百三十五話 決別しました!!
「ヒール──そなたを、我が王位の唯一絶対の継承者と定む」
父は厳格な顔で、俺にそう告げた。
「俺を……サンファレスの王に?」
それはとても意外な言葉だった。
生まれてからずっと、王になれと言われるなど、夢にも見たことはなかった。
無力さは自覚していたし、ましてや王宮の誰もが俺に期待なんてしてなかったのだから。
当然、受け入れられる話じゃない。俺にはもう、この島を皆を守るという義務がある。
だが、聞かずにはいられなかった。
「それは受け入れられない……でも、どうして俺に?」
「理由はただ一つ。そなたが、我が子の中で最も力を有しているからだ」
「力……」
俺の魔法や、この島の威容を見て、父はそう考えたのだろう。
すると、エレヴァンが口を挟んだ。
「けっ。こんな場所に追いやっといて、今更おみそれしましたなんて、虫が良すぎるんじゃねえか?」
「我は一度も、ヒールの力を見誤ったことはない。この島を与えたのも、全てはヒールを育てるため」
「育てるね……取ってつけたようなことをいいやがる。ともかく、大将はお前とはいかねえよ」
エレヴァンは俺と父の間に割って入ると、父を睨んだ。
「そうはいかぬ。ヒールは我が王国を継承するのだ」
「大将はいかねえっていってんだ。分からねえのか?」
「分からぬ。子が親の位を継ぐのは、当然の理。連れて行かせてもらうぞ」
「ふざけんじゃねえ! ……なっ」
エレヴァンは突如、体を小刻みに震わせた。
俺がシールドを張っているが、どうも父の目に震えあがってしまったらしい。
かくいう俺も、一瞬体が止まる。だが目を逸らし、なんとか体の自由を取り戻した。
しかし、エレヴァンも負けていない。おおと声を上げると、震えを止め、拳を振り上げる。
「てめえなんかに負けるか!!」
「エレヴァン、やめろ!!」
俺はそう叫び、エレヴァンの体に全魔力でシールドを纏わせた。
父は少し驚くような顔をして、自らも拳を突き出した。
「ほう。我を前にしても、動けるか……ふんっ!」
エレヴァンと父の拳がぶつかると、周囲に突風と波動のようなものが広がった。
すると、父の着ていたローブが吹き飛び、その裸の上半身が露わになる。
俺も見たことなかったが、父は年に似合わない、筋骨隆々の体をしていた。
筋肉自慢のエレヴァンにも全く負けてない体だ。
「いい体してんな……あんた、本当に爺か?」
「お主もなかなか骨があるようだな。しかし……」
父はふんと声を張り上げると、エレヴァンを吹き飛ばしてしまった。
エレヴァンは転がった先でなんとか受け身を取る。
「なっ!!」
「何人も我が歩みを阻むことはできぬ」
父が再び睨むと、エレヴァンは動けなくなってしまった。
それを見た父は、俺のもとに歩み寄ろうとする。
しかしそんな父に、突如蜘蛛糸が四方八方から絡みつく。
タランたちケイブスパイダーが父に向かって蜘蛛糸を放ったのだ。
「タラン殿、よくやった!! ハイネス、今だ!」
「おうよ! 御用だ!!」
アシュトンとハイネスが拘束具を持って、父に飛び掛かる。
二人は見事な連携で、父の両腕と両足に拘束具を速やかにはめた。
しかし父はまたもや、一声で蜘蛛糸と拘束具、アシュトンたちを吹き飛ばしてしまった。
俺といえばなんとか皆にシールドを張るのに精いっぱい。覇気というやつのせいなのか、体が重いのだ。
父にも、領民を殺そうという意思はないように見える。吹き飛ばすだけで、オレンの両腕を破壊した攻撃は行っていない。
狙いは俺だけか。いざとなれば転移石で逃げるか……でも、転移石を取るのも難しい。
そんなときだった。リエナが両手を広げ、父の前に立ちはだかった。
「ヒール様のお父さん……どうか聞いてください。私たちには、ヒール様が必要なのです。どうか、私たちからヒール様を奪わないでください」
突然のリエナの主張に、父は歩みを止めた。
「ふむ、この島の住民はたしかに、ヒールを慕っておるように思える。だが、ヒールは島から離れるが、そなたたちの統治から外れるわけではないのだ」
「私たちからすれば、お別れすることに変わりません」
「……王国には、ヒールが必要なのだ。そこを退け」
「いいえ、どきません。絶対に」
リエナは力強く答えた。父が目を向けているが、不思議なことにリエナは震えることも、吹き飛ぶこともなかった。
「ぬ……我が覇気をもってしても、退かせることはできぬか。もしやそなたの紋章は……ふむ、引き際じゃな」
「わ、私になにか?」
父はリエナを凝視すると、何かに気が付いたのか、横へ顔を向けた。
そこにはなんだか不満そうな毛むくじゃらのおっさん、マッパがいた。手には父の着ていたローブがある。
覇気で皆が近付けぬ中、ひとり父のもとにやってきたらしい。
「我も気が付かぬ内に近づいてくるとはな。この島の者たちには、つくづく驚かされる」
父がマッパに気が付けないのも無理はない。
俺たちも、突然マッパが現れて何度驚かされたことか。
父はローブを受け取ると、マッパの態度を不思議に思ったようだ。
「これはすまぬ……ところで、何か気を害したかな?」
マッパは自分の髭や体を指さして何かを説明する。
俺はそれを見て、こう解説した。
「多分、体と格好が自分と似ている……いや、髭が自分より立派なのが気に入らないんだと思う」
父の白髭は、マッパのそれよりも長くもじゃもじゃしていた。しかも裸というのに、何か癪に障ったのかもしれない。
「ふむ……それは悪い事をしたな。すまない」
「謝るのか……」
ローブを再び身に着ける父を見て、俺は呟いた。
父は身なりを正すと、俺にいった。
「力で従わせられぬ以上、仕方あるまい……他の者を、後継者に定めるとしよう」
「それじゃあ、俺は」
「自分で国を打ち立てたのだろう? これからは我と対等の関係になるのだ」
俺が王国に属する領主ではなく、別の国の長と認めるような発言だ。
ただ、対等になるからには当然、王と領主という庇護関係から外れることにもなる。
「……敵にもなるし、味方にもなる、ということか」
「そうだ。だが、同時にそなたは我が王家の分家の始祖でもある。本家と分家、なるべく争いは避けるべきであろう。血統を絶やさためにな」
「……素直に、協力していこうじゃ駄目なのか? 俺たちは親子だろ? なんであんたはいつも、そうなんだ?」
誰にでも厳しく、決して甘いことは口にしない。そんな父が、俺は昔から嫌いだった。
父はいう。
「ヒールよ……王とは、常に孤独なものなのだ。そなたが抱えるものを増やせば増やすほど、そなたは孤独を深めるだろう」
父なりの忠告のつもりだったのだろう。言いたいことは理解できる。
だがそれは紋章で人を判断する王国の風土にも問題があるはずだ。
紋章さえ関係なければ、俺たち兄弟だって仲良くやれてたかもしれない。オレンだって、あんな人間に育たなかったはずだ。
そう言ってやりたかった。しかし、父は俺に背を向ける。
「ここが我の国でないなら、すぐに去らねばなるまい。協力になるかは知らぬが、我が国とお主の国との取り決めは、バルパスと相談して決めよ」
そういって、父は自ら船を直すと、勝手に戦列艦のもとへ向かった。
すると、呆然とこちらを見ていたバルパスが俺の名を呼んだ。
「ヒール、同盟を組もう! 俺たちは永遠に味方だ!」
バルパスは顔を引きつらせながら、即座にそう口にするのだった。