百二十五話 やってきました!!
「ふむふむ。皆、なかなか頑張り屋さんじゃのう」
エルトは魔法を練習するリエナたちを見て、呟いた。
「ああ。魔法に限らず、皆勉強熱心なんだ」
皆、もともと俺から熱心に魔法を学んでいた。
魔法だけじゃない、リエナは絶えず新しい服や料理に挑戦しているし、バリスはあの年になっても本を読み漁っている。皆、努力家なのだ。
エルトは感心したようにいった。
「じゃろうな。しかし、本当に驚いた。お主にも驚かされたが、まさかここまで魔法の才能に溢れた者たちがいるとはな」
エルトは【魔導王】の紋章を持つバリス、そしてだいだい魔法を扱えるコボルトの家庭に生まれたリルに視線を送った。
この二人は、シェオールでも特に魔法の成長が見込める者たちだ。
「バリスは【魔導王】の紋章を持っているからな。リルは、魔法が扱える珍しいコボルトの血を引いている」
「どうりで。もちろん、あのおなご二人も見事じゃが……しかし、あの者は別格じゃな」
エルトはそういって、メルを見ていた。
メルか……たしかにもともと結構な魔力をもって生まれてきたし、すぐに変身の魔法も覚えた。才能はあるのは間違いないと思うが。
でも、バリスたちを差し置いて、メルを別格とはどういうことなのだろうか。
俺はその真意を訊ねる。
「メルはそんなにすごいのか?」
「うむ。今はまだ芽が出てないようじゃが、魔力の集め方にただならぬものを感じる。お主はあの者の種族を知っておるか?」
「いや……ただの白い鳥じゃないことと、魔物だっていうのは分かっているんだが。エルトは知っているのか?」
「余も知らぬ。余も知らぬ生き物なのだ。だからこそ、底知れぬ恐ろしさというものを感じるのかもしれぬ」
……底知れぬ恐ろしさ?
こんな赤ん坊を、エルトは恐れているのか。
「考えすぎだと思うぞ。それに、メルはとってもいい子なんだから」
俺の言葉に、エルトは少し間を置いてから無言で頷いた。
なんだよ、その反応……
ただ、メルはもう変身して話せるようになっている。
色々、できることや感じることを聞くのもいいかもしれない。
「ともかくありがとうな、エルト。お前のおかげで皆、新しい魔法を覚えられるようになった」
エルトは炎魔法だけでなく、言葉が話せなくても意思を伝達できる魔法や変身魔法も教えてくれるという。
「どういたしましてなのじゃ! それより、海のほうから並々ならぬ覇気を漂わせたものが迫ってくるが、あれはこの島の者か?」
「……海? あれは」
俺は水平線のほうから、魔力の集合体のような反応を感じる。
その中にひとつ、膨大な魔力の者がいた。
「カミュが帰ってきたのか? ……お、マッパ、悪いな」
海に目を凝らしていると、マッパが隣から望遠鏡を差し出してくれた。
これはリヴァイアサンの鱗でつくられたレンズでできており、マッパが量産しているものだ。
俺とマッパは魔力のほうを、早速その望遠鏡で覗いた。
「……あれは!?」
ぼろぼろの大きな船が、ものすごい速度でこちらに向かってきている。
かろうじて残っている一本の帆柱には、旗が翻っていた。
金で縁取られた黒地の旗には、黄金に輝く太陽が描かれている。
「王国の船……」
いつかは、こんな日がくるのではと思っていた。
しかし、まさかそれが今日だとは。
俺は一瞬、焦りのようなものを感じる。
だが、こういう日がくることを想定して、今まで準備してきたんだ。
領主である俺が、慌てちゃいけない。
俺の動きを不審におもったのか、リエナたちは魔法の練習をやめ、駆け寄ってくる。
「ヒール様。いかがされました?」
「皆、聞いてくれ。王国の船がやってきた」
俺がリエナに答えると、海上の巨大マッパゴーレムも王国船に気が付いたのか、こちらに手を振った。
同時に見張り塔からは、防衛体制を取れという合図の鐘の音が響く。
王国旗の意匠は皆に伝えてあった。
だから、王国船がきたとき、すぐに防衛体制に移るよう指示を出しといたのだ。
非戦闘員は皆洞窟のほうへ、武器を持った者たちは急ぎ埠頭へと向かう。
エレヴァンが両手に斧を持ってやってきた。
「大将! ついにやつらが来たんですね?」
「ああ。間違いなく、王国の旗だ。だが、少し様子がおかしい」
「様子がおかしい?」
エレヴァンが訊ねると、俺はもう一度望遠鏡を覗き込み、船の状態を確認した。
「ぼろぼろなんだ。もうすぐにでも沈んでもおかしくない……近海の海戦で負けたか」
しかし、この近くの海で戦いが起こるとなると……海賊や魔物相手だろうか。
だが、あの船は戦列艦という、王国海軍でも最強の船。
あそこまでボロボロにされるとは……カミュとでも戦ったか。
いや、カミュならシェオールには逃げさせないだろう。
大陸のある北へと追いやるはずだ。
いずれにせよ、彼らはこのシェオールを目指している。
目的はわからないが、船の状態からすれば、まずは一刻もはやく陸地に到着したいのだろう。船の速度を見ても、それは明白だ。
そしてその速度を出しているのは、恐らく先頭にいる風魔法を扱う者だ。
エルトも真っ先に気が付くほどの魔力を持ったやつだ。
「どうやら、相当な魔法の使い手が乗っているな……」
【賢者】などの魔法に秀でた紋章を持つ者だろうか……ますます、あそこまで打ち負かされる理由が分からないな。
エレヴァンが俺に訊ねてきた。
「大将、どうしやす?」
「状態が状態だ……とても、攻撃は加えられない。埠頭近くで泊めさせ、俺がボートで中を確認してくるよ」
俺は皆に向かって続けた。
「皆は人の姿を取って、待機していてくれ。もちろん、船はいつでも攻撃できるよう、準備を頼む」
皆が頷くのを見て、俺はボートに乗り込むのだった。