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エピローグ おやすみ

すみません。最後の最後で元凶視点なので後味が全く爽やかではありませんが、まとめ感はあると思います。

 


「あのね……もう、大丈夫だよ。ありがとう、今まで色々助けてくれて」


 俺はその言葉に、にっこりと笑って返した。

 少し動揺した様子を見せた彼女が、ほんのり頬を染めて瞳を逸らす。


「……あの、ごめんね、失礼だとは分かってるんだけど……反仲くんといると、心配されちゃうから……」

「そうだよね。雛目さん、真倉と付き合い始めたんだっけ」


 俺の言葉に、ますます顔を赤らめて俯く。

 どの道、これ(・・)は用済みだった。

 そもそもこんな遊びを考えたせいであの子を失ったし、失いかけたんだ。それほど執着したい遊びでもない。


「お幸せに」


 大して思ってもいない台詞を発して、俺はにこやかに笑った。





 教室に戻った途端、強い視線が突き刺さった。どろりとした、この上なく醜く甘美な視線だ。

 俺はその視線をくれた愛しい恋人の方へ歩みを進める。


「……何、話してたの」


 拗ねたような口調。寝起きの頭が働いていない時にしか見られなかった彼女の黒い部分は、もう俺に隠されなくなった。


「真倉に誤解されたくないから、近づかないで……みたいなことかな?」


 わざと嫌な伝え方をすると、果たして、目の前にある可愛い顔がぐしゃりと歪んだ。


「何それ、自意識過剰……まさくんが優しくしてくれるからって……勘違い女……」


 口汚く罵る姿に、ぞくりと震えた。

 いつもは明るく振る舞う彼女が、俺のためにこんなにも醜くなる。

 良くない癖だとは分かっていても、俺は『以前』からこれがやめられなかった。






 物語で例えるならば、俺は所謂、魔王のような存在だった。実際、人間からはそう呼ばれていたし、そうなのだろう。

 もっとも、それはただの便宜的な名称であって、物語のように世界を滅ぼす唯一の存在であるわけでもない。以前の俺のような人間を害する強大な存在は多くいたし、魔物と人間がお互いに固まって戦争をしていたわけでもなかった。

 今で言う、宇宙に住むから『宇宙人』、池に棲むから『池の主』といった呼び方と同じで、人間側が勝手につけた適当な分類だ。


 魔王と呼ばれるものの中にはそういった雑な分類を嫌っているものもいたが、俺は特にこだわりも興味もなかったからそのままにしておいた。

 暇つぶしに魔物や人間を殺したり操ったりしつつ、廃城を住処とし王のような態度でいたから、まぁそれなりにその名は当たっていたのだろう。


 正直、以前の俺はその生の半分以上を無為に過ごしていた。永い生の割に楽しみも喜びも一過性のものしかなく、悲しみや怒りなんて抱けるほど大切なものもなかった。

 本当に無駄な生だった。それに意味が出来たのは、その長さからみればほんの僅かな時間、幕を閉じる直前のことだ。



 彼女は、とても無垢な命だった。

 容姿の美醜も、性格の良し悪しも、生きていても死んでいてもどうでも良かったかつての自分が、何故か初めて強烈に惹かれた存在。


 彼女は、光でも闇でもなかった。どちらにでも染まり得るその魂は真っ黒な自分をあっさりと引き寄せた。何とも比較できず、何にも分類できない彼女は、自分にとってはただ、彼女でしかなかった。


 その瞬間から、すぐに彼女を染める作業に移った。闇に、陰鬱に、残虐に、歓びを感じることを覚えさせた。清らかなものを嫌悪するよう教え込んだ。柔らかでまっさらな彼女は簡単に転がり堕ちてきた。


 他の誰の死に悲しむことも、他の誰の与える温もりに安心することもなくなった彼女にとっても、唯一は自分になった。その歓喜は、決して絶えることも冷めることもなく心に居座った。

 あの頃の自分は、彼女をさらに堕とすことにだけ力を注いでいた。

 人の国の姫をさらうと言ったのも、その一貫だ。

 悲しげに、悔しげに唇を噛み、心を真っ黒に染めながら自分に従う彼女が、どうしようもなく愛おしかった。



 そんな過去の自分を思い出し、馬鹿だなぁと呆れる。

 嫉妬に塗れる彼女は美しい。何度でも見たい表情だと今でも思う。

 けれど、別にそれだけが彼女の全てでもないのだ。


 文字通り生まれ変わってから、俺の性格は多少変わった。

 他の男に想いを寄せる―――まあそれは勘違いではあったのだが―――彼女であっても、彼女でさえあれば良かったし、それならば彼女好みの自分になれば良いとも考えるようになった。


 他人をそれなりに気遣えるようにもなったと思う。以前とは違って同じ生き物なので、人間を見下すようなこともない。彼女にさえ手を出されなければ、人と付き合うのも割と楽しい。

 彼女が遠くを見つめるのを止めることは出来なかったけれど、中学まではそれなりに穏やかに幸せな日々を過ごしていた。



 それが、高校に入って衝撃を受けた。


 彼女を奪ったあの男も、同じように生まれ変わっていたのだ。

 以前と違って瞳の輝きもやや陰り、人を惹きつける性質もいくらか弱まっていたようだったが、確かにあれはあれ(・・)だった。


 彼女は気づいていないようだが、この世界にも魔力はある。

 そう確信しなければ発現しない上、最早価値観として疑う心が備わっている現代では気付くものも少ないようだが、魔法と呼ばれる力のようなものは使えるのだ。

 だから、俺には彼女の魂の色が見えたし、あれ(・・)のものも同じだった。



 彼女は、最後の最後で光に寄っていった。

 染めきれなかった無垢な部分が光に惹かれてしまったのだろう。

 そう勘違いしていた俺は、あれ(・・)を再び見つけた瞬間世界の色が反転するのを感じた。


 俺は、あえてあれ(・・)―――真倉に近づいた。

 そのままにしておけば、彼の求心力が自分を上回ることは確実だ。だから、親切を装ってそれとなく孤立させた。


 彼は、俺たちの以前の姿に気づいているようだった。

 それでも指摘しないのは、記憶を持っているのかどうか確信が持てないためだろう。

 お人好しな彼は隙さえ見せなければ簡単に俺を信じる。


 それなりに話すようになった二人を仲違いさせるには。彼女の意識をあれ(・・)から引き剥がすには。

 その方法をずっと考えていた。そして、転入生が来たのだ。


 俺はその瞬間をはっきり見た。

 あの男の視線がその転入生に絡まり、強い色を宿す瞬間を。

 その転入生が以前攫った姫だということはすぐに分かった。


 それなりに人を人と思えるようになった俺だったが、過去と重なる魂をもつその二人のことは、正直駒としか見れなかった。

 以前の記憶が強く出てしまって、俺たちのために彼らを利用するということになんの罪悪感も抱けなかった。



 そうして、彼らを使って李里菜を傷つけ、それを慰めようという、他愛ない遊びを思いついたのだ。

 孤立、孤独、寂しさ。それがどれだけ支えを求めさせるかということは、俺が一番良く知っていた。


 別に彼らにとっても不利益はないだろう。李里菜は可哀想だけど、その分たっぷり愛せばいい。


 手始めに、俺は転入生に近づいた。


 



 けれど、そのくだらない企みは始める前に終わった。


 屋上にひとり立つ李里菜を見て、どうしても耐えられなくなってしまったのだ。

 彼らとは関係のないところで、俺に心を閉ざそうとしている彼女に、必死で縋った。

 形振り構っていられなかった。計画もなにもかもが吹き飛んだ。



 それでも―――彼女は逃げた。


 その時の俺の気持ちは、正直なんと表して良いのか分からなかった。

 怒り、諦念、絶望、執着……まとめて、愛情と呼んでしまっても良いかもしれない。少なくとも、俺にとってはその全てが同義語だった。



 魔力で心を縛って仕舞えば良い。

 以前の俺ですらしなかったことだ。


 まあ、以前は命の恩人という始まりだったから、そうする必要がなかっただけだけれど。


 俺は変わった。李里菜を黒く染めることも好きだが、同時に明るく笑う姿だって好きだった。彼女を尊重しようと思っていた。


 けれど、俺から逃げるのなら、話は全く変わってくる。


 ふつふつと煮える自分でも把握しきれない思いを抱えて教室に戻ると、例の転入生が焦った様子で俺に話しかけてきた。



 李里菜が、倒れた。


 ああ、やっぱり俺はまだ魔王なのかもしれない。

 保健室で眠る李里菜に対して、絶好の機会だと思ったのだ。


 あの時、彼女に付き添っていたらしいあれ(・・)に会わなかったのは正解だった。


 頭のどこかが破綻していたあの時に出くわしていたら、ほぼ間違いなく殺していた。


 そして、奇跡的に俺が彼女に最後の話し合いの機会を与えるくらいの理性があったことは、お互いにとって幸運なことだったと今では思う。





 今に至るまでを思い返しながら、李里菜に笑いかける。


「そんなに心配しなくても、俺は以前ほど気まぐれじゃないよ。余所見なんてしない」

「…………ふうん」


 李里菜は拗ねるそぶりを続けていたが、ほんの少しほっとしたように頬を緩めた。

 本当に俺は馬鹿だったと思う。

 よく観察すれば、彼女はこんなに俺を想っていてくれていることがすぐにわかるのに。

 素直だったリーリアに慣れすぎて、ある意味では甘え過ぎていたのかもしれない。



「おーい真倉ー。ちょっと、あれ届かないんだけど」

「チッ……便利屋扱いかよ……」

「真倉、雛目さんが……」

「なんだ」

「ちょお真倉!?こっち見捨てるな!」



 クラスのざわめきの隙間に、あれの……真倉(・・)の声が聞こえた。


 俺が何もしなければ、彼がクラスに馴染むことなどほんの瞬きの間に済む。


 李里菜がそっと、彼女の机の上に置いていた俺の手を握った。


 それを握り返して、この平和で暖かい日々とあの頃の自分の孤独を思って目を閉じる。


 ―――皆、幸せになればいい。

 久々に、本心からそう思う。


 彼女の手の温もりをいつまでも感じていられるのなら、それで良い。

 目覚めていた『以前』の自分がそっと目を閉じていくのを、心の隅で確かに感じていた。





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