百三十三話 剥奪しました!?
「”グォッ”!」
ロペスは俺のピッケルに吹っ飛ばされた。
──背中なら攻撃が通る。
しかしロペスはすぐに態勢を直し、こちらに手を向け、闇を纏った靄玉を放ってきた。
俺はシールドでそれを防ぎ、転移石を再びロペスの周囲に撃った。
そして再び、ロペスの後方へと転移し攻撃を加える。
そんなことを繰り返していると、ロペスは見るからに弱まっていった。
やがてロペスは体勢を直すこともできなくなって、その場に横たわるのだった。
「くそ……」
その姿に、俺はただ悲しくなった。
一度守れなかった友人を、自分の手で痛めつけたのだから。
俺はシールドをロペスの体を覆うように展開した。魔法を撃てなくするためだ。
「ヒール様! こちらは倒し終えました!!」
「リエナ……」
防壁からはリエナとエレヴァンが向かってきていた。エルトも空中からこちらにやってくる。
どうやら他のアンデッドたちは倒し終えたようだ。
だが、まだ安全とはいえない。オレンの死霊術で何度でも蘇らせることができるのだから。オレン自体も強力な魔法を扱えるはずだ。
しかしその心配はいらなかった。
オレンはバリスの魔法によって、地面に叩き伏せられていた。
「よし兄貴! 確保! 確保だ!」
アシュトンとハイネスはオレンに駆け寄ると、その両手両足を拘束し、口に猿轡を噛ませた。
喋れなければ魔法は使えない。
バリスたちはオレン、そしてバルパスを連れてこちらに向かってきた。
これで安心だ──いつもならそんなふうに思うだろう。
でも今はこんな事態を引き起こしたオレンが許せなかった。自分の仲間を殺し、すでに永遠の眠りの中にあった俺の友人を無理やりに起こしたのだから。
……しかも、それが全部俺の反応が見たいからだって?
全く理解できない。こんなやつを王国に帰してはいけないと思った。王国に帰れば、罪なき人々の命まで、奴は平気で奪うだろう。
だが、今はロペスをどうするかのほうが重要だ。
いや、どうするかなんて、ひとつしかないか。
俺は複雑な表情で、ロペスを見た。
そんなとき、エレヴァンが俺の隣にやってくる。
「大将、ご無事で。こいつは……俺がやりやしょうか?」
エレヴァンは優しい口調で俺に言った。
俺の表情を見て、殺すことを躊躇っていることに気が付いたのだろうか。
その隣で、リエナも口を開く。
「近づけば危険でしょう。ここは私が魔法で」
すると、エルトが「待て」と言う。
「だいぶ珍しい種族じゃな……悪魔族か。アンデッド化され、力は落ちているがかつて地上を破壊しつくした強力な種族。もしや、ご主人様の知り合いなのか?」
俺は頷いて答える。
「種族なんて知らなかったが……俺の友人だった」
「そうか……なんとも悲しいのう」
「なあ、エルト。彼を……助けることはできないんだろうか?」
一度殺し、生物を復活させる竜球石が掘れるまでどこかに捕えておくとか、色々考えた。
でも、再び竜球石が取れるかどうかは、分からない。シエルによれば世界で七個しか発見されておらず、地下にあったのはマッパが使ったひとつだけとのことだった。
残りの六個はもっと遠くを掘る必要があるだろう。そしてそれが現実的なことじゃないのは確かだ。
エルトは難しそうな顔をしながらも、こう呟いた。
「ふむ……そうじゃな。ひとつだけ、ある」
「ひとつだけ?」
「うむ。余は魔王。奴を余の眷属として一度魔界に返し、こちらに戻せばかつての姿を取り戻させることができるじゃろう」
先程オレンも言っていた。魔王は生者の命を代価に、眷属を召喚できるのだと。
「それはつまり……」
「うむ。代価が伴う。もっとも交換に適しているのは、人の命じゃな」
すると、エレヴァンが言った。
「魚とかじゃ駄目なのか?」
「捧げる相手は魔界の神じゃ。つまりは供物ということ。魔界の神にとって、人の命はごちそうなのじゃよ」
「なるほど……よく分からねえがまあ、ちょうどいいのがいるな」
エレヴァンの視線は、今しがたこちらに連れてこられたオレンに向けられた。
「ううっ! ううっ!」
オレンは何かを察したように、肩をガクガクと震わせていた。
「大将に逆らったことがまず許せねえが、仲間を殺すなんてとんでもねえやつだ。船員たちが、皆お前を大陸に戻ったら訴えるって、騒いでたぜ」
エレヴァンは防壁の近くでこちらを見ている船員たちに親指を向ける。
アシュトンも頷く。
「この島に到着したとき皆傷だらけだったのは、オレンが我らを欺くために独断でやったようです。手足を失ったのも、そのため……そうだな、バルパスよ?」
オレンの隣で手を拘束されていたバルパスは、無言で頷いた。
傷だらけの船員を見れば、俺は必ず迎え入れる。そう思ったのだろうか。
だがそれにしたって、手足まで切り落とす必要がどこにあるのか。
アシュトンはオレンを見て、憐れむような顔をした。
「これが王族……およそ、人の上に立つ者とは思えぬ。いや、思いたくもない」
「俺も兄貴とは性格全然違うが、こいつはどう考えたってヒール様の弟とは思えねえな……」
ハイネスも呆れた様子で呟いた。
バリスは冷静な顔で言う。
「この者がしでかしたことは、バルパス殿や他の船員から聞きました。どのような処分でも、皆、ヒール殿を支持するとのことです。王には犯した罪も含め、ありのまま報告すると」
すると、エレヴァンがオレンの首根っこを掴んだ。
「決まりだ。エルト、こいつをやって、大将の友人を救おうや」
「うう!!! うう!!!」
オレンはばたばたと抵抗する。
リエナだけは、殺すことで俺の父との対立が深まらないかと、心配そうに言った。
確かにリエナの言う通り、オレンの死を父は怒るかもしれない。たとえ、ここの船員の言葉を聞いたとしても。
でも、オレンのことだ。生きて返したら、再び俺を害そうと島にやってくるのは間違いない。
もちろん、人の命を代価にするなんて俺も嫌だ。
しかしオレンはロペスの命を奪った張本人。他にもたくさんの者を殺してきた。大陸に戻ったら、また何をするかも分からない。
だから、止める気にはなれなかった。
だが、エルトがオレンをじろじろと見て言う。
どうやら何かに気が付いたようだ。
「ふむ。お主の魔力……もしや【賢者】の紋章を持っておるな?」
オレンはうんうんと頷いた。まるで自分は価値がある人間なんだと主張したいようだ。
「ほうほう。アシュトン、ハイネスよ。念のため、紋章を調べたい。こやつのシャツを脱がせてくれ」
エルトの言葉に、二人はオレンの服を脱がせた。
するとオレンの胸には、光る幾何学的な紋章があった。
それを興味深そうに見るエルトに、俺は訊ねる。
「【賢者】の紋章だと、何かあるのか?」
「うむ。紋章はものによっては、生者の命より価値がある。この者だったら、その命より紋章のほうが何倍も価値がある」
「ということは、紋章を代価にすることも可能だと?」
「その通りじゃ。むしろ、お釣りがくるぐらいかのう。どうする?」
【賢者】の紋章を失えば、オレンは強力な魔法を使えなくなる。となれば、たいした脅威にはならなくなるだろう。
また紋章を失うというのは、王国では前代未聞。紋章のない者が、紋章の優劣で全てが決まるあの国の王になるのは不可能と断言できる。
「船で犯した罪もある。それに王都で多くの人たちを殺してきたはずだ。俺たちだけで裁いていい問題じゃない……兄上」
俺はバルパスに顔を向けた。
「オレンの罪を暴いていただけませんか?」
「……俺が、か?」
「被害に遭った人たちを明らかにしてほしいのです。生きている者がいれば、彼らの救済も」
アリエスの毒を使えば、オレンに罪を自ら告白させることもできるはずだ。
「分かった……俺なら簡単に吐かせられる。こいつには思うこともあるし、任せておけ」
「お願いします、兄上。それじゃあ」
俺が顔を向けると、エルトはこくりと頷いた。
するとオレンは首をぶんぶんと振って、突如暴れだした。
「ううっ!! ううっ!! うううっ!!!」
まるで芋虫のように地面をのたうち回るオレン。
アシュトンとハイネスがそれをやめさせようとするが、エルトは「構わぬ」といってオレンに手をかざした。
エルトが何かを唱える中、オレンは自分で顎を地面に何度も叩きつけ、猿轡を外すと叫んだ。
「嫌だ!!!! これは僕の力だ!!!! お前らなんかに奪わせやしない、全員殺してやる!! フレイム!!」
どうやら魔法を唱えたようだ。しかし、周囲には何も起こらない。
よく見ると、オレンの頭上に【賢者】の紋章が浮かんでいた。それはどんどんと光を失い、やがては弾けて消えた。
「……フレイム!! フレイム!! ……ヘルストーム!!」
ただオレンの叫びだけが島に響く。どれも高位魔法の名前。撃たれれば、厄介なことになっただろう。
「サンダー!! サンダー!! 嘘だ……嘘だ!! 誰か、僕の手を解け!!」
しかし、誰もオレンに手を貸す者はいない。当然だ。自分で、自分の部下を殺してしまったのだから。
皆の視線は、闇に包まれるロペスに向かっていた。誰もオレンのことなど、気にも留めない。
「僕は王なんだ!! 僕は王なんだぞ!! ……僕はサンファレス王国の王なんだ!!」
こうしてオレンは、己の紋章を永遠に失うのだった。