百四十四話 肩をもみました!
「ふう、これはまた美味しい飲み物だ……」
ロイドンは座りながら樽入りの茶を飲み干すと、表情を緩めた。
向かいの椅子に座る俺は、ロイドンに訊ねる。
「この茶を島の特産にしようと思ってさ。どうかな?」
「いい……実にいい! なんなら、全てこっちが買い取りたいぐらいだ!」
「そ、そうか。気に入ってくれて嬉しいよ!」
俺はリエナと顔を合わせ、互いに安堵するような表情を浮かべる。
「と、ところで嬢ちゃん、さっきから有難いんだが……」
ロイドンは自分の背中に目を向けた。
「なあに。長旅、お疲れじゃっただろう? 他に余が手伝えることがあれば、なんでも申してみよ」
エルトはそう言って、ロイドンの背中をぽんぽんと叩いた。
今のエルトは人ぐらいのドラゴンの姿なので、なんだか子供が親をマッサージしてるようにしか見えない。
「魔王を名乗ったと思ったら、また急に……まあ、嬢ちゃんの魔力がすごいのは認めるし、戦えば多くのドラゴンがそのすごさを実感するだろう」
「いや、余は争うつもりはない。ケンカを止めようとは思うが……」
「俺たちだって必要だから戦ってるんだよ。そう簡単には争いはなくならないと思うぜ」
ロイドンたちドラゴンは、互いの体を食料や素材として利用している。
いや、利用するしかないのだ。彼らの岩だらけの大陸では。
エルト大陸も、シェオールのように豊かだったらな……
俺にそんな考えが浮かぶ。
「ロイドン……シェオールには、珍しい石がある。それをエルトに持たせて、エルト大陸に向かわせたいんだ。この島のように、緑豊かになるかもしれない」
「それは俺たちも歓迎だ。特に、アースドラゴンの俺たちはな」
「だから、エルトに協力してやってくれないか。こっちも食料とかを支援したい」
「あ、ありがたいが……お前たちに何のメリットがある? この嬢ちゃんが魔王に戻りたいというのは分かるが」
「ある予言があってな……そのために、エルト大陸は平和であってほしいんだ」
「予言?」
俺は父から聞いた予言の話を、ロイドンに聞かせた。
シェオール以外は滅びる、という予言をだ。
ロイドンはその話を聞いて、やはり首を傾げた。
「信じられん話だな……いや、そもそもそんな予言以前に、エルト大陸はもう滅びそうというか……それに、どうしてそれがお前たちのメリットと関係があるんだ」
「お前がこの島まで来た道は、エルト大陸と繋がっているだろ?」
「だから、シェオールの一部でもある、ってことを言いたいのか? ……うーん、そうも言えなくは……ないのか?」
「ああ、本当か分からない予言の上に、ただの仮定でしかないが」
「それなのに、手を貸したいか……」
「それもあるが、エルトには恩があるからな。この前、島で騒ぎがあったんだが、助けてくれたし……」
俺が言うと、エルトは目をうるうるとさせる。
すると、ロイドンがふうと息を吐いた。
「まあ、ともかく皆に話だけでも聞いてもらうよ」
「本当か!?」
エルトは目を輝かせる。
「ああ。嬢ちゃんも、エルト大陸に来るかい?」
「もちろんじゃ、すぐに行こう!」
「そ、そうは言っても、一か月以上かかるぜ」
「なあに。余が空に出れば、一日とかからない。余がお主を運ぶから、安心せい」
「多分、着いた頃には俺はいなくなってると思うぜ……粉々になってるかも。まあ、ともかく他のアースドラゴンもここに来る。それからまた決めよう」
「分かったのじゃ!」
エルトが答えると、ロイドンはすっと立ち上がった。
「それじゃあ、早速商談といくか……と言っても、今の話を聞いてからだとな」
ロイドンはそう言って、袋から商品を出していく。
この前のように、ドラゴンの体を使ったものはない。
他にもドラゴンの鱗などがあるはずだ。だが、ドラゴンの肉を見て泣いたエルトを気遣ってくれたのだろうか、出さなかった。
そして百個程の卵は、お前たちで育ててくれと言ってくれた。
結果、ロイドンが俺に提示したのは宝石の数々……どれも俺たちが持っているものばかりだった。
だが、せっかく来てくれた手前、何も買わないわけにはいかない。
「卵はちゃんと買わせてくれ。責任を持って育てる。あと、宝石も珍しいものがあったら……うん、なんだこれは?」
俺は、緑色の歪な石に気が付く。
「それか? エルト大陸の地下で見つかる、そんな珍しくない石だよ」
「へえ、鉱石図鑑で分かるかな……」
≪常緑石……古の植物の種子。水を与え続けることで、周囲を草原にする≫
「とすると、植物が生えてくる……ロイドン、これは使えるぞ!」
「どういうことだ?」
「常緑石っていうらしいんだが、これに水を与え続けると、周囲に植物が育つらしい」
「ま、まじか?」
ロイドンは額から汗を流して言った。
「俺たちも欲しいが……いっぱい埋まっているなら、エルト大陸でも地面で育てたらどうだ?」
「ああ、そうさせてもらう! それが本当なら色々と助かる……教えてくれてありがとな」
「いや、良かった。これは俺たちが買って育てていいか?」
「もちろんだ。俺たちは帰ってから掘るから」
「そうか、それはありがたい」
「しかし、なんだ。お前さんは石の種類が分かるのか。それなら他も見ていってくれ」
「ああ、そうさせてもらおう。うん、これも見たことないな?」
俺は今度は赤黒い石を見つけた。
≪竜化石……食すと、ドラゴンでない者がドラゴンに変身できる≫
す、すごいこと言ってないか……これ? 役に立ちそうではあるが、見た目がなんか生々しくて食べたくない……
でも、ドラゴンになれるなんて強そうだし、何より空を飛べるのは大きい。
ロイドンは興味津々といった様子で聞いてくる。
「なんていう石なんだ?」
「竜化石。食べると、ドラゴンに変身する力を得られるんだって」
「つまり、俺たちみたいになれるってことか?」
「ああ。そうみたいだな。これは買わせてもらおう……あっ」
俺の手から竜化石は消えていた。
周りを見ると、そこには竜化石を食べるマッパが。
すると、マッパはそれを喉に詰まらせたのか、苦しそうな表情をする。
「何やってんだ、マッパ! そんないきなり食べたら……なっ!?」
俺が背中を叩こうとすると、マッパの体が光だす。
それは膨張していくと、やがてシェオール全体を覆い、弾けた……
「な、何が……っ!?」
俺が目を覚ますと、そこには翼を生やした、巨大な緑肌の男がいるのだった。