百一話 皇帝になりました!!
「なるほど……すると、王国人はまず確実にこの島にやってくるということですね」
アシュトンは、ふむと腕を組んだ。
俺は世界樹の下にある円卓に皆を呼んで、今後について協議していた。
エレヴァンが立ち上がり、円卓を叩いた。
「何がやってきたって、構いやしねえ! もしどうしても大将のいうことが聞けねえっていうなら……いうなら、皆で追い払うだけだ! 何人でもかかってくりゃあいい!」
エレヴァンの声に、武闘派のアシュトンとハイネスは同調するように頷いた。
戦う、とは言わないことにエレヴァンの俺に対する気遣いが感じられた。
しかし、カミュがいう。
「そう、血気に逸りなさんな。たしかに丸腰で来るとは思えないけど、まず事情を聴きに来るのが普通だと思うわ」
カミュの言葉に、俺はうんと頷く。
「ああ。俺をまだ一応領主として扱うなら、徴税官なり監察官を送ってくるはずだ……」
「徴税……官はなんとなく分かるけど。 監察官って?」
フーレは首を傾げ、訊ねてきた。
他の者たちも、いまいちぴんとこない顔をしている。
「監察官は、その地でちゃんとした統治が行われているかを確認する仕事だよ。領主が反乱を企ててないかとか、民に圧政……無茶苦茶なことをやってないかを調べたりね」
この監察官は、王国では王族か貴族の者を選んで派遣されることとなっていた。
つまり、俺の兄弟の何者かがやってくる可能性もある、ということだ。
リエナが不安そうな顔でいった。
「帝国云々はもちろん、この島に私たち魔物がいることは、まず間違いなく咎められるでしょうね」
「ああ……」
その場では何もしなくても、王国に帰って、軍の派遣を要請してくるはずだ。
すると、フーレがこんなことを提案してきた。
「じゃあさ。そのレイラさんとか人間もやってきたわけだし、私たちみたいな人間っぽい見た目の魔物だけ地上にいれば……お父さんたちには、洞窟で隠れてもらっていて」
しかし、隣のエレヴァンがすぐに不満そうな顔をする。
「おいおい。なんで、俺たちがこそこそ隠れなきゃいけないんだよ?」
「ちょ、ちょっとだけならいいでしょ? それで戦わなくてもよくなるなら……それに、人間はヒール様の同族なんだよ?」
「そ、それは……」
フーレの言葉に、エレヴァンは何も言い返せなかった。
二人とも、俺を思ってくれているのが伝わってくる。
俺に悲しい思いはさせたくないという思いがだ……
バリスが頷く。
「ワシも一つの手だと思いますのう。洞窟の入り口を一時的に塞ぐ手もありましょう。まあ、世界樹については隠しようもありませんが……」
すると、ここまで沈黙を貫いていたレイラが口を開いた。
「気を悪くしないでほしいのだけど、ずいぶんと消極的なのね。もっと、威勢のいい者たちだと思っていたわ」
「ああ? お前、急にやってきていったい何様だ?」
エレヴァンはすかさず、レイラを睨んだ。
「私? 私はヒールの婚約者よ」
この言葉に、エレヴァンはもちろん他の魔物たちも驚いたような顔をした。
俺はすぐにレイラにいう。
「れ、レイラ! それは君の父上がとっくに解消されただろう? 俺の紋章があまりにも劣っているって」
「そんなの知らないわ。私はまだ解消するとも言ってないし、あなたからも何も聞いてない。婚約は、結婚する二人が決めることよ」
レイラの言っていることは、大陸の貴族ではありえないことだ。婚約は、結ばれる家の当主たちが決めることで、子供に決定権などあるはずもない。
しかし、レイラの考え……古い帝国では、そうあるべきと考えているのだろう。
俺たちの会話に、エレヴァンが声をあげる。
「……婚約者だと!? 馬鹿をいうな! うちの大将と結婚するのは、姫しかいねえ! 次点で、うちの娘だ! 認めねえ! 俺は絶対認めんぞ!!」
「しょ、将軍!!」「お父さん!!」
リエナとフーレは魔法で、エレヴァンの口に水を放った。
「む、むぐぅ……フーレは分かるけど、ひ、姫?」
「将軍……あまりしゃべりすぎると、喉が渇きますよ? それに今はそんなこと、全っ然、関係ないですよね?」
そう訊ねるリエナの笑顔は、どこか怖かった。
エレヴァンは無言でこくりと頷く。
それを見たリエナは、すぐにレイラに頭を下げた。
「レイラ様、お言葉を遮って申し訳ありません」
「気にしないで。それにレイラでいいわ。ヒールについては、あとで相談しましょう」
「え、あ、はい!」
レイラは皆に向けていう。
「消極的といったのを取り消すつもりはないわ。何故、自分たちがどうしたいかを捨て置いて、相手のペースに任せようとするのかしら? こういうのを、弱腰というのよ」
その言葉は、皆に投げかけられていたが、詰まるところ俺ひとりが受け入れなければいけない言葉であった。
皆は、ただ俺の今までのやり方に合わせようしてくれているだけなのだ。なるべく平和的に、争いを避けるように……
全ては、俺を悲しませないために……
レイラは強い調子で続けた。
「パッと見ただけだけど、この島は相当な戦力を有している。何を恐れる必要があるの?」
エレヴァンやアシュトン、ハイネスたちは、そんなことは分かっているという顔だ。
むしろ、そうだと同調したい気持ちでもあるだろう。
「魔物がいる島ということを隠す必要なんてない。この島は堂々とこういう島だって主張すればいい。気に入らないなんて言われたら、くそ野郎って返せばいいのよ」
多種族との共存は、レイラの野望でもある。
だから、そういう島になってほしいという彼女の強い要望でもあるだろう。
それに、レイラは間違ったことは言っていない。
「……レイラ。皆はただ、俺を思ってくれて案を出してくれただけだ。皆も、お前の意見と同じだよ」
俺はレイラにそういうと、皆にこう続けた。
「……皆、俺は何者が来ようと、皆を守るつもりだ。何と言われようが、この島は皆のもの。それを脅かすというなら、最悪戦いになっても構わない」
俺は円卓に置かれた二つの帝冠を見て、続けた。
「彼らが俺たちを否定するなら……この国は王国じゃない、俺たちの国だって、いってやる」
父がどう判断するかは分からないが、実質的な独立宣言といっていいだろう。
ならば、俺も覚悟を決めなければならない。
皆で話し合い、やっていこうというのは俺の理想でもあるし、そうしようと考えている。
だけど、それを理由に自分の責任から逃げちゃだめだ。
皆は俺を慕って、この島で暮らしている。そんな皆を俺は守るんだ。王国人の憎しみがこの島に向かうとしたら、それは俺が受け止める。
「俺は……皇帝を名乗るよ」
シェオールは帝国となった。
人間の俺を元首とする、どんな種族も自由で平等な国に。
この日、この世界では異端な国家が誕生するのであった。