壁上から聖域を見張るよう頼んだ。
階段もあるから、あとでアランシアの人たちにも警備を任せよう。
「ほ、本当に……城壁が……」
アリッサは城壁を見上げ、唖然としていた。
守り人も街の人も皆、おおと声を上げている。
エレヴァンは腕を組みながら得意げな顔で呟く。
「だから言っただろ? うちの大将なら余裕だって」
「モルタルも自分で作れればもっと早く作れるんだけどな」
俺はそう言いつつ、インベントリの中を気にする。
結構岩を使ってしまったな……まあ、岩はこれからいくらでも掘れるか。
そんな時、リエナの声が響く。
「ヒール様! 食料を運んでまいりました!」
声のほうに振り向くと、リエナとその後ろに延々と続くスライムたちが。
スライムたちは皆、樽や箱を体に乗せてやってくる。
「おお、リエナ。皆も来てくれたか!」
「はい。とりあえず第一陣というところです!」
シエルの誘導のもと、スライムたちは荷物を綺麗に並べていった。
ちょっとした市場のような、大量の箱と樽だ。
箱や樽の中には、すでにカットされた魚介が。
「もう下準備ができてるのか」
「調理場の皆が頑張ってくれたんです。さっきのアリッサさんの様子を見て、他の人もきっと腹を空かせているだろうって」
「シェオールの皆のも作らないといけないのに……後で礼を言わないとな。それで何を作るんだ?」
「最初は魚のスープにします。そのほうが、多くの人に行き渡るかなと。ヒール様も鍋を熱する焚火台を作るのを手伝っていただけますか? 石材で四角形に組んでいただきたいのです」
リエナは持ち運んできた巨大な鍋に目を向けた。
最初に送る魚は一万匹と言っていた。
ここアランシアの人口は三万人。
焼き魚では皆に行き渡らないと考えたのだろう。
「もちろんだ、早速作るよ。でもその前に……」
俺はアリッサに声をかける。
「アリッサ。今から料理を作る。なるべく多くの人に行き渡らせたいんだが、やり方は任せられるか?」
「食料は配給制だから大丈夫だ。街のいくつかの広場に配給拠点があるから、皆に皿を持ってこさせればいいだろう」
「分かった。ではその拠点に鍋を運ばせるとしよう」
俺たちは早速、スープづくりを始めるのだった。