百五十九話 救援要請されました!
三人はただ茫然と扉の向こうを見て立ち尽くしている。
先ほどまでいた黒い竜は、遠く星となって消えた。それが信じられないのだろうか。
俺たちも、こんな地底が外に繋がっていたなんて信じられないが……
そんな時、俺の頭に声が響く。
シエルの声だ。
「ヒール様。この扉は、私たちが地下に閉じ込められたときのために造った転移の扉です」
シエルは扉の近くにある装置から俺に語り掛けているようだ。
「転移……ああ転移石みたいなものか」
転移石は置いた場所へと瞬間移動できる。これだけ大きな扉となると遠方へと移動できるのだろう。
「なるほど、それで外に繋がっているわけですね。でも彼らはいったい……」
リエナは武装した三人を見て言った。
この島の近くに、人の住む島はない。
となると、大陸のどこかだろうか。
しかし彼らの言葉は聞いたこともない。
少なくとも俺の故国サンファレス王国のあるバーレオン大陸の住人でないことは確かだ。ではもっと遠くの大陸……船で一か月以上かかる場所の人々なのだろうか。
シエルがそんな疑問に答えるように言った。
「私も人間がいるとは……この扉の先は、私たちが立つ場所とは逆さまの場所……海だったはずなのですが」
逆さまの場所、というのはよくわからない。
しかしその海だった場所は、今は石材が敷かれている……どこか城壁や塔の上のように思えるが。
困惑する俺だが、こちらに入ってきた三人ももっと困ったような顔でこちらを見た。
「え、えっと……とりあえず、話をしないか?」
俺が言うと、三人は無言でこくこくと頷いた。武器は収めてくれたので、とりあえず敵意がないことは伝わったようだ。
「ありがとう……俺はヒール。この洞窟と島の領主をやっている。あなた方は?」
「島? 洞窟? ……ともかく、この場所がどこかと繋がったということですか?」
三人の長であろう老人は、俺たちの後方にある穴を見て言った。
ここは俺たちが来るまで出入り口があの扉一つだけだった。彼らは壁を壊すことができなかったので、ここをただの何もない空間として認識していたのだろう。
「ああ。今さっきな……」
「あの決して傷つかぬ金の壁を……失礼。私はオーガス。アランシア神聖国の近衛騎士団長にして、この沈黙の神殿の守り人です」
老人が言うと、魔法使いのような服装をした青髪の女性が続ける。
「同じく守り人のヴァネッサ」
「お、同じく、カルラです!」
軽装の鎧の若い女性はそう名乗った。
「沈黙の神殿……ここのことだな?」
「ええ。誰もいない、傷のつかぬ部屋。神々がつくり給うた神殿……しかし、一度も神々がここに降りてくることはなかった。今日この時までは」
オーガスはそう言って、俺に真剣な眼差しを向けた。
「率直にお聞きします。あなた方が神々か?」
茶化しているわけではない。オーガスは深刻そうな顔をしている。
「残念ながら違う。俺たちはただの人間と魔物で、この部屋は古代の人々が造った遺物だ」
「確かにあなたは私たちとよく似ている……しかし、この壁を破るとは……」
オーガスの言葉にヴァネッサも頷く。
「先ほどの魔法も、とても人のものとは思えない。私たちと容姿は似ているが、きっと違う”人間”なのでしょう」
確かに彼女たちの魔力は俺たちと比べ少ない。
でも、それはサンファレス王国の人間だって同じだ。俺たちがこの島で膨大な魔力を得ただけに過ぎない。
しかし、アランシアなんて国は聞いたことがないな。
普通なら互いに交わることのない遠くの場所……例えば俺も知らない地図の外側にあるのだろう。竜の住まうエルト大陸だって俺は知らなかったんだ。
それよりも、扉の向こうの禍々しい空が気になる……
あの空の下では、作物も育たないだろう。そんな場所で人が暮らせるだろうか。
そしてさっきのドラゴンは、明らかにこの三人には手に余る相手だった。あんなのが空を飛んでいたのでは、安心して暮らせない。
俺はこう訊ねた。
「さっきのドラゴンと、あの空は何か関係があるのか?」
「ええ……あの空が見えてから、我が国と大陸はおかしくなりました。あの空の下に降る黒い雨に、人も魔物も狂暴化してしまった。殺された人々も同じようになってしまい……今では、正常な者のほうが少ない」
オーガスの言葉で、俺はすぐにこの前の巨大蜂ガルダに巣くっていた触手を思い出した。
ガルダはあの触手のせいで正気を失い、暴れていたのだ。
纏っていた霧の禍々しさも似ている。
「ガルダの時と同じ……」
俺が呟く中、オーガスたちは目を合わせ、何かを示し合わせているようだった。
そしてオーガスが頭を下げる。
「ヒール殿……お願いがある。我らに力を貸してはいただけぬだろうか?」
それは、遠い場所からの救助の要請であった。