百四話 使節を送りました!
「誰も移住したいとは思わないかもしれないけど……」
カミュは埠頭に係留された帆船の前でいった。
”人間”を増やす作戦の一環として、カミュはアモリス共和国まで船を出す。
かの地にて、移民を募るというカミュの作戦だ。
だが、シェオールは辺境の地として名高いし、アモリスは裕福な国だ。
仮にこの島についての話がベルファルトから広がっているとしても、すぐに移住したいと思う者はなかなかいないだろう。
それでもカミュたちがかの地へ船を出すのには、他に理由がある。
世界各地に亡命しているという、反王国派の公国人を呼び寄せるためだ。
レイラの書状を、アモリスを経由して各地の公国人へ送り、シェオールに移住してもらおうというのだ。
そしてもう一つ重要なこと。
外交官を任されたレイラは、さっそくアモリスを抱き込もうと考えているのだ。
共和国の総督への親書のほかに、有力な貴族たちにはちょっとした金品を送る。
レイラがいうには、商人が多い国はこういった贈り物が及ぼす影響は大きいという。
まあ、悪く言えば買収とか賄賂という言葉になるかな……
とはいえ、シェオールにとって味方の国をつくることは早急の課題だ。
アモリスが味方にならなかったとしても、王国との和平を仲介してくれるだけでも助かる。
陸軍こそ弱小のアモリスだが、海軍は王国と比べても引けを取らない。
王国とは海を隔てているので、王国の顔色を常に窺うバーレオン大陸の国よりも、シェオールの味方になりやすいともいえる。
さて、そんなアモリスで外交活動をする者だが……
「お待たせ」
カミュの隣に、着飾ったレイラがやってきた。
アモリスでの外交活動は、レイラ自身が現地で行う。
カミュの船の他に、レイラが乗ってきた公国船も同行するのだ。
公女という身分のレイラは、社交界での作法も心得ている。
会いに来てくれる貴族が少なかった俺と比べれば、遥かに貴族との会話に場馴れしており、特に心配もない。
前も言ったが、あまり感情を表に出さないので交渉上手ともいえる。
レイラはエメラルドやダイアモンドが惜しげもなく使われたネックレスを身に着けていた。
これらはシェオールの金銀宝石を使った装身具だ。
もともとレイラのドレスは質素なものであったが、これでだいぶ見違えた。
「……ちょっと、ヒール様? 私と反応が違くない?」
「あ、ああ、いや服装もばっちしだな。カミュも、似合っているよ」
俺は白い目で見てくるカミュに答えた。
カミュも今回は、貴族風のドレスと装身具を身に着けている。
もちろん、出航後はいつもの海軍士官が着る質素なコートに着替えるようだが。
どうして彼女たちがこんなに着飾っているといえば、やはり外交のためだ。
社交界ではやはり、見た目が重要になる。決して、彼女たちが贅沢して着飾りたいわけじゃ……
いや、カミュはまんざらでもなさそうだな。
やたら髪や服装を気にして、俺のほうをちらちらと見てくる。
「き、きっと、アモリスの人たちも驚くと思うぞ」
「本当に、スマートじゃないわね……まあ、そういうところがヒール様の魅力なのだけど」
カミュは呆れた顔をするも、すぐにまじめな表情となった。
「……さて、アモリス自体はまっすぐ東に向かうだけ。風もつかみやすいし、なるべく早めに戻ってくるわ。うちのオークも半数は残していくから、海軍のことでわからないことがあれば彼らに聞いて」
次に、レイラも口を開く。
「公国の人間も数名、信頼のおける者を置いていくわ。もし他に公国の人間が来ても、彼らが対応するから大丈夫」
「分かった。二人とも、悪いが……頼んだぞ」
レイラとカミュは俺の声にうんと頷くと、船へ向かった。
「じゃあ、行ってくる……ああ、そうそう」
レイラは船と埠頭を繋げる渡し板の途中で、俺に振り返る。
「リエナとカミュとも相談したことだけど、帰ってきたら式を挙げるわ。ちゃんと、準備しておいてね」
「そうそう。盛大な式になるから。食料やら楽器やらいっぱい買ってくるわ」
カミュも嬉しそうな顔で俺にいった。
……帰航式のことか。シェオールを離れるのだ。もちろん、船員たちを労ってやりたい。
それまでにいろいろ片づけたいところだな。
「状況にもよるが、たしかに盛大にやりたいな。こっちも皆で準備しておくよ」
俺がいうとレイラは冷静な顔を、カミュは笑顔を見せてから、俺に背を向けた。
こうしてシェオール初となる外交使節がアモリスに向け、出航するのであった。