百四十六話 事件の匂いがしました!?
ジャイアントオクトパスを倒した日の夜。
世界樹の下では、ロイドンらアースドラゴンをもてなす会が行われていた。
「ジャイアントオクトパスってこんな味がするんだな……めっちゃ柔らかい……」
俺は生まれて初めて口にするジャイアントオクトパスの肉に、思わず頬を緩ませた。
もっとイカのように噛み応えがあると思ったが、そんなことはなかった。
臭みもなく、本当に食べやすい。
リエナの調理が上手いのもあるかもしれないが。
そんな中、俺は食卓の隅でひっそりと食事をする者に気が付く。マッパだ。
なんだか、とても元気がない。
昼、ドラゴンになってすぐ負けたのが恥ずかしかったのだろうか。竜化石を迷わず使った上でのことだったし。
まあでも、あの時のマッパの魔力はとてつもなかった。
エルトに匹敵するんじゃないかというぐらいに。
だから、魔法を覚えたりすれば、もっと強くなれるんじゃないだろうか。
俺はマッパを励ますため、席を立った。
「マッパ……昼のことだが、あれは別にお前が弱いからじゃ」
俺がそう言うと、マッパは何のことかと言わんばかりに、首を傾げた。
そしてあるゴブリンの娘に目を向ける。
ゴブリンの娘は、どうやら同じぐらい年のゴブリンの少年と仲良くジャイアントオクトパスを食べているようだ。
それを見たマッパは目をうるうるとさせる。
え、単純に失恋でショックを受けてたのかよ……心配して損した。
マッパは泣きながら席を立つと、今度はマッチャに抱き着こうとする。
が、マッチャはそれを拒否し、あるアースドラゴンのところへ行ってしまった。
マッパはぐすぐすと泣き出すと、ついには俺に抱き着いた。
「ま、まあ、元気出せって」
いや、一途じゃないのがいけないんじゃないかな……あ、地下に行っちゃった。
さて、エルトだが、ロイドンと今のエルト大陸について話しているようだ。
最初のようにエルト大陸の現状にいちいち声を上げてはいない。
俺も隣で聞いていたので分かるが、エルト大陸は本当に草木の生えない荒涼とした大地のようだ。
まあでもエルト大陸の地下に常緑石があるなら、自然豊かな土地に戻るのではないだろうか。
もちろん、焼かれては元も子もないが、そこはエルトが体を張って止めればいい。
「俺としてももっと何か手伝いたいが……うん、そういえば、あの二人がいないな」
俺はコボルトの兄弟、アシュトンとハイネスがいないことに気が付く。
彼らは、実のところかなりの美食家だ。
美味しいものを食べるとハイネスはすぐに「これやべえ!」と言うし、いつも険しい顔つきのアシュトンも「なかなかだな」と少し口元を緩ませる。
ジャイアントオクトパスのことは耳に入ってるだろうし、来ないのはどこか引っかかる。
俺は宴席に参加していたバリスに訊ねる。
「バリス。アシュトンとハイネスはまだ戻らないのか?」
「ふむ……そう言われれば、見ませんな。もしやあの件が長引いているのかも」
「あの件?」
「ええ。ワシも昼、その件で地下都市に行ったのです」
普段地上にいることが多いバリスだが、今日のジャイアントオクトパス襲来の際は地下にいた。
バリスはどうして地下にいたのかを続ける。
「実は、地下都市にいたスライム……今は人間に戻ったシェオールの方々の中で、家族が見当たらないという者がおりましてな」
「それは、ちゃんと生きているはずなのに、ってことか?」
「はい。おそらくはまだスライムに魂を宿したまま、どこかにいるのでしょうが……人間の魂の抜けたスライムたちも地下都市で働いている関係上、見分けがつかなくて。シエル殿が指導しているのですが、まだ地下都市のスライムたちは割と自由奔放でしてな」
シエルが言うには、スライムになると思考力が低下すると言っていた。
人間の記憶を忘れ、完全にスライムとなってしまった者もいるのかもしれない。
「それで、家族を早く見つけたいと……」
「はい。アシュトン殿とハイネス殿は、わが国の公安担当ですので」
「事件を解決したい、というわけか」
「はい。ですが、あまり働きづめというのも問題ですな」
家族を一刻も早く見つけてやりたいという二人の気持ちはよくわかる。幼くして母を失ったリルのこともあるだろうし。
「分かった……ちょっと俺も見てくるよ。もしかしたら、まだ残っているキメラが原因の可能性もあるからな」
俺は地下都市に向かうのだった。