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百二十六話 再会しました!

 次第にバルパスたちの目には、シェオールの光景がくっきりと見えるようになっていた。


 誰もが初めて見る光景に、船員たちは目を奪われていた。


「すげえ、木だ。山みたいだな……」

「ああ、あんなの見たこともねえ」


 まず、嫌でも目に入ってきたのは、巨大な樹。

 王国のどんな城よりも高く、ずんぐりとしていた。


 そして次に目に留まるのは、ずんぐりとした髭を生やした男の像。

 その像は斧を掲げ、にやにやとした不気味な表情で船を見下ろしていた。


「とんでもねえ場所だな……防壁や塔だけじゃなくて、家みたいな建物も見える。人間もいるようだな」


 バルパスはシェオールを見て、冷や汗がでるのを感じた。


 ヒールたちをここまで送った船長の報告には、たしかに岩礁に送り届けたとあったらしい。それから三か月も経っていないのだ。


 もしこの島に人がいるなら、船長たちがヒールと示し合わせ嘘の報告を上げたのだと、王宮では誰もが口にしていた。もちろん、バルパスもここに来るまでは、恐らくそうだろうと考えていた。


 しかし、目の前の光景はとてもそれだけでは説明がつかない状態になっている。ヒールが来る前から、あの巨大な樹は生えていたはずだ。いや、もう何百年も前から。


 だがそんな報告は、一度もない──どうしたら、こんなことに。


 いいや、今はそんなことを考えている暇はない。バルパスは首を振った。


 現実に、目の前にはそういった光景が広がっている。どうしてこうなったかを考えるよりも、今あの島がどういう状態なのかを確認するのが最優先のはずだと。


 だが、どうするべきか。


 武力を誇示して秘密を探るのは難しい。今、この船はぼろぼろなのだ。とても戦える状態ではない。


 とはいえ、たとえ船に損傷が無くても、あの島を攻めるのは難しかっただろう。


 防壁や塔からは、バリスタや投石機がこちらに照準を定めている。弓やクロスボウで武装した者もいるし、防備は堅そうだ。


 頼れるのは自分だけ……バルパスはそう言い聞かせた。


 すると、船員の一人が声をあげる。


「バルパス殿下! ボートが一艘、陸からこちらに向かってきます!」

「こっちを調べるつもりだろうな……おまえら、なるべく怪我をしているふうにしとけ」


 あくまでも偶然に立ち寄ったという体で、この島にきたことにする。

 徴税のためとか、調査のためといって上から目線でいけば、ヒールは迎え入れないかもしれないからだ。


 だが、そのときだった。


 突如、後ろの船員たちから悲鳴があがった。


 バルパスが振り返ると、そこには血を流し倒れる者たちが。

 中には、手や足を切り落とされた者たちもいた。


 船員たちは次々と倒れていく。


 突然のできごとに、バルパスは声を上げる。


「なんだ!? どうした、お前達!? ……まさか?」


 バルパスは突風のような音に気が付き、ある男に目を留めた。

 そこには、船員たちに手をかざすオレンの姿が。


「オレン、やめろ! 気でも狂ったか!?」

「何を怒っているんだい、バルパス? ここまでしないと、ヒールが受け入れてくれないだろう?」

「本当に傷つける必要がどこにある!? しかも、手足を斬り落とすなんて……っ!?」


 バルパスはすぐに首を横に傾けた。


 風が少し当たったその頬からは、血がすっと流れる。避けていなければ、バルパスの頭は真っ二つだっただろう。


 オレンは涼しい顔で言い放つ。


「民は王のためにその命を捧げる。少しの犠牲がなんだ。誰も血を流さないで勝った戦争なんて、あったかい?」


 こんな状態でもなければ、バルパスはオレンに己の技で立ち向かった。


 しかしここで戦い、自分が倒れることがあれば、もう誰もオレンを止められるものはいなくなる。船員たちも捨て駒にされるのが目に見えていた。


 バルパスはぐっと堪え、オレンにいった。


「……詭弁だ。俺たちは戦争をしにきたんじゃない」

「こんな、状態でよくいうね。この船はもう終わりだ。あの島を占領しなければ、僕たちはもう帰れないかもしれないんだよ? 戦うしかないじゃないか」

「それは最終手段だ……オレン、もう一度いう。俺のやり方に従え」

「はいはい。まあ、まずはバルパスのやり方を見るよ。父上からはそう言われているしね」


 バルパスは舌打ちし、船員に叫んだ。


「……すぐに負傷者を治療しろ! ボートはこちらに迎えるんだ」 


 船員たちは不安そうな顔をしながらも、その命令に従う。


 すると、オレンが島を見渡し、にやにやと笑った。


「ヒールのやつ、すごいじゃないか。こんなにも仲間ができるなんて……何人いるんだろうか。いったい、何人を……」


 ぶつぶつと喋っていたオレンは、何かに気が付く。


 その視線は、戦列艦に近づくボートの上の男に向けられていた。


 バルパスもその男に目を向ける。


「ヒール……」



~~~~~



 戦列艦はあまりにもぼろぼろだった。すでに船は沈みつつあり、あと一時間もしないうちに、完全に海に浸かってしまうだろう。


「ふむ。ヒール様、なかなか立派な船ですね」


 アリエスの声が、隣から響いた。


 俺は二人だけ同行を頼み、戦列艦に向かっていた。


 ひとりはアリエスで、今は俺と同い年の人間のような姿をしている。

 あまり使用したくはないが、アリエスの毒は他者を従える力がある。もしものときは、血を流さずに船を鎮圧できるだろう。


 もうひとりはフーレ。俺がもし何かあったとき、魔法を使える者がひとり近くにいてほしかった。

 リエナやバリスでもよかったが、その立場を考え、フーレが名乗りをあげてくれた。


 それとボートの漕ぎ手たち。彼らは人の姿の者もいれば、ゴブリンやオーク、コボルトなど島の魔物たちを集めている。

 この島では魔物たちも共に暮らしていると示すためだ。


 もちろん、シエルも俺と一緒だ。


 武装はしないことにした。また、魔力も抑えて、探知されにくいようにしている。危険だと思われ、急に攻撃されることを避けるためだ。


 俺はアリエスに答える。


「王国の中では一番大きな船だからな。だが、妙だ」

「たしかに。船体に傷はありますが、刺さった矢などが見えませんね」

「ああ。魔法でやられたんだろうか……うん?」


 戦列艦から、一艘のボートがこちらに向かってくる。ボートの上では白旗と王国旗が振られていた。これは敵意のないことを主張したいのだろう。


 そのボートの先頭に立つ男の顔に、見覚えがあった。


「……バルパス」


 男は俺の兄であり、サンファレス王国の第十一王子バルパスだった。

 昔から俺を小馬鹿にしてきた男だが、暴力を振ってきたことはない。基本は女と酒のことしか頭になく、金にがめつく、宮廷のゴシップで人を馬鹿にするのを楽しみにしている男だ。


 しばらくすると、バルパスも俺に気が付いたのか、両手を振った。

 その顔は、驚きと嬉しさを強調していた。


「おお、ヒール! 我が弟よ、生きていたのか!? こんな場所で、まじかよ!」


 つまり、俺が死んだ思っていたと言いたいのだろう。本当にそう思っていた可能性もあるが、演技と考えるのが普通だ。


 近づくと、バルパスはすっと俺のボートに飛び乗って、俺の肩をばんばんと叩いた。


「いやあ、驚いたぜ。海賊に襲われて船がぼろぼろになって、一か八か、近くのシェオールを目指したが、こんな場所が……しかも、そこにお前がまだ生きているんだから、本当に驚いた」


 この島に驚くということは、俺の建国宣言についてはどうでもいい、または知らないと主張したいわけだ。

 しかし、これも演技の可能性が高い。 


 安堵したような表情のバルパスに、俺は真面目な顔のまま訊ねる。

 

「つまり、兄上はこの島に来る予定はなかったと?」

「もちろんだ。何か無きゃ、俺が海までやってくるわけないだろ? 実はあの親父から密命を帯びていてな……」

「その、密命とは?」

「ヒール、気になるのは分かるが、密命は密命だ。あの親父のなんだぜ、言えるわけないだろ? でも、金のことだ。俺にもいっぱい金が入るんだよ! ……まあ、こんな状態じゃ、もう目的地に向かうのは難しいけど」


 はあとため息を吐くと、バルパスは俺の手をぎゅっと握る。


「ヒール。悪いが、俺たちを島に上陸させてくれないか? 実は、結構な負傷者がでちまってな、治療したい。船も応急修理でいいから、直させてほしいんだ。もちろん、金は出す」


 そんなバルパスに、俺はいった。


「船の中を、調べても?」

「ああ、もちろんだ! 時間もないし、さっさといこう!」


 バルパスは快諾すると、俺たちを戦列艦に導いた。


 甲板へ上がると、たしかに大量の負傷者がいた。中には手足を失った者もおり、甲板には生々しい血の跡が残っていた。


 アリエスがバルパスに問う。


「なるほど。激しい戦いだったと見受けられますが、いったい何と戦われたのです?」

「そりゃ、お前。これだけの戦列艦がぼろぼろになるんだ。あの有名なカミュ率いる、コルバス族の大船団に決まってるだろ。いやあ、やばかったぜ。百隻近くの船に追われるんだから」

「な、なるほど……」


 カミュたちの船団は、全滅してしまった。そして今は、西の大陸の都市アモリスに向かっている。

 この近海にいるわけがないし、海賊行為をするわけがない。


 つまり、バルパスは俺たちに嘘を吐いていることになる。


 このままそれを伝えないのもいいが……いや、そこにもうオークはいるんだ。ここで言ってしまおう。


「兄上。嘘はつかないでいただきたい」

「は、は? 嘘なんて俺は……」

「さっきのボートにもいましたが、俺たちの島にはコルバス族が住んでいます。彼らはもう海賊はやってない」

「う、嘘を吐いてるのはお前だろ? ま、まあ、魔物がいるのは気になってたよ。っていうか、もしかしてお前、海賊を支援してるんじゃ……」


 王国への叛逆行為だとでもいいたいのだろう。しかし、バルパスはそこまでいって、急に頭を下げた。


「わ、わりい、嘘を吐いたよ……コルバス族とは戦ってない。実はさっきの密命なんだが、ある人を追っていてさ」


 バルパスは仕方ないなというような顔をして、続けた。


「お前の元婚約者、バーレオン公女のレイラを知っているな?」

「ええ。もちろん」

「そのレイラ公女が、バーレオン公を逮捕したときに、公国から逃げたんだ。その行方を俺たちは追ってきて……追いついたのはいいんだが、いやあ、予想以上の戦力を持っていて、このざまよ」


 ぽりぽりと恥ずかしそうに頭を掻くバルパスだが、俺の顔を見て気が付く。


「……なんか、反応薄いな?」

「レイラは、ずっと前にこの島に来たんです。そして今は、別の場所に船を出してます」

「う、嘘だろ?」

「いえ……本当です」


 そう答えると、バルパスは「本当?」ともう一度いうので、俺は無言で頷いた。


「ま、まあ、よく考えりゃあの子、お前の元婚約者だもんなー。そりゃ、結託するよなー」


 バルパスはやってしまったといわんばかりに、目を泳がせる。


 しかし、すぐに俺に深く頭を下げた。


「悪い、今のも嘘だ!! え、えっとだな、これは……」


 必死になにか嘘を考えているのだろう。


 しかし、この船にはおかしな点が多い。

 戦闘をしたというわりには、先程アリエスが指摘したように、すっきりしすぎているのだ。


 矢などが刺さっていないし、船員が武器を用意していたようにも見えない。

 乗り込まれたりしたわけではなく、魔法かなにかで急に攻撃された可能性が高い。


 だが、なぜそれを正直にいわない? この島にきた理由を隠したいのは分かるが、戦った相手を誤魔化す必要なんてあるだろうか。


 いや、今はそんなことどうでもいい。

 

「兄上、その前に……フーレも頼めるか?」


 俺はバルパスを差し置いて、船員の負傷者に回復魔法をかけた。

 右腕が肩から切断されていて、もう顔も青ざめていたのだ。すぐに治療したかった。


 フーレも皆の治療を始めてくれたようだ。


 治療を受けた船員は、片手で俺の手を握る。


「あ、ありがとうございます……殿下」

「とりあえずは、痛みと出血を抑えた。この布じゃ傷が悪化するかもしれないし、島で包帯を巻きなおそう」

「ほんとうにありがとうございます。俺にはまだ小さな子供がいて……なんとお礼をいっていいか」


 治療を受けた船員は涙を流し、俺に深く頭を下げた。


 まだまだ、他にも治療をしないといけない者がいそうだ。


 そう思って立ち上がると、後ろから笑い声が響いた。


 その無垢な高い声に、俺は恐ろしさを感じた。

 昔、俺からあらゆるものを奪った男の声だったからだ。


 振り返ると、そこには金髪の美男子がいた。


「オレン……」

「やあ久しぶり、ヒール。しばらく見ない間に、回復魔法を使えるようになったんだね」


 オレンはにやにやと俺を見ていった。


 こいつのことは嫌い……いや、憎い。恐ろしくもある。

 でもそれ以上に、今は腹が立っている。


「……お前は回復魔法が使えるよな? なんで何もしないんだ? 皆、傷だらけなのに」

「うん? だって、僕の仕事じゃないもん。僕は、バルパスの護衛としてきただけだからねぇ。なんで僕が、放っておいても土から生えてくるような民のために汗をかく必要があるんだ?」


 オレンの紋章は【賢者】。自分は選ばれた者なのだと、昔から口にしていた。優れた紋章を持たない者は、いくらでも代わりがいると。


 すぐにでもこいつの顔を殴ってやりたかった。

 でも今は、それどころじゃない。


「アリエス! 島からボートを要請してくれ! 負傷者を指定の場所に運ばせてくれ!」

「はっ!」


 アリエスは俺に答えると、旗をぶんぶんとシェオールに向け振った。


 すると、オレンが呟く。


「せいぜい、急いでくれよ。はやくしないと、死んじゃうだろうから」

「オレン、手伝え。皆を治療しろ」

「はっ? お前ごときが、僕に命令するの? ……なっ!?」


 俺は魔力を抑えるのをやめ、オレンを睨んだ。


「早くしろ。お前は、王族なんだぞ?」

「お前……本当にヒールか? じゃあ、さっきのあの魔法は……いや、有り得ない!」


 オレンは急に、額から滝のような汗を流した。俺の魔力の量に、気が付いたのだろう。


 ただならぬ雰囲気を察したのか、バルパスがすぐにオレンの腕を掴み、叫んだ。


「オレン、言う通りにしろ! 他の元気な奴らも、ボートが来たら負傷者の下船を手伝え! いいな!」


 バルパスに引かれ、オレンは無理矢理に負傷者の前に座らされる。


 その目はずっと俺を見て、なにかをぶつぶつと唱えていた。

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