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百二十八話 嗅ぎつけました!!

「では、バルパスたちはやはりこの島の調査に?」


 俺は見張り塔の上で、アリエスに訊ねた。


「はい。国王直々に、調査の命令を受けていたとのことです」

「そうか……」


 アリエスは人間の姿のまま、頭を下げる。


「申し訳ございません。勝手な真似を。ですが、それ以外になにかをしたりは」

「分かっている。島のためにやってくれたんだ。感謝する」


 アリエスは戦列艦の負傷者に薬を飲ませる際、自らの毒を飲ませた。そうして、彼らの目的を訊ねたのだという。 


 俺はアリエスに訊ねる。


「あの船の王族は、オレンとバルパスだけか?」

「はっ。二人の王族のもと、島を調査するよう依頼されていたようですね。最高指揮官が、この両名だとか」

「そうだったか。最高戦力はあのオレンなんだろうが……エレヴァン、どうだ?」


 俺が訊ねると、エレヴァンが言った。


「あの金髪のガキですよね? 今は姫が見張ってますが、特に動きはないみたいですぜ。なんかぶつぶつ言っているようですが」

「やつは【賢者】の紋章を持っている。俺たちの魔力が見えるはずだ。だから、手を出してこないんだろう」

「へっ。王国のやつらもたいしたことありませんね」


 エレヴァンがつまらなそうに首を鳴らすと、アリエスが深刻そうな顔で続けた。


「彼……オレン殿ですが……あ、いや」

「うん? どうした、アリエス?」

「いえ……詳しくは聞いていないのですが、船員が気になることを口にしていまして」

「なんと?」

「それが……オレン殿が怖いと。皆、おびえた様子でした」

「そうか……たしかにやつはな」

「陛下もご存知でしたか」

「ああ。良く知っている。だが、この島にいる間は、やつには何もさせない。皆、引き続き警戒を頼むぞ」


 俺は言葉少なにそう答えた。


 アリエスとエレヴァンは、それに「はい」と頭を下げてくれたが。


 俺自身、あまりオレンのことは好きじゃないんだ。この島にはなにもさせないし、さっさと帰ってもらう。


 そうだ……もう、やつには何もさせない。


 俺は倉庫の中にある魔力の反応を、ずっと見続けるのだった。


~~~~~


「じゃあな! 楽しかったぜ!」


 バルパスは倉庫の個室の入り口で手を振りながら、心にもないことをいった。


 手を振り返すのは、小人のようなおっさんのような、マッチャという女性。


 そのマッチャがウインクして倉庫を出るのを見て、バルパスはふうと息を吐く。


 ……うん。もうしばらく、女の顔は見たくねえ。


 ベッドで繰り広げられたマッチャの猛攻に、バルパスは心が折れそうであった。


 最初は、バルパスも情報を集めるためなら致し方ないと、その求めに応じることにしたのだ。


 しかし、マッチャはバルパスに喋る暇も与えず、その上で無言で踊り狂った。

 バルパスは何度も優しくしてくれと情けない声で懇願するも、マッチャはその手を緩めることはなかったのだ。


 もちろんバルパスもただされるがままではない。秘伝の毒針をマッチャに刺し、意のままに操ろうとする。


 情報を吐かせるため今まで幾度となく使ってきた強力な毒だった。しかし、マッチャにその毒が効くことはなかったのだ。


 万策尽きたバルパスは、マッチャの前で完全に敗北するのだった。この一時間、ただマッチャにやりたいようにやられてしまった。


 ……ちっ。俺がまるでガキみたいに、手玉に取られるとは。


 悔しがるバルパスだが、髭もじゃのマッチャの口づけが頭に蘇るのを感じ、すぐに仕事のことを考え出す。


 落ち着け……俺。やつは、毒を魔法か何かで防いだんだろう。


 いずれにせよ、この島を甘く見ていた。


 防壁や装備など、防備はしっかりとしているのはすぐに分かった。しかし、防諜も抜け目がないようだ。


 これから、どうするか……


 すでにこの島が簡単に落ちるような場所でないことは分かった。供給される食事や水を見るに、自給自足ができていることも明らかだ。


 そしてヒールは、宮廷の言いなりにならないと宣言した。しかし、船を直し大陸に帰してくれるという。このまま何もしなければ、皆無事に帰れるだろう。


 自分が王だったら、触れぬドラゴンに命ありと、ヒールたちとの融和路線を目指すだろう。


 しかし、父は分からない。


 父は、この島の全てを明らかにしろといった。できずに帰れば、おめおめと仕事を放棄したと言われるのは間違いない。


 バルパスはもう一度、大きなため息を吐いた。


 ……今までで一番、厄介な相手になりそうだな。


 あのオレンがヒールの一声で簡単に引き下がったこと、船員がああも簡単に魔法で治療されたことを考えるに、ヒールたちの魔法は強大なものなのだろう。

 最初のあの爆発を見たって、それは明らかだ。


 武力による脅迫も、毒も効かない以上、自分の足で稼ぐしかない。


 バルパスは決心したような顔で、何度か足で床を叩いた。


 すると、近くにフードを被った男がすっとやってくる。


 バルパスはフードを被り、その男と倉庫の死角に向かう。


 するとそこで、フードを被った男は自身のフードを脱いでみせた。


 そこにいたのは、バルパスとうり二つの男だった。

 厳密にいえばバルパスの顔に見える、というだけだ。【幻覚者】という紋章を持つバルパスの部下で、周囲から見た自身の姿を錯覚させることができる。


 バルパスはこの男に自分の影武者を依頼していた。


 男はバルパスに小声でいう。


「殿下……私が探りましょうか?」


 もちろん、この男を使って島の者に紛れさせる手もあった。

 しかし、バレたときのリスクと部下の身を案じ、バルパスはその手を取らなかったのだ。


「いや、大丈夫だ。今度の相手は、俺が全力でやるしかねえ」


 一番の情報収集手段は、自分の紋章【宵闇】を使うこと。バルパスはそう信じていた。


 【宵闇】は自分の姿を消すだけでなく、魔力の反応、息遣いや足の音を消すという力を持つ強力な紋章だった。


 バルパスはその姿を透明にすると、小瓶を取り出し、その中の白い粉を自分に振りかけた。

 これは魔力の反応を生じさせる粉末で、突如自分の魔力の反応を消すことを不自然に思われないための道具だ。


「……それじゃあ、行ってくる。決して、ここから出るな。それとあの男……オレンに怪しい動きがあったら、即座に止めろ。全員が殺されてもおかしくない」


 バルパスの不安は味方側にもあった。それは、オレンの存在だ。


 この倉庫に乗員全員が集まって分かったことだが、明らかに船乗りや軍人でない華奢な若者たちが数名いたのだ。

 オレンが連れてきた魔法大学の者たちだと、バルパスはすぐに感づく。


 オレンと彼らが何をするか……オレンの一声で、ヒールたちの怒りを買う可能性もあった。


 男はバルパスに訊ねる。


「それは……殺すのもやむなしと?」

「ああ。許可する」

「しかし、それでは父君が許されないのでは?」

「父から問われれば、事情は俺が説明する。互いに、公にはできない秘密を知っているからな。王子ひとり殺したところで、何をいまさらだ」

「承知いたしました……」

「頼んだぞ」


 バルパスは粉をふっと払うと、軽い足取りで倉庫を飛び出す。


 やはり、見張りの者たちは誰も気が付かない。


 それを確認したバルパスは島を見て回ることにした。


 ずいぶんとしっかりした港だ……


 立派な石造りの桟橋に、ドックや造船所などの施設。これだけのものをこんなところに良く造ったものだと、バルパスは感動すら覚えていた。


 塔や防壁、倉庫も立派なもの。防備も、そのための武器や物資の備蓄も、十分に見える。


 いったい、誰がここまでつくりあげた?

 一番考えられるのは、バーレオン公の娘レイラが、ここに流されたヒールを支援していた可能性だ。


 元は帝国皇帝の末裔。隠していた資産を使ったのかもしれない。


 しかし、金だけでここまでのものを短時間でつくれるとは考えにくい。


 あるいは、帝国に伝わる秘術や秘具を使ったか……奥のあの巨大な樹も、その類かもしれない。


 バルパスはそう考え、防壁で隔てられた港湾地区から世界樹に向かうことにした。


 城門をくぐると、そこにはあちこちで進められている建築現場が見えた。


 巨大な石材、見事に削られた大理石の石柱が運ばれているのが分かる。


 ……おお、魔物がこんなに。あれは、スライム、ゴブリン、オーク、コボルトか。


 大陸でもよく知られた魔物が、働いているようだ。


 しかし、建築の指揮をしているのは、人間に思える。四角い形の帽子を見るに、公国人かもしれない。


 だが。どうして魔物たちが人間の指示をこんなに素直に聞いているのだろうか。そもそも、ゴブリン、オーク、コボルトは互いに争い合っているはず。


 魔法か何かで無理矢理働かされているようには見えないな。バルパスは、魔物たちの笑顔や楽しそうに働く姿を見て、そう感じた。


 謎は深まるばかりだ。もっと奥も……うおっ!?


 バルパスは突如目の前を横切った巨大な生き物に、思わず唖然とした。


 正面に獅子の前半身、背中に羊の頭、蛇の尾を持つ生き物が、石材を積んだ馬車を牽いていたのだ。


 こ、こいつ……キメラか? うん? なんだ、ありゃ!?


 その後方を、巨大な黒い蜘蛛が付いていくのを見て、バルパスは声を上げそうになってしまった。しかし、それだけではまだ大丈夫だったかもしれない。


 おっさん……の顔をした犬?


 そこには、キメラと同じような大きさの、おっさんの顔をした何かがいたのだ。

 うう、と低い声をあげながら道を行く姿は、バルパスにこの世の終わりを思わせた。


 その上には、先程相手をしたマッチャとよく似た髭もじゃのおっさんが跨っている。


 な、なんなんだこいつら……っていうより、空はあれ……ドラゴンか?


 空には、古い時代の本にあったワイバーンの姿があった。

 彼らは、大きな赤い竜と小さな赤い竜を追っている。エルトがファルやワイバーンたちの飛行を、訓練していた。


「ほれ! いいドラゴンは翼を鍛えるものじゃ!」


 しゃ、喋っている……ドラゴンが?


 バルパスは自分の足が震えるのを感じる。自分は恐ろしい場所に脚を踏み入れてしまったと感じたのだ。


 このまま引き返し、全てを穏便に済ませるため、オレンの監視に全力を注ぐほうがいいのでは。バルパスは考え直す。


 だが、あらゆる情報を露にしてきたバルパスは、目の前のあり得ない光景に、いまだかつてない高揚感を感じていた。


 ヒールのやつ……どんな力を使った? 何をしたんだ?


 気が付けば、バルパスの足は世界樹に向かっていた。全てを知りたいという、自分の欲求に勝てなかったのだ。


 バルパスは世界樹に向かう途中、小さな岩山に気が付く。


 それまであらゆるものが最近つくられたように見えたシェオールだったが、この岩山だけはあきらかに自然な造形をしていた。


 世界樹へ向かうには、この通路を通るしかない。


 バルパスの目にもそれは一目瞭然だった。吸い込まれるように、岩山のトンネルの中へ入る。


 すると、すぐ近くに底が見えない程の長い階段を見つけるのだった。


 坂には鉄の棒が二本伸びており、それを挟むように階段が続いている。

 だが、壁には光る石が埋め込まれていて、まったく暗さを感じさせない。


 行き来する魔物が多いな……この先に何かあるのか。


 ピッケルを持った魔物や、食料を運ぶ魔物がいる。キメラはこの方向からやってきた。石材などは、ここで採掘して運ばれてくるのかもしれない。


 興味はあるが、坑道に過ぎない。バルパスはそう考え、再び世界樹へ向かおうとした。


 しかし、あることに気が付く。


 ヒール……あいつの紋章ってたしか。


 【洞窟王】……


 その言葉が頭に浮かぶと、バルパスははっとした顔をする。


 やつの紋章が……この島をつくった?


 なんの取り柄もないと、誰もが馬鹿にした【洞窟王】。しかし、それが洞窟で力を発揮するものだったら?


 自分を含め、王族の紋章は色々とぶっ飛んでいる者が多い。ヒールだって王族だ。


 バルパスは確信する。この島の力の源は、ヒール、そしてこの先にあると。


 よし、降りよう……


 バルパスがそう考えたときだった。

 突如、バルパスの肩に、ぽんと手が置かれる。


 ……え?


「旦那。悪いが、そこから先は立ち入り禁止だ」


 バルパスが振り返ると、そこには犬の頭をした者、コボルトが睨むように立っていたのだ。


 コボルトは、ハイネスだった。その後ろには、アシュトンも剣を持ってバルパスのほうを見ていた。


 バルパスはハイネスにいう。


「……何故だ? 何故、分かった?」

「姿は消せても、俺の鼻は誤魔化せねえってことだよ。【狩人】の紋章を持つ、俺の前じゃな」


 アシュトンはハイネスの言葉に頷く。


「うむ。そもそも、我らコボルトの前では、人の匂いなど簡単に分かる」

「ちっ……」


 いつものバルパスなら、煙玉を用いたりして逃げただろう。

 しかし、この絶海の孤島では逃げる先がない。


 バルパスはすっと姿を現すと、剣を捨て、両手を上げた。


「降参だ……」

「おう、ずいぶん物分かりがいいじゃねえか」


 ハイネスはバルパスの両手に、鉄の拘束具をはめようとする。


「まあな……この島の光景を少しでも見て、歯向かおうとするやつがいると思うか?」

「いるわけがねえ」


 ハイネスは苦笑いを浮かべ、バルパスに頷く。


「なあ、あんた……俺は死んでるんじゃねえよな?」


 バルパスはそう問いかけると、ハイネスにぽんぽんと肉球のついた手で頬を叩かれる。


「安心しろ。ここは天国とかじゃない」

「そうか……いや、俺にはあんたが天使に思えるよ」


 バルパスは柔らかい肉球を前に、ほっとした顔をするのだった。

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