百六十話 街が広がっていました!
「我らに力を貸してはいただけぬだろうか?」
門の向こうからやってきたオーガスはそう言って、頭を下げた。
仲間のヴァネッサとカルラも深くお辞儀する。
助けてやりたい……しかし、俺はこの島の領主。島の皆を危険に晒すことはできない。安易に受けては駄目だ。
俺はまず、リエナたちに顔を向けた。
「ヒール様。私たちのことは気になさらず」
そのリエナの言葉に同調するように、フーレたちはうんうんと頷いた。
「ありがとう、皆。オーガスさん……俺たちができることなら、力になりたい。でもまずは、あなた方の状況を詳しく知りたいんだ」
俺の言葉を聞くと、オーガスたちは顔を見合わせてから、すぐに「ありがとうございます!」と嬉しそうに返した。
オーガスは頭を上げて続ける。
「この外は我らの都の中央。我らが説明するより、見ていただいたほうが状況は分かるかと」
「わかった。なら、この門の向こうへ案内してくれるか?」
「もちろん」
オーガスはそう言って、門のほうへ向かった。
俺たちはそれに付いていく。
ちょっと気になった門の後ろ側を確認すると、そこには何もないただの空間があるだけだ。
でも正面に戻ると、やはり外に繋がっていて……ううむ。頭が混乱する。
ともかく、門の向こうはここから遥か遠くの場所。俺は気を引き締めて、門をくぐった。
「ここは……」
門を抜けると、そこには夜より暗い空が広がっていた。月も星も見えない。代わりに雨と一緒に落ちる無数の稲妻が明かりとなって地上を照らす。
目下には頼りなく揺れる灯と建物……都市が見えた。白く高い城壁によって円形に囲まれている城塞都市だ。
城壁の外は雨が降っているようだが、この都市の上空は雨が降っていない。
だが城壁の外に目を向けると、そこには真っ暗な闇が。
まるで黒い海がどこまでも広がっているようだ。この街はそこにポツンと浮かぶ孤島……
「すごい場所だな……ここは塔か何かか?」
俺はすぐ目前にある胸壁から街を見下ろした。
塔はとても高かった。
シェオールの世界樹よりも高そうだ。
「うおう……」
高い所は苦手だ。
ふらりとしそうになったが、リエナたちがすぐに支えてくれる。
「大丈夫ですか、ヒール様? しかし、本当に異常な様子ですね……緑が全く見えない」
リエナの言う通り農地や草地はおろか、目を凝らしても木一本すら見当たらない。
オーガスが口を開く。
「ええ。ですが、昨年まではこれでも、城外に多少の農地はあったのです。しかし黒い雨によってついに……このようにここ以外は、陽も出ませんので」
オーガスはそう言って、天を見上げた。
太陽が出ているわけではないが、この都市の上空は比較的明るい。城外が夜空なら、こっちは曇り空か。
リエナが言う。
「では、食料も困っているわけですね?」
「ええ。魚も取れませんので、我らの食べ物と言えばキノコだけです。魔法キノコの改良によって量や質を工夫しておりますが……それでもこの都市の三万の住民を満足に食わせるほどには」
「すぐに何か食料を送れるようにしましょう」
俺はリエナの言葉に頷いた。
「一番いいのは魚だな。あとで俺も漁を手伝う……おう!?」
突如、眼前の城壁から火球が城外に放たれた。
小さいのは火矢、大きいのは投石機の火炎弾だろうか。
地上への着弾と同時に、それは火の壁を作り出した。
だが、その壁の向こうから、さきほどと同じような黒いドラゴンが現れた。いや、大きさは先ほどのと比べると、相当小さい。
「今回の襲撃は大規模だな……くっ。上手く防いでくれるとは思うが」
顔をゆがめるオーガス。
こういった襲撃は珍しくないようだが、今回は規模が違うと……
「オーガスさん。俺たちがなんとかしてくる」
「ほ、本当ですか? ですが、あそこまで行くのに今からでは……」
高い場所からなので近く見えるが、この塔を下りてさらに都市を走るとなると……一時間以上はかかるだろう。
「大丈夫です。タラン。頼めるか?」
俺の言葉に、タランはすっと体を落とした。
その背中に俺たちは乗る。
しかし俺とリエナ、フーレでもういっぱいいっぱいだ。
シエルは乗れるが、十五号には門の近くの警備と、バリスたちへの報告を任せることにした。
「えっと……あと一人しか乗れないか。誰か付いてきて来れないか? 城壁の人たちを混乱させないためにも、案内役が欲しい」
俺の言葉に、オーガスが答える。
「私とヴァネッサはあなた方のことを王に伝えに向かう。カルラ、案内を頼めるか?」
「か、かしこまりました! し、失礼します!」
カルラは少し不安そうな様子でタランに乗った。
「では、行ってきます。タラン、頼む」
俺の言葉に、タランはすぐに塔から飛び出した。
「う、うわぁあああああああ!!」
ふわっと浮かぶような感覚に叫んだ……のは俺じゃない。カルラだった。
タランは街の鐘楼に次々と蜘蛛糸を吐き出してそこを支点にしながら、空中を移動していくのだった。