百二十四話 花火を見ました!
エルトは俺たちに、炎魔法を教えてくれた。
教え方はいたって単純、まずエルトが俺たちに魔法を見せる。
「こう、バァン! という感じじゃ! やってみよ!」
エルトのふわふわとした教え方に、フーレが呟く。
「……バンとか、ゴンとか、本当にこれで覚えられるの?」
「なにをいう! 魔法は結局のところ、練習あるのみじゃぞ! さあ、つべこべ言わずやるのじゃ!」
エルトはフーレにそう声を張り上げた。
フーレは首を傾げながらも、言われた通りに海や空に手を光を放つ。しかし、あまりうまくいってないようだ。
ただ、エルトも自分の力を見せびらかしたいのではなく、魔法を扱うにはその魔法のイメージと呪文が重要というのを強調したいのだろう。
これは俺が王国で魔法を学んだときもそうだった。
王国では、イメージよりも呪文が重要視される傾向にあったが。
俺はエルトの言う通り、ともかく実践することにした。
怖いので爆発はもうすこし小規模で、少し上の空に向かって撃ってみよう。
「……ヘルエクスプロージョン!」
海へ手を向け、そう叫んでみる。
すると、俺の手から炎の玉が素早く飛んでいく。
あれ? エルトが出した時は、赤い光だったのに、もう炎になってる?
エルトがぷっと笑う。
「なんじゃ、さすがの洞窟王も余の魔法は一朝一夕では真似できないようじゃな。いいか、お主は魔力があるからもっと魔力を落ち着かせ……うん?」
突如、エルトは顔を空に向けた。
俺が魔法を放った方向だ。
「お、お主……皆、伏せよ!」
そういって、エルトは周囲にシールドを放つ。
俺もただならぬものを感じ、同様にシールドを展開する。
その次の瞬間、空が真っ黒に染められた。
それは爆発というより、筆ペンのインクが紙にぶちまけられたように、真っ黒いものだった。
その非日常的な光景に目を奪われていると、すぐに黒い粒子と爆風が拡散していく。
同様に膨大な魔力が迫ってくるのを感じた。
「うわあああああ!!」
ゴブリンたちは皆、伏せてそれを待ち構える。
だが俺とエルト、そしてリエナたちがシールドを張ってくれて事なきを得た。
「い、今のは……」
ぽかんとするリエナ。
魔物たちも目をぱちくりとさせている。
エルトが俺にいった。
「お主は、なるべく最高位魔法を使うのはやめたほうがいい。相性がよすぎるようじゃ。下手をすれば、この星を破壊してしまうじゃろう……」
「わ、分かった……」
「まずは、普通の魔法のイメージで最高位魔法を唱えてみよ。そうすれば、上手く調整できるはずじゃ……って、待て!」
俺同様、魔力を抑えきれない魔法を放つ者がいた。
それは【魔導王】の紋章を持つバリスの魔法だった。
「も、申し訳ない……ですが、どうしても試したくなりましてな……」
バリスの魔法も規模こそ小さかったが、俺同様、空を黒く染めたのだった。
その余波を防ぎ、エルトは息を整える。
「なんだか、大変なことをしてしまった気分じゃな……余は教えて大丈夫じゃったのだろうか。お主ら、悪用はくれぐれも厳禁じゃぞ」
俺たちは「はい」と頷く。
そんなエルトに、ファイアードラゴンのファルが近寄ってきた。
まだ生まれたばかりの赤ん坊……なのだが、すでに大型犬ほどのサイズに成長していた。
ファルは近しい見た目のエルトに親近感を覚えたのか、その足にすりすりと体を寄せ付ける。
「な、なんじゃ急に……余はお前のママじゃないぞ」
そういうエルトだが、まんざらでもなさそうな顔だ。
「……もう、仕方ないのう。ほら、くるのじゃ」
エルトはファルを胸に抱くと、俺に訊ねる。
「元気な子じゃな。この子の名は、なんというのじゃ?」
「ファルだ。このまえいっていた商人が、お前の故郷から持ってきた卵から生まれたんだ」
「そうか……」
商品、とはいわなかった。
だが、エルトは察したのだろう。
少し寂しそうな顔でファルを撫でる。
「よしよし、いい子じゃな……そうじゃ、こんなこともできるぞ?」
エルトはそういって手を空に掲げると、掌からぽんと赤い光を出していく。
それは天高く上がり、大きな音を立てて爆発した。
一瞬驚いたファルだが、エルトに空を見るよう促され、目を輝かせる。
爆発したのは、七色に光る火花だった。
王国では、花火として知られるものに似ている。
なにか祝い事があるときに、権力者が民のために見せるものだ。
フーレは目をきらきらさせながら、エルトに訊ねる。
「綺麗……今の、なに!?」
「ファイアーボムじゃ。本来は攻撃や威嚇用の魔法じゃが、自分のイメージで色や大きさは変えられるのじゃよ。いうなれば、ファイアーフラワーかのう」
「ええ、私もそれ覚えたい! 絶対楽しそう!」
「それには訓練あるのみじゃ。というか、最高位魔法より、こっちのほうが評判いいみたいじゃな……よし
!」
住民たちが皆、わあわあと声をあげたのを聞いて、エルトは次々と空にファイアーボムを放った。
すると、バンバンと色とりどりの花火が浮かび上がる。
それを俺たちも真似して、ちょっとした花火大会が始まるのだった。
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「船長! 三か所からの浸水を確認しました!!」
「なんとしても持たせろ!! この船は、国王陛下の覇王号であるぞ!!」
バルパスたちの乗る戦列艦では、二度の黒い爆発のせいで、地獄のような光景が広がっていた。
四本あった帆柱は、三本が折れて残すところ一本となった。
その最後の一本に残っている帆は一枚だけであり、この巨大な戦列艦を推し進めるのに十分な風力を得られていない。
そして激しい爆風は船を大きく揺らし、波は船体を大きく軋ませた。
大きな穴が三か所、小さい箇所でいえば十か所近くも浸水している。
バルパスはもはや己の力を隠す余裕もなく、その軽やかな身のこなしで自ら船の外に縄で下り、大きな浸水箇所の修理に当たっていた。
金槌の音が鳴りやむと、バルパスは甲板の船員を見上げ、叫ぶ。
「おい! こっちは大丈夫だ!」
「あ、ありがとうございます、殿下! 次は、反対のほうです! こっちは急がなくても大丈夫です!」
「分かった! 水飲んでから行く! ふう……どうして、俺がこんなことを」
まだシェオールについてすらないのに、もう身体も精神もへとへとだ。
そもそも、あの爆発がヒールたちが放っているとすれば、とても自分なんかが手に負える相手じゃない。
バルパスはこの任務を引き受けたことを、酷く後悔していた。
「はあ……断ればよかったな。こりゃ、俺も運の尽きかな」
溜息をつきながら、バルパスは縄を頼りに甲板へと上がる。
「というか、オレンのやつどこいったんだよ……うん?」
オレンは船首で、ひとり何かをぶつぶつと言っていた。
「魔法で船を進めているのか……? いや、あれは……」
遠く海上から、先程よりも小規模な魔法が上がっている。
「花火……」
バルパスは他の船員と共に、その光景に目を奪われる。
最初の爆発は偶然と感じたが、二度目三度目で自分たちへの威嚇と考えた。
しかし、バルパスはそれは違うと気が付く。
きっとなにかの催しで、あの爆発を引き起こしたのだろうと。
威嚇にしてはやりすぎだし、攻撃にしては甘すぎる。
自分たちのことは眼中にないと断じたのだ。
バルパスは近くにいた船長へいった。
「とんでもねえやつらだな……船長、本当に引き返せないのか?」
船長は首を横に振った。
「最初の爆発で、それは無理でした。今こうなっては、そもそもシェオールに到達することも……」
「ちっ……オレン! こうなったら仕方ない! 魔法で少しでも陸地に近づけてくれ! ……オレン?」
バルパスはオレンの体がぴくぴくと震えていることに気が付く。
不審に思ったバルパスはオレンのもとへ向かった。
「お、おい、オレン? どうした?」
「……あんな魔法、有り得ない……あんなの魔法じゃない。あんな魔法、あっちゃいけないんだ」
オレンは二度目の爆発で、膨大な魔力が迫るのを感じたのだ。
それは自分が今まで一度も感じたこともない──恐怖だった。
父を前にしても、自分は恐れたことはない。
自分が恐れるものなど、あってはならないのだ。
オレンは唇を強く噛むと、大きく叫んだ。
「……僕の知らない魔法なんて、あるわけがない!!」
船は急に激しい追い風に包まれる。
「お、オレン! これじゃ、船が持たねえぞ!」
バルパスはオレンの肩に手を伸ばし止めようとするが、オレンの放った風魔法によって吹き飛ばされそうになる。
しかし、バルパスも長年暗殺者をしていたことはあった。それをすっと避ける。
オレンは顔を歪め、バルパスに怒鳴り声をあげる。
「僕に指図するな!! 汚い手で、寝込みを襲うことしかできないゴミクズのくせに!!」
「て、てめえ……」
頭に血が上るのを感じるバルパス。
だが、ここで争っても船が沈むだけ。
「ちっ……おい、次の場所を案内しろ」
バルパスはこらえて、船員と共に修理に向かうのだった。
このとき、オレンの魔法とは違う、なにか別の力が船をシェオールへ押しているのだった。
それは人知れず、船体の後ろでばしゃばしゃと音を立てていた。