百三十四話 取り戻しました!!
倒れていたロペスは闇に包まれると、跡形もなく消えてしまった。
「ロペス!」
俺が思わず叫ぶと、エルトは優しい口調でいう。
「安心するのじゃ。すぐ会える」
その言葉通り、すぐに黒い靄が俺の前に現れる。
靄が晴れるとそこには、懐かしい姿があった。
「ロペス……」
先程までの凶悪な姿ではなく、子羊のような生前のロペスがいたのだ。
ロペスは不安そうな顔で、きょろきょろと周囲を見渡す。何が何だか分からないような様子だ。
しかしロペスは、俺に気が付いたように目を留める。そして安心するように微笑んだ。
俺はロペスに駆け寄り、その体を思いっきり抱きしめていた。
「ロペス……守れなくて、ごめん……」
俺は謝罪を口にするが、ロペスは心配そうに俺を見つめ、頬を擦り寄せる。
気が付けば、俺の目からは涙が流れていた。かつて奪われた友人がこうして帰ってきたのだ。嬉しくないわけがない。
周りの領民たちも、俺たちを優しく見守ってくれている。
だがひとり、怒りの声を浴びせる者がいた。
「ふっざけるな!! 僕の紋章を返せ!!」
オレンの叫びが響くと、ロペスは怯えるように俺の背中へと隠れる。
オレンはそれを見て、さらに激高した。
「そんなやつの命と、僕の紋章を引き換えにしただと!? 僕の紋章が、どれだけ王国にとって重要なものなのか、分かっているのか!?」
その言葉に、エレヴァンが反論する。
「んなの、俺たちの知ったことじゃねえ!! そもそも命を助けてもらって、何様だ、お前!?」
「僕は、サンファレスの王になる男だ!! いや……やがてはバーレオン大陸を、世界をも支配する、生まれながらの王なんだ!! そんな僕から紋章を奪おうだなんて、お前たち何をしているのか分かっているのか!?」
オレンは狂ったように叫んだ。さすがのエレヴァンも、オレンの無茶苦茶な主張に少し引いている様子だった。
そのときだった。突如、こちらを見守る船員たちの中から、フードを被った男がでてきた。
男はこちらへと歩きながら呟く。
「いや、そなたはもはや王にはなれぬ」
武装していた魔物たちはその男の前に立ちはだかった。隊長のゴブリンが槍を向ける。
「おい! 止まれ!」
「我が我の国土を歩くのに、誰の許可がいる?」
「は? いいから、止ま……れ」
男が視線を向けると、ゴブリンはその場でがたがたと脚を震わせ、その場で止まってしまった。
「貴様、何をした!?」
他の魔物たちは棒を構え、男を押さえつけようとした。俺はもしものときのために、魔物たちにシールドを張る。
リエナやバリスも、同様にシールドを展開してくれたようだ。
「何もしておらぬ。我は、”我が子”と話したいだけなのだ」
我が子……?
飛び掛かる魔物たちだったが、まるで何か見えない壁にぶつかったように、男に跳ね返されてしまった。
もちろん、男は何もしていない。ただこちらへと歩いてくるだけだ。
「皆、手を出すな!」
皆が攻撃しようとするのを見て、俺は叫んだ。
男の歩き方と声で、その正体が分かったのだ。それは俺も知っている男だった。
「……父上」
俺が呟くと、男はフードを下ろし、その白い立派な髭を蓄えた顔を俺に見せた。
そう。この皺だらけの男こそ、俺の父にしてサンファレス国王である、ルイであった。俺をこの島に送った男だ。
エレヴァンは驚くような顔をする。
「た、大将の親父ってことですかい?」
「ひ、ヒール様の父上……」
リエナは、すぐにぺこりと父に頭を下げた。
そんな中、オレンは父の足元に這い寄り、顔を明るくする。
「父上、やはりこられていたのですね!! このヒールが、僕の紋章を奪ったのです! どうか取り返してください!!」
オレンの祈るような声に、父はいつもの厳しい顔を向けた。
「ほう、何故?」
「な、何故って……僕は王国に必要な男だからです! 僕は将来、魔法大学の長となり、広大な領土を治め、王国に仇なす者どもを平らげ、必ずや王国を繁栄へと導きます!!」
父は、オレンの必死の訴えに、冷たい口調で言い放った。
「力なき者に託せる民、土地、務めなど、わが国には一切存在せぬ」
「ち、力がない? 僕が?」
「うむ。力なきお主は、もはや使い物にならない。一生を宮廷で過ごすことになるだろう」
「……僕が、僕が、使えない? はは……ははっ! 別にいいさ、僕はお前みたいな老いぼれに使われるんじゃない! 僕は全てを”使う”側の人間なんだ!!」
オレンはそう叫ぶと、自分の指を思いっきり噛んだ。
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
するとオレンの体は闇に包まれ、急激に巨大化していく。拘束はそれに伴い、解かれてしまった。
近くにいたアシュトンとハイネスも危険を察知したのか、すっと身を引く。俺はすぐに領民たちにシールドを展開した。
現れたのは、巨大なけむくじゃらの人型だった。顔は醜く崩れ、美少年だったオレンの面影はどこにもない。
「ツカイタクハナカッタガ……コウナッタイジョウ、シカタナイ!!」
これは死霊術、または違う魔法なのだろうか? いずれにせよ、オレンの体にまた膨大な魔力が宿った。
「オオオ!! ヴォクガ、ヴォクガ、オウダアアアア!!」
オレンはそのまますぐに両手を父へ振り下ろそうとする。
このまま父の身に何かあれば、王国ともっと複雑な関係になってしまうだろう。俺は父にもシールドを展開した。
「ナ!? ……グアッアアア!?」
オレンは悲鳴を上げた。オレンの両腕は父に拳で止められると、砂のように崩れてしまったのだ。
父が何をやったのかは分からない。
しかし、父は【覇王】の紋章を持っている。【覇王】は己の体術や魔法を強化するだけでなく、周囲の味方の能力を向上させるという、強力な紋章だ。
その力なのだろうか? ……いや、それにしては動きが静かすぎた。しかも魔力も全く使っていないようだった。魔法は使っていないはず。
俺はもう父相手に負けることがないぐらいに成長したと、自分では思っていた。
だがエルトはそんな父を見て、額に汗を滲ませている。俺を見ても、恐れなかったエルトがだ。
「なんともすごいのう……船に乗っていたときから、危険なやつと思っていたが」
「エルトは気が付いていたのか?」
「ぬ? 余こそ、とっくにご主人様は気付いていたと思っていたぞ。そもそも、余がさっき並々ならぬ覇気の者がいると、言ったではないか」
船が来たとき、エルトは確かにそう口にした。
だが俺は、その覇気という言葉は魔力のことを指しているのだと思った。後にオレンと判明する、魔力のことだ。
「オレンの魔力じゃなかったのか……」
「悪いが、あの程度の魔力に、並々ならぬなどという言葉は使わぬ……そうか、ご主人様は覇気を掴めぬか。ということは、人も魔物もすっかり覇気を失ってしまったということじゃな」
「なんなんだ、その覇気ってのは? 魔力……ではないよな?」
「魔力とは異なる、他者を圧倒する気じゃよ。……余の時代でも、この覇気を持つ者はすでに指で数えるほどじゃった。余も、目にするのはこれで二人目じゃ。しかも人間で持つ者を目にするとはのう」
覇気というのは雰囲気を指しているわけではなく、目に見えない力であるらしい。
俺も王宮の者も、そんなことは教えられてないが……
でも、父がまだ若いとき、ひとりで数千の敵を倒したなんていう伝説も残っている。
もしかすると、その覇気によって成し遂げたのかもしない。
「用心することじゃ……覇気は武器だけでなく、魔法をも跳ね返す。どんな強力な魔法でもな」
エルトがそう呟く中、オレンは悲鳴を上げながら父に蹴りを加えようとした。
「クッソォオオオオ!」
しかし父の脚に触れた瞬間、同じく砂のようにオレンの脚は崩れてしまった。
「ガアアぁああああ!! イタイ!! いだいよぉお!」
両腕を失い、脚一本だけとなったオレンは断末魔を上げ、地面をのたうち回る。
「……ご主人様。あの者にはまだ死なれては困るんじゃったな?」
「まだ、王都で何をしたか誰にも話してないからな」
「分かった。あれではもうすぐにでも死んでしまう。余が眷属にし、生き永らえさせよう」
「……頼む」
俺がいうと、オレンの体は闇に包まれ、消えてしまった。
そしてそんなことを全く気にも留めないで、父は俺の前にやってくる。
俺は身構え、すぐに魔法を撃てるようにしておく。エルトの話が本当なら、俺の魔法も効かないかもしれない。
そのときは封印石を被せてみるか……いずれにせよ、厄介な相手だ。
俺が思案を巡らせていると、父は俺の前に立ち止まり、こういった。
「我が子、第十七王子ヒール──そなたを、我が王位の唯一絶対の継承者と定む」
父はそう宣言するのだった。