百二十一話 知られていました!?
間抜けな表情をした赤い竜が見えると同時に、俺たちを熱波が襲った。
赤い竜の向こう側には、赤く煮えたぎる海が広がっている。
あれが話に聞いていた溶けた岩、溶岩というやつなのだろう。
その溶岩の熱が、風に乗ってこちらにやってきているのかもしれない。
赤い竜は口を開く。
「や、破った!? 余が数千年死力を尽くしても破れなかった、この壁を!? お主、何をした!?」
後ろからも同じ声が響く。こいつは分身で、目の前のこの赤い竜が地底の王なのだろう。
しかし、何も特別なことはやってないが……
いや今破ったこの壁、ただの岩壁じゃない。自動回収したものをインベントリから見てみると、封印石なるものが回収されている。
鉱石図鑑によれば、【洞窟王】以外は決して壊せぬ封印の石とあった。
なるほど、地底の王が壊せないのは、【洞窟王】の紋章がないからか。
俺はとりあえず、地底の王にピッケルを見せる。
「これで開けたんだよ」
「そ、それは?」
「ピッケルと呼ばれる採掘用の道具だよ」
「採掘……?」
「岩を崩すための道具かな」
「ぶ、武器ではないのか?」
「ああ。普通は戦いには使わない」
普通はそうだ。ただ、俺にとっては、ゴーレム相手にこれで戦ったりした武器でもある。
なので、なにも特別なものではない。いや、ミスリル製ではあるが。
「そ、そんなもので……お主、何者じゃ?」
「な、何者といわれてもな。この地上で領主を務めている者だけど」
「そんな肩書を聞いているのではない! お主の紋は何と聞いているのだ!?」
地底の王は俺の右手の甲を見て、声を上げた。
「俺の紋章か? 俺の紋章は【洞窟王】……」
「ど、洞窟王じゃと!?」
地底の王は【洞窟王】といった瞬間、すぐに溶岩へと飛び込み溶けてしまった。
後ろにいた炎の竜も消える。
溶岩自体に、魔力の反応が見える。地底の王の正体は、この溶岩というわけか。
「いきなりどうした?」
俺が問うと、やはり溶岩は口を開く。
「余を殺しに来たのじゃろう!? 余が”地底”の王を名乗ったから!」
「ま、待て! どうしてそうなる!? 俺にそんな気はない。ただ、ここに閉じ込められているっていうから、解放できないかやってみただけだ!」
俺がいうと、溶岩がぷるぷる震える。地底の王は怯えているのだろうか。
「ほ、本当か? 怒ってない?」
「俺の顔が怒っているように見えるか? というか、どうして俺が怒る必要があるんだよ」
「だって、余が勝手に”地底”の王を名乗ったから」
「【洞窟王】の俺が、縄張りを侵されたから怒るってわけか。いや、怒らないし、地底と洞窟じゃちょっと意味合いも違うだろ?」
「お、お主はそれでいいのか? ふむ。余の聞いていた【洞窟王】の評判とはだいぶ異なるな……」
「【洞窟王】の評判?」
数千年も閉じ込められたこいつが、まだ十五歳の俺の評判を知ってるとは思えない。
すると、地底の王は察したようにいう。
「む? もしやお主、代替わりした【洞窟王】か?」
「よく分からないが、俺はまだ十五年しか生きてない。お前の知ってる【洞窟王】とは違うと思う」
「そうか、そうじゃったか……ふふふ、ははははっ!!」
地底の王は笑い声と共に、溶岩を波打たせる。そして次第に、巨大な炎の竜へと姿を変えていく。
「なんという僥倖! 封印を解かれるだけでなく、かの【洞窟王】を従僕にできる機会に恵まれるとは!」
こいつ、俺と敵対するつもりか……?
ならば……
俺はすぐさま、インベントリから封印石を選択し、開けた壁を埋める。
すると、しばらくして地底の王の声が聞こえてきた。
「え? 壁が元に戻った!? ちょ、ちょっと!? え?」
俺は壁に背を向け、ボルシオンにいう。
「よおし、帰るか! ボルシオン、これでもうここは安心だな?」
「は、はい……いやはや、まさかヒール様にこのようなお力があろうとは。それに、地底の王の言葉が脅しだったとは思いもよりませんでした」
「まあ、あんな炎の竜の姿を見せられたら、誰だってやばいやつだって思うだろう。シエル、これなら制御装置も再稼働させて大丈夫だな?」
シエルは体を縦に振った。
「さっきの場所、すごい気になってたんだよな。よおし、掘るぞ!」
俺はそういって皆とここを去ろうとした。
すると、再び俺たちの前に炎の竜……地底の王が現れる。
地底の王は綺麗に体を丸め、俺たちの前に跪いた。
「ご、ごめんなさい!! 生意気なこといってごめんなさい! お願いだから、出してぐださぁいっ!!」
涙ながらに地底の王は訴える。
「悪いが、一度俺たちに弓を引こうとしたんだ。どんな危険があるかも分からない。それは無理だ」
「なんでもしますから! お願いします! 【洞窟王】の忠実な僕となりますから!」
地底の王の叫びが響く。すると、俺の頭に声が響いた。
≪テイムが可能な魔物がいます。テイムしますか?≫
どうやら、地底の王をテイムできるらしい。
かつて炎獄の魔王とか名乗っていたんじゃないのか……プライドとかないのだろうか。
魔王とは、王国の神話で魔物の頭領を指す言葉だ。神話に出てくる魔王は一時期、人間を滅亡寸前にまで追い込んだという。
数千年も閉じ込められていた魔王なら、その時代の魔王だった可能性もあり得るのだ。
「いいのか、それで……?」
「もう嫌じゃ! もう嫌なんじゃ! こんな場所で閉じ込められるのは!」
「わ、分かった……そういえば、君の名前は?」
「エルト! 炎獄の魔王エルトじゃ!」
「エルトか……分かった。俺にテイムされるなら、まあ出してもいいだろう」
俺はエルトをテイムするのだった。