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十四話 ぶっ倒れてしまいました!

 俺は倒れたマッパの体をゆする。


「ま、マッパーあぁっ!!!」


 鼻血を垂れ流して倒れたマッパに、俺は魔法を掛けて治療してやる。


 エレヴァンは俺に言う。


「……大将、そいつ単に気を失ってるだけですぜ。さっきもゴブリンの女衆見て、同じ風に……」

「何を言う、エレヴァン! 血を失うのは、人間にとってどれだけ危険か分かってるのか?」

「そ、そうですか……というか、そいつ人間だったんですかい?」


 人間じゃないのなら、なんだというのだろうか?

 確かにマッパは人間にしては小さく、ずんぐりとしているが。

 しかも髭は確かにおっさんなのだが、肌はなんだかプルプルと瑞々しい。

 俺が見た限り、顔に皺も見当たらないし……尻はハリがあった。


 まあそれはともかく、実際そんな騒ぐほどのことじゃない。

 わざと大げさに騒いだのは、リエナの今の姿……

 裸の女性から目を逸らしたかったのかもしれない。


 俺がわざとらしく、「おい、マッパ!」と声を掛ける横で、エレヴァンやバリスは額に汗をかいている。


「……姫? 本当に姫なのですか?」


 バリスの問いかけに、リエナは「え?」と答える。

 補足するようにエレヴァンが続けた。


「今の姫は、まるで人間みたいですぜ……」

「わ、私が人間?」


 横目で見るリエナは、自分の両手を見つめ、長い脚や体を触ってみる。


 そんなリエナの前で、スライムのシエルが体を伸ばす。

 鏡の代わりとなるよう、気を利かせたのだ。


 リエナは、そんなシエルに映る新たな自分を見つめた。


「これが……私?」


 少し紅潮した頬をなでるリエナ。

 自分の姿が信じられないといった様子だ。


 バリスも状況が読み込めないようで、俺に訊ねる。


「ゴブリンが人間に進化するなど、有り得るのでしょうか?」

「い、いや、俺にも分からないが……」


 俺に聞かれたって困る。

 ただ一つ確かなのは、リエナはまだ俺にテイムされているということだ。

 テイムスキルの効果で、こいつはテイムされてるされてないが、頭に浮かんでくる。 

 

 テイムされているのだから、恐らくはまだ魔物なのだろう。


 り、リエナをテイム……

 見た目が変わっただけなのに、何か背徳感が……

 姿だけ見れば、リエナは人間の女性。無理もない。


 バリスはふむと腕を組んで、今度はリエナに訊ねた。


「望む姿によっては、こういったこともあるのでしょうな。姫は人間になりたいと望んだので?」

「え……? い、いや、私はその……もちろん、ヒール様のために、もっと役に立ちたいと思っただけで!」

「それで人間の姿になるのですかな……ああ、魔法を使いたいと思ったのでしたな。人間は魔法を使えますし」

「え、ええ。きっとそうです」


 リエナは軽く咳ばらいをすると、恥じらうように言った。


「ヒール様……私、どうでしょうか?」


 いや、どうでしょうかと聞かれても……

 綺麗ですね……とか?

 いやいや、今まで通り接しなければ……


「そうだな……魔法も使えるようになったのなら、俺も色々と助かる。こんなふうに治療することもできるからな」


 俺は目を泳がせながら、マッパをゆする。

 すると、マッパはかっと目を見開いて、体を起こした。

 だが、リエナを目にすると、また鼻血を俺の顔にぶちまけ、倒れてしまった。


「ひ、ヒール様! 今、お顔を」

  

 そう言ってリエナは立ち上がり、近くの手拭いを持って、俺に歩み寄った。

 当然、リエナの裸が嫌でも目に入るわけで……


 俺は初めて見る女性の裸に、ふらっと意識を失ってしまうのであった。




「うーん……」


 意識を取り戻すと、目と鼻の先に髭もじゃのおっさんの顔があった。

 うん、やはり皺がない。髭を剃ったら若者に見える気もしてきた。


 俺はこのマッパと、仲良くシエルの上で一緒に寝ていたようだ。

 マッパはいびきをかきながら、俺に抱き着こうとするので、俺はさっさと起きる。


「あー、寝たな……もう夜明けか」


 すでに空が白み始めていた。

 ゴブリンの内、早起きの者はすでに魚を焼いている者もいるようだ。

 

 そして貯水池には、桶に水を汲むリエナの姿が。

 今は裸ではなく、蜘蛛糸で編んだ布を身に着け、腰と胸を隠している。 


 そのリエナは、俺に気が付いたようだ。

 桶を置いて、こちらに向かってくる。


「ヒール様!」

「リエナ、おはよう。朝から頑張るな」

「これぐらいは当然です! 進化させてもらったのですから、私が人一倍頑張らなければ」


 リエナは屈託のない笑顔でそう答えた。

 前のリエナの面影はないが、それでも健気な雰囲気は変わらない。


 そしてリエナは、すぐに心配そうに俺に訊ねた。


「それよりも、ヒール様。昨日は大丈夫でしたか? 急に寝てしまわれたので」

「え? ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れてただけだと思う」


 本当は興奮してふらっときたなんて、言えない。

 それじゃ、マッパと同じだ。


 リエナは「良かった」と胸を撫で下ろす。


「しかし、リエナ。本当に進化して良かったのか? まさか人間みたいな姿になるなんて……」

「いいえ、ヒール様。私はこの姿が気に入っています。人間になる……とは思いもしませんでしたが、私は前の姿があまり好きじゃなかったので……だから実を言えば、綺麗になりたいと願った自分がいました」

「へえ……」


 確かに、リエナは周囲のゴブリンたちと比べても小さい。

 しかも体は丸く、肌は鮮やかな緑ではなく、黒ずんでいた。

 これは他のゴブリンの美的感覚では、綺麗とは言えなかったのだろう。


「私には多くの兄弟がいました。姉や妹は皆、私とは違って美しかった。しかも、私は生まれつき寿命を蝕む呪いを持ってました。だから、私はずっといじめられてたのです……」


 俺は思わず、リエナの話に聞き入ってしまう。

 リエナの境遇に、俺は自分の過去を重ね合わせたのだ。

 俺も役立たずの紋章を持って生まれ、魔力も低い失敗作と父や兄弟から蔑まれていた。

 年が同じ十五歳ということも、不思議な縁を感じる。


「そんな私が、なんの因果かベルダンの王族の唯一の生き残りとなって……今こうして、生まれ変われました」


 リエナは手を胸に当て、こう続ける。


「……この体も、この命も、全てヒール様が下さったものです。だから……私の全てをヒール様に捧げます」


 俺の手にリエナは手を伸ばそうとした。

 リエナは俺に全てを捧げてくれるらしい。

 やった。嬉しい。


 だが、なんと答えようか。

 励めとか、頼りにしている? 

 言い慣れてないから言いづらい。 


 というより、俺はリエナやゴブリンたちを部下とは思ってないんだがな……

 俺が領主で、皆が領民。それぐらいの感覚だ。

 それぞれのできることで、この島での暮らしを発展させていけばいいはずだ。


 俺は逆にリエナの手を握って、こう頼んだ。


「俺は……リエナの美味しいご飯が食べられればそれでいい。これからも良かったら、俺に食べさせてくれるか?」

「ヒール様……!」


 リエナは顔をかあっと赤くした後、涙ぐむ。

 しかし、すぐに笑顔で答えた。


「……もちろんです! それじゃあ、早速私は朝ごはん用意いたします!」

「ああ、頼むよ」

「はい! 私頑張ります!」


 リエナは嬉しそうな顔で、俺に答えてくれた。


 それからのリエナは、俺から魔法を学んだり、エレヴァンから武術の指導を受けたりと、できるようになったことを積極的に取り組んでいく。


 しかし、リエナが単に人間の姿になり、魔法を使えるようになっただけではないことを、まだこの時の俺たちは知らなかった。

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