百九話 おっきくなっちゃいました!!
ガラスの容器が割れ、横たわるマッパの体を琉金が覆った。
マッパは衝突のせいか、気を失ってしまっているようだ。
「マッパの……おっさん」
「マッパ殿!!」
フーレとアリエスが口を抑える中、俺はマッパに駆け寄る。
「マッパ!! おい、マッパ、しっかりしろ!!」
俺はすぐに水魔法で、マッパに被さった琉金を流そうとした。
しかし、琉金はマッパに引っ付いて剥がれない。
ならばと風魔法も試すが、これも駄目だった。
シエルも予想外の事態に、焦った様子でマッパの周りできょろきょろする。
「いや、待てよ……こういうときこその、回収じゃないか」
俺は自動回収でマッパの琉金を回収しようとした。
だが、マッパは俺に手を突き出し、待てというような合図を送る。
「ま、マッパ? 大丈夫なのか?」
すると、次第にマッパの体に周囲の琉金が集まってくる。
それはやがて俺の背丈の倍はあろう、大きな人型となり……
次第に、肌色に色づいていく。
気が付けば、そこに立っていたのは巨大なマッパだった。
「ま、マッパ?」
俺が訊ねると、マッパは大きくなった自分の体を自慢するように、腕を見せつけてくる。
弛んだ二の腕がなんとも生々しい。
しかし、俺の後ろからフーレが声をあげた。
「ちょ、ちょっと!! そんなもの見せないでよ! 私はまだしも、シエルさんもいるんだよ!?」
マッパの腰蓑の中は丸見え、フーレは顔を赤らめる。
アリエスも「なんと破廉恥な……」とひとこと呟く。
シエルのほうは思考力がスライムということもあってか、それは気にならないようだ。
それよりも、マッパが琉金で巨大化したことに驚いているように見える。
マッパはフーレに謝るように小さく頭を下げると、腰蓑をぱつんぱつんの下着に変えてみせた。
マッパの下半身のボディーラインが、これでもかと強調された。
「なんか、さっきより卑猥になってるんだけど!!」
フーレが突っ込むと、マッパは「うぅん」と首を傾げた。
というか、声出せたのか……小さいけど。
もしかしたら今までも声を出してたけど、小さすぎて聞こえなかったのかな。
それでも言葉というものではない。
赤ん坊の泣き声のようなものだ。
そんなマッパに訊ねる。
「マッパそれ……自分で動かせるのか?」
マッパはうんと頷く。
「琉金は生物も使うことができるのか……これはいろいろ便利そうだな」
たとえばだが、ゴブリンたちを人の姿に見せることもできるというわけだ。
ドールを使うときにこの琉金を使うが、偽心石をすべて使っても余るかもしれない。
そうだったら、皆に琉金を使わせてもいいかもな。
「ともかく、よかった……というか、来るなら誰かにことわってくれ。さすがにここは危ないんだから」
申し訳なさそうに頭を掻くマッパは、すぐに体の色を変えてみせた。「ふぉふぉふぉ」と小さく野太い笑い声が漏れる。
……反省してるのか、反省してないのか。
「まあ、いいや。それより、どう帰るかな」
今日は偵察のつもりだった。
しかし、琉金はすぐにでも持って帰れそうである。マッパに纏っている琉金も回収できるようだ。あまりしたくないけど……
ともかく、俺が琉金を自動回収して、地上に帰ればいい。
だが、ただでは帰れそうもない。この貯蔵庫の外にはキメラの大群がいるだろう。
先程から扉が強く打たれる音が聞こえる。
「シエル、裏口みたいな場所はないか?」
俺が問うと、シエルは体を横に振った。
「正面突破しかないか……なるべく争いは避けたかったが」
俺の魔法を使えば、キメラたちも倒せる。
あまり殺したくはなかったが、仕方がないか。
しかし、アリエスがはっとした顔でいう。
「陛下、僕に策が!!」
「策?」
「はい! キメラたちを追い払い、地上まで戻る策です!」
アリエスはマッパを見て、俺たちに策を告げるのであった。
〇
シエルは扉の横の取っ手に立つと、俺に体を向けた。
俺はうんと頷き、準備万端であると伝える。
すると、シエルは扉を開いた。
同時に、俺たちが乗っている巨大な液状の物体が外にでていく。
タランがシエルを蜘蛛糸で回収するのと同時に、俺たちは再び地下都市へと這い出た。
案の定、まだキメラたちは外にいたようだ。
が、彼らは高くなっていく俺たちを見上げ、見るからに動揺した様子をみせる。
俺たちが乗っているのは、貯蔵庫中の琉金を身に纏ったマッパ。
マッパは琉金を操り、自身を巨大化したのだ。
それこそシェオール沖に浮かぶマッパゴーレムと同じぐらいの、巨大な体に。
「ふぉふぉふぉ」
巨体に似合わない、小さく不気味な笑い声をマッパは漏らす。
さすがのキメラたちも、これには蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
いや本当の蜘蛛、ケイブスパイダーたちも驚いたように逃げていく。
タランが必死に前脚を振って味方であることをアピールしてるようであるが、それでも皆、引いた様子だった。
「たっかい! ねえねえ、ヒール様! すごいよ! 地下都市が一望できる!!」
はしゃぐフーレであったが、俺のほうは高いところが苦手ということもあり、半分死んだ目をしていたと思う。
こうして俺たちは、戦うことなく地下都市の入り口へと到達するのであった。