百六十二話 戦姫でした!
「何者だ?」
長い黒髪をポニーテールにした女性は、俺に剣を向けて睨んだ。
「起きて! カルラさーん!」
フーレが城壁の片隅で守り人のカルラを揺らすが、タランの空中移動で酔ったきり起きない。回復魔法も効いてないようだ。
困ったな……
カルラに事情を説明してもらうつもりだったが、この様子じゃしばらく起きない。
とはいえ女性たちは皆、俺たちを異邦人とは認識しているようだ。
とりあえず名乗って目的を告げるしかない。
「俺はヒール。シェオールという島の領主だ」
皆、シェオールと言った瞬間、どよめく。
知っているわけではなく、「どこだ、そこ?」という声が聞こえた。
まあ知らなくても無理はない。もともと辺境の地だ。
そもそも彼らがどこの大陸の人間かも分からないのだ。
だから、有名なほうも使ってみる。
「それと一応、サンファレス王国出身だ……」
しかし、皆首を傾げた。
サンファレスも知らないか。
シェオールは分からなくても、王国のほうなら名が通っていると思ったが。バーレオン大陸で王国のことを知らない人間はまずいない。
ともかく、ここは王国のあるバーレオン大陸でないことはほぼ確実と言っていい。
「ここには交易のために来た。今は鉱石しか出せないが、俺の島は魚と茶葉が豊富に取れる」
俺はインベントリから鉄のインゴッドを出してみた。
すると、周囲の兵たちはさらにざわつきだす。
「て、鉄がいきなり現れた?」
「さっきの魔法といい、なんなんだ、こいつらは?」
彼らは皆、信じられないといった顔で鉄と俺たちを見た。
まずい……変に驚かせてしまったか?
しかし、隊長と思しき黒髪の女性が口を開く。
「静まれ! 私たちと交易したいだと?」
もちろんその気はある。
だが困っているから助けようと思ったのが先だ。オーガスの救援要請に応えたかったのだ。
しかし、それを馬鹿正直に言ってしまえば、却って不審がられるだけ。
見返りを求めずに助けに来たなんて言えば、胡散臭く思われる。
「あ、ああ。鉄を使った武具もある。それに、この城壁に使うような石材もあるぞ。もちろん、食料だってある」
「食、料……?」
女性は鋭い視線を俺たちに送った。
「さっき言ったように、まず島では魚がいっぱい獲れる。イワシのような小魚から、マグロみたいな大きい魚……あと、貝もとれる。ちょっと怖い感じのサタン貝とかも」
俺の声に、女性のほうからじゅるりという音が聞こえた。同様に、兵士たちからも生唾を飲むような音が響く。
女性は表情を正して続けた。
「ほ、他には……?」
「そ、そうだな。農作物も育ってきているが、すぐに出せるのはブドウぐらいかな。あとは、茶葉」
「ぶ、ブドウ……」
ごくり、という音が女性から響く。
口元には涎のようなものが見えた。
「そ、それと……あとはキラーバードの肉だな! あれは美味しい!」
「肉ぅっ!?」
女性も兵士たちも、間抜けな声を発した。
その顔は何だか獲物を狙う獣のようで、今にも襲ってきそうだ。
「と、とにかくそういった食材があるんだ! だから貿易について話し合わないか? もちろん、今はそんな状態でなさそうなのも分かっている! そこらへんも協力したい」
「ぜ、ぜひ」
女性は口から溢れる涎を舌で拭くと、さっきまでのきりっとした顔つきに戻る。
そして兵たちに任務に戻るよう叫ぶと、俺に頭を下げた。
「失礼をした。私はアランシア神聖国の第一王女アリッサ。どうか、先ほどまでのご無礼、お許しを」
「いや、俺たちもいきなり飛び込んで申し訳なかった」
女性はアリッサという、この国の王族らしい。
しかし、王族にしてはあまりに軽装な鎧だ。剣も粗末でそこらの兵士と変わらない。
この国の状態を見るに、王族も贅沢はできないのだろうか。
俺はアリッサに、自分たちのこと、門でのことを説明した。
「なるほど。沈黙の神殿に……オーガスが要請に応え、救援に駆けつけてきてくれたと」
「ああ。オーガスさんとヴァネッサさんは、王のもとに俺たちのことを報告すると」
「父上たちに……私も説明に行く。よろしければ、一緒に王宮までお越しいただけないか?」
「もともと、そうするつもりだった。だがマッパが……」
マッパが消えてしまった。
いつもは戦いが終わると、ひょっこりと現れるがどこにも見当たらない。城壁から落ちてもいないし……
「今度、腰に鈴でもつけておくかな……しかし困った」
フーレが言う。
「私が見つけておくから行ってきなよ。このカルラさんも起こさなきゃだし。ヒール様たちを送ったら、タランは戻ってきてくれる?」
タランはうんうんと体を縦に振る。
するとリエナも口を開く。
「私も残ります。一人じゃ大変でしょうし……マッパさんを探すのは」
「確かに大変だけど、大丈夫。姫は食料のこととか、島で色々調整しなきゃいけないでしょ?」
フーレの言う通り、島の食料の備蓄はリエナが把握している。いくら食料を分けられるかは、もうリエナしか分からないのだ。
リエナは不安そうな顔をしながらも言う。
「そうですが……分かりました。では、アシュトンさんかハイネスさんに応援を頼みます」
あのコボルトの兄弟なら、マッパもすぐに探り当てるだろう。
なんならもう、一人で島に帰ってる可能性もある。
「了解。おっさん探しがてら、観光してくるよ。だから、行っといで」
「分かった。それじゃあ、頼んだぞ」
俺たちはフーレにマッパの捜索を任せ、このアランシア神聖国の宮殿へと向かった。