百四十一話 宮殿が完成しました!
「あ、朝はあんなのなかったよね?」
突如現れた、埠頭側の巨大な建物に、フーレはぱちぱちと瞬かせ言った。
「あ、ああ。昼もなかったはずだが……」
俺も何度か目を見開いて答えた。
今日は洞窟の寝室で起きてすぐに地下に行ったので、昼食の時しか地上に来てない。いや、数日間ずっと外に行っても世界樹のほうだけだった。
いずれにせよ、こんな場所はなかったと思うが。
「……うん? あいつは」
立ち尽くしていると、建物のほうから一人の男が向かってきた。
「マッパ……」
「いや、なんか今日は首に蝶ネクタイつけてるよ? 全然似合ってないけど」
フーレの言う通り、マッパの首には蝶ネクタイがあった。本人は俺たちがネクタイを見るのを見て、なんだか得意気な顔をしているが。
うん、似合ってない。それつけるんだったら、服も着たらどうなんだ……
マッパは俺たちの目の前で止まると、そこで右手を胸に、左手を背中に回して、仰々しいお辞儀をしてみせた。
「どうしたってんだ、マッパ? というか、この建物は?」
俺が訊ねると、マッパは手招きする。
説明するから付いて来いってことだろう。
俺はフーレやタラン、シエル、十五号と一緒にその後についていく。
入り口を出てすぐ気づいたのは、建物まで結構距離があったことだ。
建物が大きいからか、距離感が掴めなかったようだ。
そして入り口と建物の間には、大理石の噴水と花壇、東屋のある綺麗な庭園が広がっていた。等間隔に輝石を用いたであろう街灯が並び、少し向こうには池みたいのも見える。
振り返ると、入り口付近はまるで神殿のような建物に覆われている。
庭園にも入り口にも、立派な大理石の彫像が並んでいた。一部、金や銀の像もあるようだ。
「そうか、ここは宮殿にするとかバリスが言ってたな……」
国の豊かさを示すため、豪華な宮殿を皆でつくりたいと言っていた。
もう、庭園だけで十分豪華すぎるな……
広さは及ばないが、王国の宮殿の庭園よりも豪華なのは間違いない。
俺達は建物の前に到着する。
「おお、これは四階……いや、五階建てか」
縦に並ぶ窓を見て、俺はそう言った。
でも、その窓が人の背丈の二倍はあろう高さの窓。
一階層は、その倍はあるのかもしれない。
高さだけなら、王国の宮殿をはるかにしのぐ。
建物に入る前の大理石の階段は、人が二十人横並びになれるぐらい広かった。
「すごい階段だな……よし、入るとしよう。って、駄目なのか?」
階段を上ろうとすると、マッパが俺の前に立ちはだかった。
指をぐるりと回すのを見るに、正面から入れということらしい。
「このおっさん、本当細かいこと気にするよね……」
フーレは不満そうな顔をして言った。
「まあ、正面も見てほしいってことなんだろう……」
俺たちはマッパの言葉通り建物を迂回することにする。
海側には大理石の桟橋のようなものも見える。
「あんまり豪華すぎても、まずいんじゃないかな。っと正面側に来たな」
正面側には庭園がなかった。今はだだっ広い平場があるだけ。
宮殿の壁には相変わらず凝った装飾の柱や彫像が見えるが、裏庭のように金などは使われてない。
「これぐらいなら、落ち着いて見えるな。うん?」
宮殿の前には、リエナとバリスがいた。
俺たちは二人の元へと急ぐ。
「おお、二人とも。リエナは知っていたのか?」
するとリエナがうんと頷く。
「ヒール様を皆で驚かせようと、バリスが提案したのですよ」
「バリスが? 別にそんなことしなくたっていいのに……ところで、どうやってこんなものを一日で?」
俺が訊ねると、バリスはふふふと愉快そうに笑った。
「一日ではいくらなんでも無理です。なので、数日前から進めておりました」
「数日前? こんな場所は見えなかったが」
「魔法で隠蔽していたのですよ。エルト様から、擬態の魔法を学びましてな。ヒール殿たちが通るとき建物や庭園を、元の風景に見えるようにしていたのですよ」
「そ、そんな魔法が……まんまと騙されたよ」
「ほほほ。ワシも魔法が上手く扱えるようになってきたようですな」
バリスは嬉しそうに笑った。
【魔導王】は、膨大な魔力を持てるようになる紋章。
はやくも、バリスは俺の魔法の腕を上回るかもしれないな……
そんなことを思いながらも、俺は改めて宮殿を見上げた。
「いや、しかし本当に驚いた。でも中は、さすがにまだなんだろう?」
「いえいえ、マッパ殿に作ってもらった家具や装飾品はもう各部屋に運んでおります。ただ、さすがに布製品はまだまだで、絨毯やカーテンなどは間に合っておりません」
「そこらへんは、仕方ないな。それじゃあ、中も見てみるか」
「ええ、ぜひ。姫、お願いできますかな?」
「はい。ヒール様、こちらです」
バリスが言うと、リエナが俺を案内する。
裏庭にもあった階段を上ると、ゴブリンが巨大な金の扉を開いた。
すると、いきなり巨大な空間に出る。
「おお、ここは大広間か?」
「はい。儀式や、舞踏……会というのでしょうか? バリスによればそういった催しを行ったりする場所だそうです」
「なるほど、って……天井が吹き抜け? いや、あれはガラスか?」
天井を見上げると、そこは巨大なガラスのドームだった。
綺麗は綺麗だが、なんか割れたら怖そうだな……
そんな俺の心の声が聞こえたのか、リエナが言う。
「ご安心を。あれはリヴァイアサンの鱗でできてます」
「リヴァイアサンの鱗か。それなら安心だ」
とてもじゃないが、あれを割ることは不可能だ。マッパが眼鏡をつくるのに使っていたが、ここにきて良い使い道ができたな。
「隣は、会議室となっています。あとは各部署で仕事ができるような部屋も用意しました」
リエナはそう言って、大広間から伸びる廊下を指さした。
廊下も広く、花瓶や像が飾られている。
そして大広間の奥には階段があり、その上に豪華な椅子……金銀や宝石があしらわれた椅子があった。
俺がそれを見ていると、リエナが言う。
「あれは玉座です。ヒール様が座るための」
「また、随分と豪華につくっちゃったな……」
「皇帝なのですから、当然です。ぜひ、座ってみてください」
「ううむ。まあ、せっかく作ってくれたんだしな……」
俺はゆっくりと玉座へ向かった。
あそこに座ることで、俺は諸外国からこの国の王だと見られることになるんだ。あそこで喋る俺の一言一言が、島の命運を変えることになるかもしれない──そう考えると何だか足取りが重くなる。
だけど、俺は皆を守るため、皇帝になると誓った。今更玉座に座る程度なんだ。
俺は意を決して階段を上ろうとした。
だが俺の横を風のように通り過ぎる何かが。
それを目で追うと、そこには玉座に座るマッパがいた。
「ちょっと! そこは、ヒール様が座るとこでしょ!?」
フーレが言うも、マッパはお構いなしに玉座の上で偉そうに座る。
「ちょ、降りなさいって! だったら、私も座ってみたい!」
フーレはそんなマッパを無理やり降ろそうと必死だ。
単に座りたかっただけか。それとも自分が一番偉いと言いたいのか……いや、別にそれでもいいけど。
まあ、あんまり気負うなってことかもしれない。
リエナは争うマッパとフーレに言う。
「ふ、二人とも。ヒール様に座らせてあげてください」
「いいや、リエナ。そこは誰が座ったって良い。必要があれば、俺も座るだけだ」
そうだ。俺は必要な時だけ、皇帝として振る舞えばいい。この島はこれからも、皆と色々決めながらやっていけばいいんだ。困った時は、俺も皆を頼るとしよう。
俺は内心マッパに感謝しながら、宮殿を後にするのだった。