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百六十三話 門前払いでした!

「す、すごい、もうこんな場所まで!」


 アランシア王国の王女アリッサは、馬よりも速く道を進んでいくタランの上で声を上げた。


 通り過ぎる者たちも、何事かと俺たちを見る。

 皆、例外なくやせ細っていた。少しも肥満体型の者が見えない。


 それに民家のほとんどは、石材だけの建物ばかり。


 なんというか、初期のシェオールを思い出すな。

 シェオールも最初、灰色ばかりの島だった。


 道の人もまばらで、なんとも寂しい街並みだ。


 リエナがアリッサに訊ねる。


「アリッサさん……この街の人口は三万人でしたよね?」

「ああ。いや、厳密にいえばあと三千……」

「三万三千人ですか?」

「いや、三万だ……」 


 リエナは首を傾げるが、すぐに頷く。


「三万人ですね。分かりました」


 これだけの広さの都市としては、三万人は少ないのかもしれない。


 しかし、三万人分の食料を供給するとなると、シェオールも大変だ。

 今リエナはこの街の人たちにどれだけ食料を分けられるか、考えているのだろう。


 道を進んでいると、俺たちが出てきた沈黙の神殿のあった塔が間近に見えてくる。


 アリッサがそれを見て言った。


「この塔の裏側の大通りをまっすぐだ! そこに王宮がある!」


 タランはアリッサの指さした方向へ進んでいく。


 塔の裏側に出て、大通りを進んでいると目の前が急に開けた。


「こ、これは……」


 リエナは目の前の光景に唖然とする。


 今まで俺たちが見てきた街並みは、あまりにも寂しかった。


 だが今俺たちの目の前に見えるのは、とても煌びやかな場所だ。


 高い鉄柵に覆われた向こうには、大きな湖が見える。

 その周囲には植物が生い茂り、さらにその外側を白壁の豪華な邸宅が軒を連ねていた。


 この柵自体にも魔力が宿っている……シールドのような魔法が掛けられているのだろうか。


 リエナは呟く。


「ここには自然が残っているのですね……」

「ああ。この大陸で唯一の場所だ……」


 アリッサは複雑そうな顔で呟いた。


 この湖は、俺たちにとっての世界樹みたいなものか。


 だが俺たちと違って、外の民衆には開放されていないようだ。


 柵の近くには過剰なほど、多くの警備兵が立っている。

 子供ですら寄り付かないし、外の人たちが気軽に出入りできる場所ではないだろう。


 シェオールの世界樹は島の住民誰もが行き来できる……


 また、警備兵の装備も気になった。


 城壁の兵士とは違い、全身を覆う鉄のプレートアーマーを着ている。

 中には隊長だろうか、黄金の鎧を身に着けている者もいた。


 武器も立派だ。

 巨大な盾に、装飾の凝ったハルバード。

 柵の内側には、弓兵もいる。


 塔の裏側なので最初は見えなかったが、まさか同じ城壁の中でここまで街並みが変わるとは。


 この光景に、俺は思わず呟く。


「……アリッサ。何故、これだけの戦力がありながら、城壁に回さないんだ?」

「そ、それは……私も、おかしいと思うが……」


 歯切れの悪いアリッサの回答に、俺はさらに疑問が深まる。


「おかしいと思うなら、何故? おっと」


 タランがもう少しで柵門というところで止まった。


 警備兵たちが皆、武器をこちらに向けていたからだ。


 アリッサはタランから降りると、警備兵に叫ぶ。


「この方々は私の客人だ! 沈黙の神殿から来られた方々だ! このまま通せ!」

「アリッサ殿下! たとえアリッサ殿下の客人であっても、人間以外を通すわけにはいきませぬ! そもそも、そんな化け物を連れた者など、この聖域には入れられません!」


 警備兵はタランとシエルを指差して言った。


 それを聞いたタランとシエルは、警備兵たちを微動だにせず凝視するだけだ。


 しかし、俺もリエナも気分が悪い。タランとシエルは大事な仲間だ。化け物だから通すなだと?


「お、お前たち! なんて失礼なことを! 彼らは私たちに助力を申し出てくれたんだぞ!? 今も襲撃を共に防いでくれた方々だ! すぐに謝れ!」


 アリッサはすぐに警備兵を怒鳴った。


 だが誰も耳を傾けない。そればかりか馬鹿にするようにアリッサを見た。


 そんな中、柵門の中から煌びやかなコートを着た男が現れる。


 長めの金髪の若い男で、金銀宝石を使った装飾品を体のあちこちに付けていた。


「アリッサ殿下! 今更、聖域に戻られたのですか!?」

「ルラット! 沈黙の神殿に、この方々が現れた! 我らに力を貸してくださる方々が!」


 どうやら男はルラットという名らしい。


「ふぅむ。とすると、守り人の言っていた者たちは、こいつらですか……」


 ルラットは俺たちをじろじろと見ると、ふっと小馬鹿にするように笑う。


「全く貧相な身なりだ。そこらの者と変わらないじゃないですか。それに、醜い生き物まで……お前たち、さっさとここから失せろ! 私の殿下をこれ以上たぶらかすな!」


 それを聞いた俺は怒りを通り越して呆れてしまった。

 すぐにリエナたちに言う。


「皆、帰ろう。こんなやつらに協力する必要はない」


 リエナたちは無言で頷いた。


「み、皆様! お待ちを! 必ずあの者に無礼を詫びさせる!」


 アリッサは俺たちに頭を下げると、ルラットを睨んだ。


「なんと失礼なことを! ルラット、彼らは私たちを助けてくださったのですよ!?」


 アリッサはそう返すが、ルラットは面倒くさそうに答える。


「そんな大きな声で言わなくても聞こえてますよ。そんな者がいなくても、このアランベルクの城壁は破られませんって」

「どうしてそんなことが言える!? すでに千以上の者が亡くなっているんだ! 襲撃も日に日に激しくなっている……聖域だって、後方の城壁が破られれば終わりだ!」

「聖域が破られるですって? はははっ! この古代から伝わる聖なる地が、破られるなどあり得ませんよ! 食料の備蓄も十分にあるのに」

「ルラット、貴様は何も分かっていない! 食料だってもうないに等しいのに!」

「民にはいくらでもキノコがありますよ。それともあれですか? ついに殿下もあれには飽きたと? 仕方ありませんねえ」


 ルラットはそう言うと、腰の袋から赤いリンゴを取り出し、アリッサに見せつける。


「ほら、好物ですよね?」 


 ルラットはアリッサの前へ、林檎を投げた。

 だが、べちゃりと半分潰れてしまう。


 何故、こんなことができる……食べ物を粗末にするなんて。

 このリンゴ一つで、少なくとも子供一人は笑顔にできたはずだ。


 だがルラットに罪悪感などないようだ。

 彼はニヤニヤとした顔で言う。


「食べたいのならどうぞ。聖域には、他にも食べ物はいくらでもありますので! だからあなたもこちらに戻ってきなさい!」

「いらない! ルラット! 彼らに謝罪を!!」


 先ほどは俺が食べ物の名前を口にするだけで涎を垂らしたアリッサだったが、このリンゴには全く興味を示さなかった。


 そればかりか、さらに憤怒するような顔をしている。


 俺はそんなアリッサの腕を引いた。


「……アリッサ。状況はだいたい分かった。もういい」

「し、しかし、ヒール殿!」

「俺たちは、あんなやつらを助けるつもりはない……だけど安心しろ。こっちの皆は助ける」


 その言葉に、アリッサは驚くような顔をする。


 一方で、話を聞いていたルラットは笑った。


「そんなみすぼらしい格好で助けるとは、笑わせる! アリッサ殿下! 我らとそこの者たちは住む世界が違います! あなたも早く、私の元に戻ってきなさい!!」


 そう言ってルラットは、聖域なる場所の中へ戻っていくのだった。

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