百二十三話 最強の炎魔法を見せてもらいました!
地上に戻ってきた俺たちは、主だった者たちを集め、さっそくエルトのことを話した。
それから今、エルトはドラゴンの姿のままで、皆に自己紹介をしている。
「ということで皆様、しばらくよろしくお願いしますのじゃ」
エルトはそういって、ぺこりと皆に頭を下げた。
円卓に座る皆も小さく頭を下げて、よろしくと応じる。
そんな中、リエナが真っ先に口を開いた。
「エルトさん、お話は聞きました。長い間、さぞお辛かっ」
「おい、お前! うちの大将に戦いを挑もうとしたのは本当か!?」
エレヴァンは、リエナの言葉を遮ってエルトを問い詰めた。
「将軍! それは別に殺し合いをしようとしたわけじゃないと」
リエナの声に、エルトが続ける。
「非礼については詫びる! じゃが、本当に殺意があったわけじゃない! 単に退屈で、手合わせしたかっただけじゃ。力で従わせて、自分の部下にしたかっただけじゃ」
「本当だろうな?」
「ほ、本当じゃ。というか、いきなりピッケルを持った怖い顔の男が現れたのじゃぞ!? 何かされると思うのが普通じゃろ!?」
エレヴァンははっとした顔をして俺を見ると、納得したように頷く。
「違いねえ……」
フーレがそれを見て呟く。
「納得しちゃうんだ……」
……エレヴァンと最初会ったとき、皆俺を怖そうにみてたもんな。俺、採掘してるときそんなに怖い顔してるかな……
すると、フーレがエルトに問う。
「ところで、エルトさんはすっごい魔法が使えるんだよね!?」
「うむ、いかにも。炎獄の魔王である余は、地上で一番の炎の使い手じゃからな。火力が違うのじゃ!」
エルトが胸を張って誇らしげに笑うと、フーレは興奮した様子で訊ねた。
「それで、その魔法……教えてくれたりする」
「もちろんじゃ。その魔法をこの島の者に教え広めるのが、ヒール……いや、ご主人様との約束じゃからのう」
エルトはそう答えると、すっと立ち上がった。
「そうじゃな。まずは手始めに、あの世界樹を焼き払って……」
「いやいやいや!! 駄目でしょ! 何考えてんの!」
フーレの声に、エルトは首を傾げる。
「ふむ? そうか。ここらへんでは、一本しか生えてないようじゃからな」
すると、バリスが不思議そうな顔をして訊ねた。
「ということは、エルト殿が地上におられたとき、このような樹は珍しくもなかったと?」
「うむ。少なくとも余の時代、余の故郷では見渡す限り生えていた」
ロイドンの話を聞いた限りでは、その故郷の世界樹は全てなくなってしまったと考えていいだろう。
リエナがエルトにいう。
「エルトさん、この樹は私たちの大事な樹です。しかも、大陸では全く生えておりません」
「ふむ、そうだったか。威力が分かりやすいと思ったが、失礼した。よく見れば、樹の上におる者もいるようじゃな」
エルトは素直にぺこりと頭を下げる。
すると、フーレが小声でいった。
「というか、このでっかい世界樹を焼き払うって、どんな魔法なんだろ……」
「お主もはやく見たいじゃろう。ならば、とりあえず海に放つとしようか」
エルトはそういって、手を何も浮かんでいない海へ向けた。
「まずは、そうじゃのう。一番威力のある、ヘルエクスプロージョンを放つとするか。船の姿や人の姿は……ないな」
確認するように海を見渡すと、エルトは叫ぶ。
「ヘルエクスプロージョン!!!!」
すると、エルトの手の平から小さな赤い光が飛び出した。
その赤い光は、残光の線を残しながらまっすぐと海へ向かっていく。
思ったより、おとなしい魔法だな。いや、まだ分からないけど。
光はやがて、目では追えないほど、遠くにいってしまった。
エレヴァンが腕を組みながらいう。
「おいおい。なにも起こらねえじゃねえか……なっ!?」
言葉の途中で、エレヴァンは驚愕する。
水平線ぎりぎりの場所から赤い光が発せられたかと思うと、すぐに巨大な爆発が起きたのだ。
「な、なんだ、ありゃあ!?」
それは世界樹どころか、シェオール全体よりも大きなものを覆うほどの爆発だった。
すぐに強烈な風と爆音が、シェオールに到達する。
それに吹き飛ばされないよう、皆その場でなんとか踏みとどまった。
エレヴァンが怒鳴る。
「おい! いくらなんでもやりすぎだ!」
「す、すまん! ちょっと、やりすぎたかのう?」
ちょっとどころじゃない。爆発こそ、島にはやってこなかったが、巨大な波がこちらによせてくる。
俺はリエナたちと一緒にシールドを展開し、その波をなんとか防ぐのだった。
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エルトがヘルエクスプロージョンを、ヒールたちにお披露目していた頃、シェオール近海に一隻の戦列艦が浮かんでいた。
戦列艦の船員たちは皆、甲板から遠くの海を見ている。それはちょうど、もう少しで見えてくるであろうシェオールのある方向だった。
「おいおい……なんだよ、あれ」
バルパスは船員たちと共に、目の前の光景に唖然としていた。
隣に立つオレンも、口を大きく開けている。
「あ、ありえない……なんだあれは」
突如、目の前で巨大な爆発が起こったのだ。それは、王都の宮殿をまるまる吹き飛ばせるほどの規模だった。
それから息を吐く暇もなく、爆音と爆風とが戦列艦に襲い掛かる。
「なぁ!? 皆、掴まれ!!」
バルパスの声と共に、船長の声やマリンベルの音が船内に響く。
しかし、強烈な爆風は、戦列艦の帆を次々と破っていく。そればかりか、先頭の帆柱がぎしぎしと音を立て、海へと倒れてしまった。
「おい、オレン! なにぼさっとしてる! 魔法で風を防げ!」
バルパスの声に、オレンははっとした顔をした。
すぐに他の魔導士と共に、風魔法を爆風に向け放つ。
「な、なんだったんだ、あれは……って、今度は波かよ!?」
バルパスが息を吐く暇もなく、船を丸呑みにしそうな高波が目の前に迫った。
「総員、衝撃に備えろ! 帆の修理は後回しだ!」
船長の声が響く中、オレンは波にむかって叫んだ。
「ちっ! エルストーム!!」
オレンの魔法は何とか波の壁に穴を開け、その間を戦列艦は通り抜ける。
しかし、完全とはいかず大量の水が戦列艦に注ぎ込んだ。
「い、今のは一体……」
バルパスは目の前にあがった煙を見上げた。
オレンは冷静な顔にもどっていう。
「そんなに驚くことないじゃないか、兄上。多分、海底火山か何かが噴火したんだよ」
だが、バルパスは頷かなかった。
噴火ならもっと前兆があっていいはず。今のは、赤い光が弾け爆発した。どうみても、魔法だと思ったのである。
まるで、誰かが近寄るなと警告してるよう……バルパスにはそう思えてならなかった。
そんな時、船長が焦った様子でバルパスのもとにやってきた。
「バルパス殿下! 大変です! 負傷者が多数! また、今の衝撃で帆柱と、船体の船首側に穴が!」
「なんだと? 直せないのか?」
「応急処置はできますが、いかんせん穴が大きく、また船体が歪んでしまい……帆柱も海中に落ちてしまい、回収が困難です」
「俺は専門家じゃないからいまいち分からない。つまるところ、航海はどれぐらい続けられそうだ?」
「シェオールまではなんとかなるかと思いますが……引き返すとなると、とても。船員の治療もしたいですし」
「そうか。くそっ……これじゃヒールに助けを請いにいくようなもんじゃねえか」
すると、オレンがいう。
「いや、兄上。むしろ好都合じゃないか?」
意外なオレンの言葉に、バルパスは首を傾げた。
「何をいってんだ? ヒールに補給なり、修理なり頭を下げることになるかもしれないんだぞ? しかも、断られでもしたら……あっ」
「そう。ヒールの性格なら、何やるか分かるだろ」
オレンの言葉に、バルパスは小声でつぶやく。
「ヒールなら、絶対見捨てない……これなら、必ず島に入れてもらえるってことか」
「そういうこと。漂流してしまってとか、なんとでも理由をつけられるだろう? それに、兄上は姿を隠す【宵闇】の持ち主なんだから」
「お前、俺の紋章を知っていたのか……」
「まあね。ともかく、これで確実に島には入れるようになった。追い返される心配もないでしょ」
「そうだな……船長、修理が完了次第、シェオールまで船を進めてくれ」
バルパスを乗せた戦列艦は、応急修理のあと、シェオールへと向かうのだった。
だがこの時、船底の樽が揺れるのに、船内の誰もが気が付けなかった。