百四十八話 地下宮殿に入りました!
「ここが、宮殿か……」
建物自体は非常に大きいが、少々華美さに欠ける。
真っ白い大理石で造られた、神殿のような建物だ。
地上の自分たちの宮殿の豪華さ──マッパがつくった彫像を見たせいだろうか、もの寂しく感じる。
地下という資源が限られた環境を考えれば、シエルたちも質素倹約に努める必要があったのかもしれない。
スライムの身体に魂を移すぐらいだからな……
それでもワインだけは生産していたが。
スライムになっても酒は飲みたかったのだろう。
アシュトンが言った。
「すでにこの宮殿には、コッパ殿が何度か立ち入っているようですが、我らは初めてですな」
「俺も入ってなかったな。シエル。この宮殿には何も残っていないんだったよな?」
シエルは体を縦に振った。
シエルによれば、ここは集会所や会議室として利用されることが多かったという。
宝物はおろか、調度品すらほとんど置いていなかったようだ。
「何かが隠れて住んでいる可能性もある……気をつけて進もう」
俺たちは宮殿の階段を上がっていく。
まず入ってすぐに見えたのは、巨大な大広間。
スライムが何体かいるだけで、とても静かだ。
「何もないってのも、寂しいものだな……」
「ええ、飾れば宴会場にでもなりそうですけどねえ……でも、この感じなら匂いは追いやすそうっすね」
ハイネスはそう言って、鼻をくんくんと動かす。
アシュトンとリルも同様に、匂いを辿っているようだ。
だが、皆顔をしかめる。
「これ……コッパのやつの匂いか……」
ハイネスはちょっと気分の悪そうな顔をした。
他の二人も何だか言葉にはしないが、少し気分が悪そうだ。
人間の俺には分からないが、異臭を感じるんだろうな……コッパは風呂入らないし。
しばらくすると、ハイネスはがくりと肩を落とす。
「駄目だ。強烈過ぎて、全然分からねえ……」
「……今度、マッパに言って、コッパに体を洗わせるよ」
「お願いします……ただ、ここら辺のスライムは違うみたいっすね」
ハイネスはスライムたちに話しかけるシエルを見て言った。
シエルは大広間のスライムを確認すると、俺たちに向かって体を横に揺らした。
「ここにはいないみたいだな……それじゃあ他の部分を目指してみるか」
「奥に廊下があります。そこにいくらか部屋があるでしょう」
アシュトンはそう言って、大広間の奥を指さした。
「あそこか……行ってみよう」
俺たちは大広間を横断し、廊下へ向かおうとした。
だが、その時だった。
突如、天井のほうからこちらに飛び掛かる者が。
見上げるとそこには。
「キメラ!? ……いや、こいつは!?」
俺はすぐにシールド魔法を展開した。
キメラはすぐに弾かれると、すぐに姿勢を取り直した。
しかし、様子がおかしい。着地しても音も衝撃もない。あれはまるで……
「ゆ、幽霊か!? ありゃ!?」
キメラは確かにキメラの形をしていた。
だが、その体は肉ではなく、黒い靄だけで出来ているように見えた。
魔力は極めて微弱だ。
アンデッド……ゴーストか。
身体は失ったのだろうが、何かしらの術で怨念のようなものを残したのかもしれない。以前、オレンがこの島で使った魔法がその例だ。
こいつには聖属性の魔法が通用するが、なんだかそこまで攻撃的な気がしないな……うん?
「な!? き、消えた!?」
ハイネスはきょろきょろと周囲を見回した。
どうやらキメラのゴーストは消えてしまったようだ。
「ま、まじか……おい、兄貴。匂いは感じたか? お、おい兄者?」
ハイネスが訊ねても、アシュトンは返事をしなかった。
アシュトンは口を大きく開けて、体を震わせていたのだ。
無理もない。
俺もぞっとしたし、リルやメルもがくがくと震えている。
まあいつもの寡黙なアシュトンの雰囲気からすると、確かに意外に見えるが。
「す、すいやせん、ヒールの旦那。兄貴、こういうの弱いんで」
「い、いや、俺も怖かったし……無理もないよ」
「そ、そうすっよね。ほら兄貴、行きますよ」
だが、アシュトンは無言のまま、首を横に振る。
「兄貴、びびりすぎだ! それとも、一人で帰るのか!?」
アシュトンは沈黙する。
「情けない! それでもかつて雷風のアッシュと恐れられた、ティベリス族一の戦士か!? 若からも何とか言ってやってください!」
リルも同様にメルに抱き着いて、ぶるぶると震えているようだ。
「わ、若まで……皆、さっきの熱い思いはどうしたんですか?」
「ま、まあ、ハイネス。誰だって得手不得手はあるよ。俺が先頭を行くよ。どちらにしろ、シールド魔法を使えるのは俺だけだからな」
「面目ないっす……」
俺たちは、不気味な雰囲気の漂う宮殿を進んでいくのだった。