百十三話 父と呼ばれました!!
「ううん……うん? リル?」
目が覚めると、俺の前にリルがいた。
洞窟の部屋の中なので詳しくは分からないが、通路の静かさからすると、まだ朝になってないはず。
「こんな時間にどうしたんだ、リル?」
リルは俺に外のほうを指さし、何かを伝えている。
プルプル震えてみたり、かと思えば腕を広げて鳴いてみたり……ううむ、可愛さに目がいって、さっぱり理解できないぞ、リル。
「ともかく、何かあったんだな。よし、いこう」
俺はリルの後に続き、洞窟をでていった。シエルと十五号も付いてきてくれた。
案の定、空はまだ暗い。遠くに少し朝焼けが見えるので、未明といったところだろうか。
こんな時間に、何があったのかな。
俺はそんなことを思いながら、世界樹の麓へと急いだ。
リルが入っていくのは、石造りの小屋。
この小屋は……
リルに続いて小屋に入ると、そこにはリエナとメルがいた。
「リエナ、おはよう。なるほど……」
リエナたちの前には、以前アースドラゴンの商人から買った、ドラゴンの卵があった。
この小屋は卵が孵るよう暖めるための小屋。
常時、焚火によって暖められている場所だ。
リルの仕草は、卵が震えているってことだったか。つまり、もうドラゴンたちが生まれそうということだ。
「ヒール様、おはようございます。申し訳ございません、朝早くに」
「いや、呼んでくれてありがとう。俺もこの日を楽しみにしてたよ」
小屋にある卵は、三十一個だ。
ひとつはファイアードラゴンの卵。
残りの三十個は、ワイバーンのものだ。
見ると、確かにどれも卵が揺れていた。
すぐにでも生まれてきそうだ。
中でも、一際大きいファイアードラゴンの卵の揺れ方が、激しかった。
しばらく見ていると、殻に一本のひびが入る。
見る見るうちに亀裂は広がり……ついには、ぱかっと割れた。
「ピィッ!」
「おお!」
中にいたのは、赤いドラゴンだった。
小さいながらも、はっきりとドラゴンだということがわかる。
しかし、その強そうな見た目とは裏腹に、ぷるぷると怯えていた。
リエナはそんなドラゴンを抱きかかえる。
「よしよし。大丈夫ですからね」
リエナの胸に体を寄せるドラゴン。
でも、その様子はまだ何かを恐れている様子であった。
リエナが俺にドラゴンを見せてくれるが、すぐに顔を隠してしまう。
リルとメルとは様子がちょっと違うな。内気な感じなのかもしれない。
すると、リルとメルが何やら顔を合わせ、頷いた。
そして二人とも深く目を瞑ると、手を合わせる。
「どうしたんだ、二人とも? ……っ?」
突如、リルとメルを光が覆った。
「なんの光だ!?」
魔力の反応がある。二人は、なにか魔法を使おうとしているらしい。
光はすぐに収まった。
そこにいたのは……
「ドラゴン!?」
二体の小さなドラゴンだった。今、生まれたばかりのドラゴンとうり二つの。
「リルとメル、なのか?」
俺の声に頷く、二体のドラゴン。やっぱり、リルとメルらしい。
「琉金を使ったわけじゃないよな?」
俺が訊ねると、二人は首を縦に振る。
そしてシエルのほうを指した。
「もしかして……前見つけた本。変身魔法をシエルから教えてもらっていたのか」
すると、二人はうんうんと頷いた。
「すごいじゃないか……まるで、本物みたいだぞ」
二体のドラゴンは、照れるような仕草を見せると、さっそくリエナの胸元へ向かった。
どうやら、生まれたてのドラゴンを安心させたいようだ。
ドラゴンは最初、自分と似た二人を警戒した。
だが、心を許したようで、リルとメルと腕を合わせる。
やはり、同族がいないことに不安を覚えたのかもしれないな。
ドラゴンはすぐにすやすやと寝てしまった。
「ありがとう、二人とも」
リエナはリルとメルを褒めてあげた。
そして俺に訊ねてきた。
「この子の、名前どうしましょうか?」
「名前? そうだな……リエナは、なんかないか?」
「そうですね……ファイアードラゴンですから、ファルちゃんなんてどうでしょうか?」
「おお、リルとメルの兄弟みたいだな。いいんじゃないか、ファル」
俺がそういうと、助言者の声が頭に響く。
≪命名完了。ファルをテイムしました≫
どうやら、ドラゴンも魔物に分類されるようだ。
「じゃあ、今日からこの子はファルちゃんですね! あっ」
リエナは他の卵に目を移した。
続々と卵が揺れ、ひびが入っている。
どうも、ワイバーンたちももう少しで生まれてくるようだ。
「私だけではちょっと手が回りませんね。十五号さん、調理場から少し応援を呼んできてもらってもいいですか?」
今の十五号はいつもの姿。
深々と頭を下げると、すぐに調理場へと走っていった。
「あ、お、俺も手伝うよ!」
「ひ、ヒール様もですか……そしたら、とりあえずファルちゃんをお願いします」
「お、おう。任せてくれ」
俺はリエナからファルを託され、抱いてみる。
結構重いな。この時点で、リルやメルの倍はありそうだ。
成長も早いと聞いた。すぐに、俺やタランよりも大きくなるのかもしれない。
そんなことを思っていると、リルとメルが再び目を瞑る。
そして二人はまたも、変身魔法を使ってみせた。
「こ、今度は……人、間?」
いたのは、まだ小さな子供。
ひとりは白いショートカットの女の子、もう一人は艶のある銀髪を背中まで伸ばした女の子だった。
ショートカットの女の子は、なにやら犬耳みたいなのを生やしている。
長い銀髪の子は、もふもふとした白い翼を生やしていた。
どちらも、リエナの着ているのと同じような、白い服を着ていた。
ショートカットの女の子がいう。
「あれ? メル、翼生えたままだよ?」
「うそ? ……本当だ。というか、リルちゃんも耳出てるよ?」
「ええ? あれだけ、練習したのに……」
どうやら、ショートカットの子がリル。
長い銀髪の子はメル……らしい。
「え、えっと……リルとメルなのか?」
「うん、お父さん! えへへ、すごいでしょ?」
リルはそういって、メルと一緒にふふんと腰に手をあげた。
お、お父さん……俺、もうお父さんになっちゃったの?
まあ、リルとメルは俺をそういう存在として捉えていたのだろう。
とにかく、二人の声を聞くのは初めてだし、なんだか変な気分だ。
しかし、ぼんっという音と共に、リルの後ろに見覚えのあるもふもふとした白いしっぽが出てくる。
続いて、メルも同じようにしっぽを現した
「あっ……リルちゃん、しっぽが」
「メルも出てるよ……もう、だめだめだあ」
二人はガクッと肩を落とした。
せっかくお父さんに自慢しようと思ったのに、とか声が聞こえてくる。
「ま、まあまあ、二人とも。頑張ったじゃないか。なあ、シエル?」
俺の声に、シエルはうんうんと体を縦に振る。
そして二人の裾をつんつんと引っ張り、生まれてくるワイバーンに注意を促した。
「そうだ。お母さんのお手伝いをするんだった! メル、頑張るよ!」
「うん、リルちゃん!」
二人は、子供をあやすために人間っぽい姿になったようだ。
たしかに、元の姿のままでは抱っこできない。
リルもメルも、慣れない手つきでワイバーンを抱っこする。
だが、自分たちのしっぽに興味を示すワイバーンたちに気が付いたようで、しっぽで撫でてやっていた。
「……二人とも生まれて一年も経ってないのに、魔法を覚えるなんて。うん?」
俺は胸元からの視線に気が付く。
すると、そこには涙目のファルが。
「ああ、ごめん! ファル、よしよし!」
俺も慣れないながらも、ファルの世話をしてやるのであった。