百十二話 王の手が伸びてきました!
サンファレス王国海軍の戦列艦。
その船尾にある提督室の中では、二人の王族が卓を囲んでいた。
まだ十四歳の、金髪の男の子が口を開く。
「いやあ、しかし本当にあのヒールが生きていたなんて」
この華奢な男の子は、第十八王子オレン。
ヒールの次に生まれた王子であった。
二十代の赤髪の男が答える。
「ああ、まったくすげえ生命力だぜ。聞いた時は、さすがにたまげた」
こちらは第十一王子バルパス。
顎髭とぼさぼさした髪が、見る者に粗野な印象を与える男だ。
「だよねえ。そうか、またヒールと会えるんだなぁ」
オレンは感慨深そうにいうと、バルパスに訊ねる。
「で、兄上はどうすんの?」
「どうするたって、お前。俺は親父の言う通りやるだけだ」
ビールに口をつけるバルパスに、オレンはつまらなそうにいった。
「へえ。じゃあつまり、人口を調べて、下級役人みたいに税金を定めるだけってことだ」
「おいおい、口を慎めよ。俺はお前の兄なんだ。ヒールは呼び捨てにしても、俺を馬鹿にすんのは許さねえぞ。【賢者】さん」
「別にバカはしてないよ。ただ、なんで父上は、ただの調査にわざわざ僕たちを派遣したのかなあって。王国最強の魔法使いである【賢者】の僕と、見かけによらず真面目なバルパスをね」
「さあな。俺はしっかり仕事をこなすからだろう。お前は……よくヒールにつっかかってたからか?」
「つっかかるなんて、そんな。僕は遊んでただけだよ。ヒールとおもちゃでね」
オレンはにっこりと笑うと、船室の窓から海を見た。
「聞く限りだと、またヒールは新しいおもちゃを手に入れたみたいだね。そうか、またか……また、ヒールのあの顔が見られるんだ。また、ヒールのおもちゃを……ひひっ」
ひとりでにやにやと笑うオレンに、バルパスは不気味さを感じる。
バルパスには、本当に父がオレンを遣わした理由がわからなかった。
表向き、バルパスは【神算】の紋章をもっていることになっている。算術の上達する紋章で、派手さはない。バルパスは税務担当と、宮殿で知られていた。
しかし、それは仮の姿。
実際は、【宵闇】という姿と足音を消すことができる紋章の持ち主で、王国一の暗殺者であった。
父がそんな自分を派遣した理由は理解できる。今まで暗殺と諜報を命令されて、一度もへまをしたことがない。
今回もオレンには知らされていなかったが、シェオールの全てを明らかにせよという指令を受けていた。
だが、オレンは何故……
島に侵攻するならわかる。
まだ若くサボり癖があるせいで未熟ではあるが、オレンの魔法の腕は、王国でも十本の指に入るほど。
おそらく、ヒールぐらいなら簡単に倒せるはず。
しかし、今回は調査任務なのだ。
オレンの行動は宮殿の中でも残酷で知られていた。頭に血が上りやすく、簡単に人や動物を殺めてしまう。
ある日、宮殿の庭で可愛く鳴いた小鳥がいた。
なんてことはない。小鳥がどこで鳴くのも、まったくありふれた光景である。普通の人は気にも留めないかもしれない。
だが、その小鳥の鳴き声で目覚めたオレンは、起きるなりすぐに小鳥を魔法で焼き殺した。
しかもそれでは済まず、王都中の小鳥を殺してまわったそうだ。
さすがにこの件は王国中で噂となり、王はなぜ殺したとオレンに問い詰めた。
すると、オレンは二度と自分の眠りが妨げられないようにした、と答える。
王は一言「そうか」と応じた。それでその件は終わった。
バルパスはそんなオレンを不気味で不快な男だと思っていた。
だが同時に、陰で生きる彼にとっては、どうでもいい男であったのだ。
でも、今こうして共同で任務をするにあたり、どうでもよくはなくなった。
第一印象こそ、オレンは美男子で優し気に感じられる。
しかし、普通の人ならどうでもいいようなことに腹を立てたり、後先考えず自分のやりたいことをやる性格がある。
調査という任務には、まったく向かない男なのだ。
父はなぜ、そんな自分とは真逆の男、下手をすれば戦になりかねないことをする男と一緒にしたのか。
バルパスには理解できなかった。
……まあ、ぶっ飛んでるのは、ヒールも一緒か。皇帝なんて名乗っちまうんだから、話の大きさもちげえ。
バカとはいえ、そんなことをいうようなやつじゃなかったと思うんだが、頭がいかれちまったのかもしれねえな。
それに、魔物の存在も気になる。今までにない任務になることは確実だ。
向こうじゃ自分だけが頼りだ──あの親父、こんな面倒な仕事ばっか俺に押し付けやがって。
バルパスはふうとため息をつくと、釘をさすようにいう。
「……なにするつもりか知らねえが、大人の仕事を邪魔するんじゃねえぞ。俺はな、さっさと王都に帰って、かわいい姉ちゃんと一緒に酒が飲みてえんだ。ガキはガキらしくしてろ、いいな?」
「はいはい。すぐ終わらせるよ。それでさっさと帰ろう」
オレンは卓に置いた、骨粉入りの瓶をさわさわと撫で、そういった。
戦列艦は、シェオールまであと一日のところまで迫っていた。