百六十六話 一悶着でした!
「……う、美味い! な、何たる甘さか!」
世界樹の下で、アリッサは思わず声を上げた。そのまま締まりのない顔をすると、蜂蜜入りの紅茶をごくごくと一気飲みする。
焼き魚や果物も次々と口に運んでいった。
不安そうな顔でリエナが言う。
「あ、アリッサさん。あまり一気に飲みますと、むせますよ」
「大丈夫だ! こんな美味しい物、詰まらせるわけ……ごほっ!」
「もう、アリッサさん……」
リエナに背中をさすられながらアリッサは頭を下げる。
「す、すまない……しかし驚いた。見た目にも麗しい場所だが、ここまでの食料があるとは」
「これも世界樹の恵みのおかげだ。どうしてかはわからないが、この樹が生えてから集まる魚も多くなった……中には大きな魚も」
「魚は虫や枯れ葉を食べるとよく聞く。世界樹の葉が集めているのかもしれんな」
アリッサの言うことは多分そうだと思う。リヴァイアサンやデビルホッパーはそれだけじゃ説明がつかないと思うが。
しかしアリッサはすぐに何かに気が付いたような顔をする。
「生えてから?」
「え? あ、ああ。あの世界樹は、太陽石っていう石であそこまで大きく成長したんだよ」
そう言うと、アリッサはしばらく思考を停止したように黙り込む。
「ヒール殿。私は馬鹿に見えるかもしれないが、さすがにそこまでは信じぬよ?」
まあ世界樹の存在を認めるにしても、あの大きさの樹が種子を埋めてほんの一瞬で成長したなんて信じられないよな……
口で言っても無駄だと思うが、今度機会があったら見せよう……
「う、嘘じゃないんだけど……ともかく、これで魚は大量に取れることはわかっただろ? しばらくは魔法を使える者で漁をする。その間に、漁船を増やしてみるよ」
「それはありがたい。こちらも働き手を募ったりしてみるよ」
「シェオールの人口は少ないから、それはありがたいな……お、バリスが来たか」
振り返るとそこにはバリスが頭を下げていた。
「彼はバリス。このシェオールの……宰相だ」
「私はアリッサ。バリス殿……ですね?」
立ち上がるアリッサにバリスは微笑む。悪魔のような見た目のバリスに少々怖気づいてしまったようだ。
「ほほほ。こんな怖い見た目をしてますが、中身は腰の曲がった爺。そう怖がらないでくださいませ」
「バリス。このアリッサなんだが……」
「遠くから、お話は聞かせていただいておりました」
「ま、魔法でか?」
「ええ。風で音を運ぶ……と古代の帝国の方々から教わりまして。陛下が次に何をなされるか把握し事前に動くのが、宰相の役目ですからな」
「そ、そうだな……」
俺はバリスの魔法の成長に末恐ろしさを感じる。
バリスはそんな俺に構わず続ける。
「とりあえずですが、ワシは魔法で漁をし、スライムの方々に鉄の馬車で地下まで運ばせます。今ある分をどれだけ送るかは、姫にお任せします」
その声にリエナが頷く。
「保存してあるのを含めれば、一万匹ならとりあえず送れるでしょう。さっそく、スライムの方々に頼んできますね」
「俺も鍛冶場に鉄を置いてくる。それで武器や道具を頼んでくるよ」
マッパの弟子たちも相当な技量だが……やはりマッパにはいてほしかったな。
その声に、アリッサは頭を下げる。
「お二人とも、かたじけない。運び手はこちらからも派遣する。他にもなにかあれば、どうかなんなりとお申し付けくだされ。それではこちらも送るキノコを用意しなければ」
席を立ち上がるアリッサに、リエナが言う。
「もう少し食べていかれては?」
アリッサは調理場のほうを見て一瞬物欲しそうな目をするが、すぐに首をぶんぶんと振った。
「いくらでも食べたい……だが、皆も飢えている。私だけゆっくりしてるわけにはいかない。それにもう結構いただいた」
アリッサは俺に顔を向ける。
「では、次は我が街を見ていただこう。来てくれるな、ヒール殿」
「ああ。鉄を置いてからすぐ行こう」
こうして俺たちは再び地下へ降りた。
しかしアランシアへの入り口が何やら騒がしい。
ゴーレムやゴブリン、コボルトの警備隊が盾を構えている。
俺は警備隊のゴブリンに訊ねる。
「何かあったのか?」
「そ、それが! 今さっき、将軍と突然やってきた金ぴかの鎧の連中が戦いになって! 俺たちはここから一歩も通すなと!」
「エレヴァンが!?」
俺が声を上げると、アリッサも言う。
「も、もしかして聖域の近衛兵! すぐに向かいましょう!」
俺たちはすぐに門をくぐり、アランシアへ出る。
するとそこではエレヴァンとゴーレムが門の前に立っていた。
武器を構える彼らの前には、槍を向ける兵士たちが。
先ほど聖域で見た兵士たちと同じ出で立ちだ。金ぴかの良い鎧を身に着けている。
「エレヴァン!」
「大将か! 大丈夫だ、殺しちゃいねえ! おらっ!」
エレヴァンは襲い掛かる兵士を数名、斧を逆手にして吹き飛ばした。
彼の足元にはすでに兵士が十名ほど痛そうに寝転んでいる。
皆エレヴァンの斧で叩かれたのだろう。鎧にはヒビが入っていた。
兵は総勢で百以上いるようで、遠くではゴーレムと戦っている者も見えた。
すると、少し遠くのほうから声があがる。
この門の守り人であったオーガスだ。
「アリッサ殿下! 申し訳ない! 陛下に報告を申し上げたところ、ビリーヌ大公が兵を送って門を調べさせろと! 止めたのですが!」
その声にエレヴァンも口を開く。
「やってきて早々、魔物は捕まえるとか言い出したんでさあ。だから応戦しやした。そうじゃなくたって、こんな武装したやつら、大将の許可もなく通すわけにはいかねえが」
エレヴァンは再び迫る兵を斧で薙ぎ払う。
エレヴァンはその場から一歩も動いていないようだ。仕掛けてきたのは紛れもなく聖域側か。
単純に俺たちと交渉したいなら、使者を送ればいいはずだ。
だがここまで大量の兵士を送るのは、シェオールを武力で制すため……
すぐにアリッサが叫ぶ。
「お前たち! 彼らは敵ではない! このアランシアに協力してくれる方々だ!」
しかし兵は冷たい口調で返す。
「殿下。あなたも連れ戻せとのお命じです。どうか、聖域へ」
「それは我が父の言葉か!?」
「いえ、ビリーヌ大公閣下のお言葉です」
「ならばそんな命令には従わない! 私には彼らと協力関係を結ぶ役目がある!」
「ならば、あなたも捕まえるまで……おい、やれ!」
兵士たちは総勢で俺たちにかかってくるのだった。