百二十七話 主導権を握りました!
「よし、船はドックに入れるぞ!」
エレヴァンが埠頭で叫ぶと、魔物たちは一斉に縄を引っ張り、バルパスが乗っていた船をシェオールのドックへと運んでいく。
一方で、埠頭近くの倉庫では、負傷した船員たちが治療を受けていた。
俺やリエナ、魔法を使える者が治療をしたので、幸い死者は出なかった。
今は布団に寝かせたりして、安静にさせている。
元気な船員たちも皆、この倉庫の中だ。勝手に島を回られても困る。
バリスが俺の隣でいう。
「早速、倉庫や防壁が役に立ちましたな」
「ああ。もともと商業区として、外向けに開放する場所だったからな」
バリスの都市計画では、船を泊める埠頭付近でシェオール以外の者が滞在できるように建築が進んでいた。
洞窟側から防壁の向こう、海側に商店や宿のための建物を建てていたところだ。
まあ、彼らの目的が掴めない以上、当分はあの倉庫にいてもらうしかない。
倉庫の周囲には武装した魔物やゴーレムたちが、見張るように立っている。
人の姿をした者と魔物でだいたい半々ぐらいだ。
そんなことを考えていると、倉庫からバルパスが小走りでやってきた。
「ヒール! 本当に助かったぞ! いやあ、それにしても本当に見違えたぜ!」
バルパスは隣にくると、馴れ馴れしく俺の肩を叩いた。
すると、船をドックに運び終えたエレヴァンが、怒った顔でこちらにくる。
「てめえ!! 俺たちの大将に、そんな気やすく手を触れるんじゃねえ!!」
「な、なんだよ? 俺たちは兄弟なんだぞ? 久々の再会なんだし、べつにいいじゃねえか。なあ、ヒールよ?」
俺は別に、誰に気やすく触られたって構いやしない。
しかし、バルパスとは別に仲良くなかったし、その性格もよく知っている。
下心が透けて見えるのだ。
俺が無反応なことに、バルパスは口をすぼめる。
「な、なんだよ。兄がこんなに喜んでいるっていうのに……」
「兄上……先程の話、まだ終わってませんよ。船がボロボロになった理由は?」
俺が問い詰めると、バルパスはやがて観念したような顔で溜息を吐いた。
「はあ……なあ、ヒール。もう隠し事はやめようや。さっきの爆発……どういうふうにやったのかは知らないが、お前たちがやったんだろ?」
「爆発……じゃあ、兄上たちはあれを見ていたと」
「つうことは、やっぱお前たちのせいか。おかげで船はボロボロだよ」
エルトに魔法を教えてもらっていたとき、俺とバリスは大きな波と強烈な爆風を魔法で起こした。
その近くにいたなら、戦列艦がボロボロになのも頷ける。
しかし、それだけでは説明がつかないのが、船員たちの負傷だ。
あれは、爆風や木片でつくような傷じゃない。何か鋭利なもので斬られたような傷だ。事実、火傷のある者や、木片が刺さった者は、誰一人としてあの船にはいなかった。
「それについては、たしかに俺たちが起こした爆発です。ですが、何故最初に嘘を吐いたのです? それに、彼らの傷は……」
「そんなことはどうでもいいだろう? 俺たちがどこでどう戦おうが、こっちの自由だ。それよりも、船は直してくれるよな?」
バルパスはやんわりと要求してきた。
船員がああなったのは俺たちのせいだと言うこともできたはずだ。
だがそこまで言わないのは、俺たちをあまり刺激したくないのだろう。それに船員の傷が爆発のせいというのには、いささか無理があると考えたのかもしれない。
俺は頷く。
「船はもちろん、直しましょう。ですが兄上、ひとつお訊ねしたい。兄上たちは、本当にこの島に用があってきたわけじゃないのですか?」
「しつこいやつだな。そもそも、なんでこんな流刑地みたいな島にくる必要がある? まあ、こんな島だって知っていれば、やってくるやつもいるだろうが……」
バルパスは世界樹に視線を移して続ける。
「シェオールが価値のある場所だなんて、王国人は誰も思っちゃいない。だが、人の口に蓋はできねえ。俺は黙っていたとしても、船員たちが王国に帰ったら、話は違うかもな」
「いや……帰したら、兄上が真っ先に口を割ると思いますが」
「俺、そんな口軽に見えるか?」
宮廷のあらゆる噂を嗅ぎつけ、それを真っ先に広げていたのがこの男だ。口が軽いとしかいいようがない。
俺がうんと頷くと、バルパスは苦笑いした。
「まあ、喋りたくもなるさ……こんな島なんだし。しかも、魔物が一緒に暮らしているんだからな」
そういって、バルパスは真剣な顔をした。
「どうするつもりだ? 宮廷の奴ら、なんていうか分からないぞ?」
「俺は、もう父上は知っていると思っています……兄上も知っているのでしょう?」
訊ねるも、バルパスは何のことかと首を傾げる。
こうしていても埒が明かない。
俺は単刀直入に言うことにした。
「兄上……見ての通り、この島では人と魔物が一緒に生活してます。俺は、そんな島のリーダーなんです」
「まあそりゃ、お前はこの島の領主だからな」
バルパスは当然だと言わんばかりに頷いた。
俺が皇帝を名乗ったことは、知らないという態度だ。
まあ、俺も別にここが帝国だとか、王国は敵だとか言いたいわけじゃない。大事なことをひとつ、伝えたいだけだ。
「はい。ですから、父上が何を言おうと、俺たちは何かを変えるつもりはありません。もちろん、だからといって父上たちと争うつもりもない」
「ほうほう。まあ、いいんじゃないか? こんな僻地がどうなろうが、親父も知ったこっちゃないだろうし、許してくれるかもしれないぜ? 税金だって、別に取れるとは思ってないだろうし」
「では、今の俺の言葉を、兄上が父上に伝えてくださいますか?」
「帰ったら、そりゃ話すことになるだろうよ。だけど、俺はありのままを伝えるだけだぜ?」
「それで構いません。ですが、もし父上が許さないというのなら、俺たちは戦うということも」
「そうか……わかった。その覚悟も伝えておくよ」
「ありがとうございます。どうか、お願いします」
俺はそういって、バルパスに頭を下げた。
「まあ、俺様に任せとけ。……ってことで、まあ誤解も解けたことだし、せっかくだから俺にもこの島を案内してくれよ! なんか、美人も多そうだしよ! あの、さっきから心配そうにお前を見てる、黒髪のねーちゃんとか特に!」
バルパスはリエナを見ると、鼻の下を伸ばして手を振った。
リエナは少しほっとしたような顔で、手を振り返す。とりあえず、和解したと思ったのだろう。
だが、俺はバルパスに真剣な表情のままいった。
「兄上。悪いですが、船が直るまでは倉庫とその周辺のみで過ごしていただきます」
「な、なんだよ! 別に見せてくれたっていいだろ?」
「いえ。本当のことを言っていただけない以上は……」
「……わかった。まあ、そっちにも都合があるだろうし、無理は言わねえよ」
「ありがとうございます。食事などは用意しますし、治療も継続しますから」
「ああ、頼む。だけどよ、やっぱ連絡役は欲しいよな。だから、あの黒髪の姉ちゃんを……」
バルパスはもう一度、リエナに顔を向けようとした。
しかしその時だった。バルパスに飛び掛かろうとする者が。
髭もじゃで、ずっしりとした見た目のマッパ……ではなく、この前琉金で作成したマッパを女性にしたような姿のゴーレムだ。
たしか、皆はマッチャと呼んでいたな……
マッチャは、まるでマッパの分身のように落ち着きがないことで知られていた。
また、男を見るなりすぐにキスをしようとすることで、島中の男から恐れられている。
ここ数日、洞窟の部屋に鍵付きの扉をつける者が増えているのだが、それはこのマッチャのせいと言われている。夜、部屋に忍び込んでくるとかなんとか……
もちろん、マッパはこれに激怒した。
しかしマッチャは気が強く、近寄るマッパの尻を何度も叩いた。マッチャは、マッパのもとに収まるような女ではなかったのだ。
マッチャはバルパスの腕をがっしりと掴むと、すりすりと体を寄せた。
余裕そうだった表情のバルパスは、急に顔を青ざめさせる。
「な、なんだこの髭もじゃは!?」
狼狽えるバルパスに、バリスがいった。
「なるほど。マッチャ殿が連絡係を務めてくれるのですかな?」
頬を赤らめ、マッチャは頷いた。
「い、いや、やっぱいい。連絡係はいい……なんかあったら、近くのやつに適当に……お、おい」
マッチャは嬉しそうにバルパスの腕を引き、倉庫に向かっていく。
バルパスもなんらかの危険を察知したのかも。まあ、マッチャもバルパスを無理矢理どうこうするとは思わないけど。
……いや、やっぱり危険か。バルパスの身が。見張りには、もしものときはちゃんと止めるよういっておこう。
バリスは引きずられるようなバルパスを見て、俺にいう。
「ふむ。彼、腹を割ってくれませんな」
「そうみたいだな。こうなったからには、島の情報を少しでも多く集めて、王国に帰ろうとするはずだ」
「帰すので?」
「父には、俺の意思も伝えておきたい。帰す際には、バルパスに親書を渡すよ。金銀で済むなら、交渉したいって」
「なるほど。でしたら、しっかりと見張りつつも、食事などで手厚くもてなしましょう」
「頼む。俺もしばらくは畑の土地を埋め立てたりして、地上にいるつもりだ。船が直るまでは」
「見張りは我らに任せてくださっても、大丈夫ですぞ?」
「いや。万が一がある。それに、あのオレンは危険だ」
俺は倉庫を見ていった。
先ほど、オレンは治療を手伝えという言葉に、いやいやながらも従った。
しかし上陸してからは、ずっと倉庫の隅で大人しくしている。
バリスはオレンの魔力の反応を見たのか、俺にいう。
「ふむ。たしかに、膨大な魔力を持たれている……しかし、あれだったら、ワシやリエナ殿でも十分対処できますぞ」
「そうだろう。でも、やつは何をしでかすか分からないんだ……」
奴は感情の変化が激しい。急に怒り出す可能性もあるので、油断ならない。
バリスは俺がいつになく真剣な顔をしてると思ったのか、力強く頷いてくれた。
「分かりました。ともかく、油断せぬよう皆にも伝えておきましょう。船もすぐに修理して、はやめに帰っていただくとしましょうぞ」
「ああ、頼んだ」
とりあえずは、バルパスたちをこちらの目の届く範囲に置くことができた。このまま気を抜かず、やつらを送り返すとしよう。
俺は倉庫の隅にたたずむ魔力の反応を見て、気を引き締めるのだった。