百十八話 一難去ってまた一難でした!?
「さて、どうなるかな……」
俺は、制御装置をがちゃがちゃと弄るシエルを見守っていた。
これでついに、スライムと共存している魂を人間に戻すことができるのだ。
シエルは恐る恐る、がちゃんとレバーを落とした。
すると、がたがたという音が周囲から響く。
そして四方の壁が開くと、そこには人の入った箱型の水槽がいくつもある空間が。
やがてその水槽から水が引き、扉が開くと中の人々は目を覚ます。
「なんだ……うん?」
人々は目を開き、声を発した。
「これは、戻っている!?」
「俺たちの体が、元に!」
皆、水槽から出ると、手を合わせたり、抱き合ったりして喜ぶ。
シエルは制御装置を使って、俺にいった。
「ヒール様、成功しました! ……これで、私たちはついに。なんとお礼をいってよいのやら」
「いや、本当に良かったよ……だけど、スライムたちはどうなるんだ?」
「皆、今までの記憶があります。これからも変わりません」
「そうか。ともかく、良かった」
俺がいうと、フーレがシエルにいう。
「シエルさんは戻らないの?」
「え? それは……ドワーフたちのように戻れない者もおりますし、しばらくは私はこの姿のままいれればと思います。それに……いえ」
シエルはそこまで言いかけると、話を変えた。
「ともかく私は、このまま目覚めた者たちに指示を出します。ちょっと皆の様子が変です。もしかしたら、記憶に欠陥が生じているのかもしれません」
たしかに、目覚めた者たちは首を傾げたりする者も多い。
俺はシエルに頷く。
「分かった。じゃあ、彼らの指導は頼めるか?」
「お任せください。ヒール様は例の石のほうを」
「ああ、心臓石だな。任せておけ」
俺はそういって、地上へ帰ることにした。
地下都市への入り口には、ゴーレムや魔物を始めとする守備隊に警備を任せた。
また、それだけでは不安だと、フーレもしばらくはそこの警備に加わってくれるらしい。
フーレはシールド魔法が使えるので、俺としても安心だ。
まあできるだけ早く、頑丈な扉をつくったほうがよさそうだが。これはすでにマッパに頼んである。
そうして俺は地上へ戻ると、まず制御装置が直ったのを報告するため、リエナとバリスのいる世界樹の麓へと向かうことにした。
入り口から港側のほうに目を移すと、すでに建物が建ち始めている。
レイラが残した公国人の知識も借りて、人間が住むような石造りの建物をつくるらしい。
「順調だな」
今の洞窟にある部屋も悪くない。
だけど、住み慣れた地上の建物も、たまに恋しくなるものだ。
石を積むのは俺も手伝えるし、あとで参加してみるかな。
そんなことを思いながら、俺は世界樹の麓へ着く。
大理石の円卓では、リエナとバリスが地図と睨めっこしながら、何かを話していた。
「二人とも、ただいま。なにやってるんだ?」
「これは、ヒール様。今、畑をどう拡張するか、バリスと相談していたところです!」
「ここのところ、島の領民が増えましてな。喫緊の課題と位置付けております」
バリスの言う通りだと、俺は頷く。
公国人に加え、ケイブスパイダー、そして少ないがキメラも増えた。
これから目覚めた地下の人たちも加わるわけだし、畑の拡大は急務だ。
リエナが俺にいう。
「ですので、埋め立てにヒール様のお力を貸していただくことになるかもしれません」
「そうか。俺ならいつでも大丈夫だ。遠慮なくいってくれ」
「ありがとうございます! ところで、ヒール様。戻られたということは……」
「ああ。制御装置を修理して、地下に眠っていた人たちを起こすことができたよ」
「そうでしたか、おめでたい! じゃあ今日は、いっぱいご馳走をつくってお祝いですね!」
「そうだな。俺もなんか手伝うよ。ただ、その前にやりたいことがあってさ」
俺はインベントリから、歪な赤い石を円卓へ出す。
リエナとバリスはそれを不思議そうに見つめた。
バリスが言う。
「ふむ……生物の心の臓に似ておりますな」
「バリスもそう見えるか。これは心臓石っていって、偽心石が壊れたものらしい」
「ほう、ではこれもゴーレムの核だと」
「ああ……制御装置を直してる途中、この心臓石でつくられたゴーレムに襲われてな」
「とすると、ゴーレムだけは制御できてるという話だったのに、この心臓石のゴーレムは制御できてなかったと」
「その通りだ。そこで、俺はもう一度こいつに体を与えてみて、話をしてみたい。だが、襲ってくる可能性もある。二人はもしものとき、魔法で止めてくれるか?」
「かしこまりました」
リエナとバリスが頷くのを見て、俺は心臓石を再びインベントリにしまった。
そしてドールの作成をはじめる。
ここはシンプルに、琉金だけでつくってみよう。
魔法を使われたりしたらやっかいだからな。
そう念じた時、俺の前に金色の人型が現れた。
すると、驚くことに人型は「え?」と声を漏らした。
「私は……壊されたんじゃ……」
明らかに、今までの偽心石のドールとは様子が違った。
琉金でつくったドールはたしかに人間らしい仕草をみせたが、今の発言は過去の記憶があるかのようだ。
「喋れるんだな? 俺はヒール。君は?」
俺が問うと、心臓石のドールは警戒するように身を引いた。
「貴様は、さっきの!?」
「待て。俺は争うつもりはない。だが、どうしてお前は俺を襲った?」
「地下都市を守るためだ! あの機械を蘇らせれば、やつらが目覚めてしまう!」
「それは、人間たちのことか?」
「違う。私たちは人間を守るため、己に課された使命を破棄し、自らの意思で行動することにしたのだ! すべては人間を守るために!」
偽心石が壊れた、というのはゴーレムたちが己に課された命令を破り、自分から動くためだったってことか。
人間を守るため……そうか、人間は眠っていたから、新たな命令は出せなかったんだ。
「私たち」というからには、他にも仲間がいるのだろう。
「なるほど。君は制御装置の操作の仕方は?」
「操作? どういうことだ?」
「なるほど。それは知らなかったわけか。俺たちがあの装置を直したのは、人間を目覚めさせるためだ」「それは……本当か?」
「ああ。それよりも人間じゃないなら、あの装置を復活させると何が目覚めてしまうんだ?」
「恐ろしい地底の王だ。火を噴き、全てを燃やし尽くしてしまう。しかも、人を嫌っている」
「人を嫌うか……姿は?」
「分からない。見た者は、まるで炎そのものといっていた」
「詳しく聞きたいが……その前に」
俺はその話を聞いて、十五号とタランにいう。
「十五号。すぐに、シエルにこのことを伝えてくれ。タランは地下都市のケイブスパイダーやスライムたちに、地上へ避難するようにいってくれ」
十五号とタランはすぐに地下へ向かっていった。
「バリス、エレヴァンたちを呼んでくれ。すぐに防備を固めるぞ」
「はっ」
バリスはそういって、招集用の鐘のほうへ向かって行く。
「地底、の王か……」
地下は、まだまだ安全じゃないらしい。