百十九話 話しかけられました!
「そうすると、その地底の王は、地下都市の下の地底湖にいると」
俺が問うと、円卓の向かい側に座る心臓石のドール、ボルシオンは頷く。
ボルシオンは古い帝国人の名前のようで、このドールをもともと所有していた人物の名前らしい。
便宜的に名前があってほしいと俺たちが要望し、彼が名乗ったものだ。
シエルが俺たちのことを説明すると、完全に敵意がないことが伝わったようで、ボルシオンは丁寧な口調で俺に話をしてくれた。
ボルシオンは頷き、続けた。
「制御装置は、地底のマグマを動力源としてました。それを、地底の王は快く思わなかったのです」
「動力源がなにかは置いておくとして……制御装置を動かしたことで、また地底の王が怒ると?」
「はい、仰る通りです。彼は我らに警告しました。マグマを吸収することをやめなければ、地上を焼き尽くすと。我らは、約束を違えたことになるので、怒ってもおかしくないかと」
「なるほどな。シエル、制御装置だが今は?」
俺が訊ねると、シエルは体を縦に振った。
シエルには先程、このことをすぐに伝えた。
すると、シエルも地底の王のことは知らないとのことだった。
だが地底に眠る人々を復活させた今、制御装置をそのまま活動させる必要もない。地底の王という未知の存在を刺激するというのなら、止めたほうがいい。
そう考え、シエルは装置を一時停止させたのだ。
「もう止めているか……地底の様子も特に、今のところ問題はないようだな。ボルシオン、どう思う?」
「分かりません……溶岩を取るのをやめたとはいえ、約束を違えたのは事実ですから。ですが、何も動きがないとなると……」
「たしかに、どう思っているか分からないな。そういえば、さっきから聞いていると、地底の王は会話ができるようだな?」
「ええ、そうです。ただ、姿は分かりません。そこにいると、どこからともなく声をかけてくるのです」
「となると、誤解を解くことができるかもしれない。ボルシオン。俺を、そこまで案内してくれるか?」
「ヒール様をですか? もちろん、可能ですが……」
不安そうな顔をするのは、地底の王が人間を嫌っているということだろう。
すると、リエナが口を開く。
「ヒール様。もしものこともあります。ここは私が代表として、地底の王のもとへ赴きましょう」
「いや、姫。ワシが参りましょう。今の姫の見た目ですと、人間に間違われる可能性もある。ワシならば、そうはなりますまい」
バリスもそう名乗り出た。
すると、シエルも円卓の上に乗り、自分を指すように体を伸ばす。
「皆……いや、洞窟は俺の管轄だ。俺に任せてくれ。皆は、地上のことを頼む」
しかしと言いそうな顔のリエナとバリスだったが、これは国としての決まりごと。渋々だが、頷いた。
それに、やはり万全を期すためには、俺がいくべきだ。
魔法で身を守るのは、俺が一番できるはず。
ボルシオンがいう。
「まず、私だけが戻っては駄目でしょうか? そこでヒール様のことを伝え、話ができないか訊ねてみましょう」
「いや、地底の王が約束を破ったと怒って、君を害するかもしれない」
その言葉に、ボルシオンは驚くように一瞬動きを止めた。
「い、今なんと? ……わ、私はドールですよ? 死んだところでなにも」
「いや、この島ではドールもゴーレムも仲間だ。死なせはしない」
「ヒール様……分かりました」
ボルシオンはそういって頭を下げた。
こうして俺たちは、地底湖へと向かうことになった。
今回はボルシオンの他に、シエルと十五号が同行してくれる。あまり多数で行って、刺激したくないので、意図的にこのメンバーにした。
シエルがいうには、地下都市に転移石が貯蔵されている倉庫があるらしい。
なので、そこにはフーレたちを向かわせた。
「じゃあ、行ってくる」
俺はそう言い残して、円卓の石の前に立ち、転移を念じた。
すると体を光が包む。
やがて光が消えると、久々に洞窟然とした、暗い場所が目に入った。
俺には暗視の力があるが、今までの洞窟と比べ岩が黒いせいか、ひときわ暗く感じる。
同じく転移してきたボルシオンが、俺の前に立った。
「ヒール様。ここから少し行った場所に、地底湖があります。そこで、地底の王の声が聞けるかと」
「よし、それじゃあ案内を頼む」
「はい、お任せを」
俺はボルシオンについていく。
この場所は、何本も道が分かれているようだ。
また所々に七色に光る石が見られた。輝石ではないようだ。なんだか掘ってみたくて、すごくむずむずする……
「そういえば、ここもシエルたち古代の帝国が管理する場所だったんだよな? ここはなにをする場所だったんだ」
「ここは、隕石が落ちる直前に発見された場所です。なので、シエル様たちもあまりよく知らない場所なのです」
「へえ。とすると、この深さなら俺の知らない石も眠っているかもな」
俺は思わず、もう体の一部となったピッケルを強く握ってしまう。
いや、今は我慢するんだヒール、今は……
思えば最近、ただ掘ることを目的に掘ってなかったからなあ……
掘りたい衝動をなんとか抑えながら、俺はボルシオンのあとをついていった。
すると、向かう先に眩い光が見えてくる。どうやら、広い場所に出るようだ。
「……これは?」
出てみると、そこはとても神秘的な場所だった。
天井からは、まるで太陽のような陽が差し込み、下には広大な草原が広がっている。
そして中央には、湖が。
俺が思い描いていた地底湖とは、だいぶ様子が異なる。まるで地上にある湖のようだ。
「綺麗な場所だな……」
「……なぜ、ここに人がいるのじゃ?」
俺が呟くと、どこからともなく声が響くのだった。