百三十二話 悲しき戦いになりました!?
オレンは空へ上がるロペスを見上げ、笑い声を高く響かせた。
「ひゃはははっ! ヒール、僕の勝ちだ!」
倉庫が崩れる中、オレンの従者が声を上げる。
「で、殿下! ここは危険です、はやく避難しなければ! いっ!?」
従者は突如喉を抑えながら、ばさりと倒れた。
彼だけじゃない、他の従者も皆倒れていく。
オレンの手から魔力の反応が出るのを見て、俺はシールドを展開した。
しかしその魔力は、己の従者に向けられていたようだ。
「オレン! お前!」
俺はすぐに回復魔法を従者たちに掛けようとする。
だが今度は皆、即死だったようだ。
「極上の素材を用意してやったんだ。せいぜい、うまく利用してくれよ」
オレンが涼しげな顔で言うや否や、従者の死体は闇に包まれた。
闇が収まるとそこには、ロペスと似たような悪魔たちが俺を睨んでいた。
全部で四体。皆、頭蓋骨の意匠が刻まれた剣や盾を持っている。
またそれとは別に、周囲に黒い闇が無数に現れ、白い骸骨……スケルトンが現れた。
こちらも皆、剣や槍で武装していた。
「……これは?」
「魔王の眷属だよ。彼らは人を殺しその死体を代価に、眷属を召喚する。これは自信なかったけど、まさか本当に文献通りだとはねえ」
「そのために……仲間を殺したのか?」
俺の問いかけに、オレンは歪んだ笑みを浮かべる。
「仲間? 手駒に過ぎないよ。そんなことよりヒール、早くしないと皆、魔王の眷属にされちゃうよ? はやくあのロペスを殺さないと、お前の大事なおもちゃが……ぐぁあっ!?」
オレンは悪魔の盾によって殴られると、再び吹き飛ばされた。地面にたたきつけられ、ぐったりと倒れる。
あいつの治療なんて知るか。俺はオレンに構わず、ロペスに訴えた。
「ロペス!! ロペスなんだろ!? 俺を覚えているか!? ヒールだ!」
しかしロペスは俺を静かに睨むだけだ。
昔、死霊術で生き返った人間の話を、本で読んだことがある。
戦争で下半身を失い、まもなく死んだ男をその妻が復活させたのだとか。しかし、復活した男の下半身は見るに堪えない肉の塊になってしまった。上半身も血色が悪く、とても人と呼べるものではなかったらしい。
そして妻が話しかけても男が喋ることはなかった。いくらか反応を示す言葉はあったようだが、男は苦しそうに喚くだけだったという。
妻は絶望し、自らの行いを後悔すると、結局自分の手で男を殺し、後を追うように自殺したとか。
これは、死霊術は何故いけないのかを説くために、今も広く語り継がれている話だ。
この話からも分かるように、どうも死霊術で蘇った者は、生前の記憶を失うようだった。あるいは一部だけなら覚えているのかもしれない。
先程ロペスも苦しそうに頭を抱えていた。もしかすると、俺のことを……
しかしそんな期待を砕くかのように、ロペスは片手を振り下ろした。
同時に、悪魔やスケルトンたちが武器を構え、俺に向かってくる。
「……やるしかないのか」
こうなってはしかたないと、俺は魔法で応戦することにした。
「ファイア!!」
俺の魔法は、スケルトンたちを次々と溶かしていく。
だが悪魔たちの盾は堅いのか、攻撃が通らない。
そうこうしていると、ロペス本人が俺に黒い靄を勢いよく放ってきた。
俺は炎での攻撃を止め、シールドに魔力の全てを注ぎ込む。
靄は俺のシールドに付着すると、爆発する。しかし、俺のシールドはそれを防いだ。
魔法は効ないと感じたのか、ロペスは俺の前に飛んできて、闇を纏った拳を繰り出してきた。
その拳も防げたが、圧力にシールドごと押し飛ばされてしまった。
「くっ!」
もちろん俺も受け身を取り、立ち上がる。受け身は剣術を覚える際学んできたので、難しいことじゃない。
しかし、なんという威力だろうか。今まで色々な攻撃をこのシールドで防いできたが、今の一撃ほどの威力のものはなかった。
ロペスの拳に膨大な魔力がまとわりついているのが見える。おそらくは、やつも全魔力をあの拳に込めたのだろう。
ロペスを攻撃することに抵抗はあった。
だがこれだけの力を持つ相手に、手加減はできない。
「ファイアー!!」
俺が炎の魔法を繰り出すと、ロペスはそれを避けもせず真正面から手で受け止めた。
にもかかわらず、ロペスの体には傷ひとつついてない。
炎が駄目なら雷を、それも効かないなら氷をと、俺は魔法を喰らわせる。
こんなことはしたくなかった。だが全力でやらなければ、皆がやられる。俺は歯を食いしばって、ロペスを攻撃した。
しかし、何をやっても手で受け止められてしまう。それだけじゃない、ロペスは素早く、俺の魔法を軽々と避ける。
ロペスはそうして、再び俺に拳を向けた。
「魔法が効かない……くっ!」
俺はまたロペスの拳に吹き飛ばされる。
その次は蹴りを繰り出し、俺は受け身を取り魔法を放つ──そんなふうにして、しばらくロペスとの攻防が続いた。
手の平に宿している魔力で、俺の魔法を防いでいるのだろうか。とにかく、正面からは効かないと考えていい。
あるいはエルトに教えてもらった魔法、ヘルエクスプロージョンなどの最高位の魔法なら効くのかもしれない。
だがそれを使えば、島が吹き飛ぶことは想像に難くない。
ロペスは再び手を上げた。
すると、眷属たちが洞窟のほうへと振り返り、そちらへと向かって行く。
「待て! そうはさせるか!」
俺が魔法を眷属たちを攻撃しようとすると、ロペスの拳が再び俺を襲った。
「くそっ!」
このままではまた吹き飛ばされる──俺は風魔法をロペスに向け、拳を受け止めようとした。
それもあって、今度はその場に留まることができた。ロペスはすぐに次の拳、また蹴りを俺に向けてくるが、俺は風魔法でそれを受け止めていく。
よし、防ぐことはできるな……だが、このままでは皆が危ない。眷属がすでに防壁まで迫っている。
そんなとき、防壁の上空から声が響いた。
「ご主人様! こちらは任せておくのじゃ! 余が皆を絶対に傷つけさせぬ!」
空中から叫んで手を振るのは、エルトだった。
見ると、防壁の上には武装した魔物たちが並んでいた。リエナやエレヴァンの姿もある。
「撃て! 敵を寄り付かせるな!」
エレヴァンの声で、皆魔法や飛び道具で眷属を攻撃し始めた。
エルトやリエナがシールドで皆を守ってくれるだろう。ロペス以外はそこまで魔力があるわけでもなく、十分に対応できるはずだ。眷属の相手は皆に任せよう。
俺は再び、ロペスに声をかけた。
「ロペス……こんな再会は望んでなかった」
俺の声に、ロペスはなんの反応も示さない。そればかりか、また俺を殴りつけようと、拳を振りあげていた。
俺はロペスの攻撃を避け、今度はインベントリから岩を勢いよく放出していく。
岩だけじゃない、鉄やオリハルコンなどの金属もだ。ある石も混ぜて、投石でロペスを攻撃していく。
しかし、ロペスの体は無傷。掌で防がれなくても、その体にはまったく効いていなかった。
ロペスはそんな俺を追うように、再び拳を向けてきた。
「……狙い通りだ」
俺はすぐにある石──転移石を持って、転移を念じた。
すると視界にロペスの背中が映る。
転移石をロペスの周辺に撒くことで、その後ろを取りたかったのだ。
俺が腰に提げていたピッケルを振り上げると、ロペスはこちらに顔を向けた。
しかしもう遅い。俺のピッケルはロペスを吹き飛ばすのだった。