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初めての・・・

 さっきから無言で二人歩いている。


 ボーリング場を出てから、佐伯君は急に無口になった。

 いつも落ち着いている佐伯君だけど、この沈黙は今、私には重かった。


 佐伯君、何考えてるの?

 そして、あの男の人が言ったこと……。

 私は佐伯君にとって何なんだろう。

 

「蒼井」


 急に彼は、歩を止めた。


 え……?!


 佐伯君は私の方に向き直った。

 その綺麗なアーモンドシェイプの瞳で私を見つめる。

 私の頭上から彼のマジな視線が降ってくる。


 そして、佐伯君は歩道のショーウインドウに私を追い詰めるように私に覆い被さったのだ!


 え、え……?! 


 佐伯君の麗しい顔がこれ以上はない程ドアップで私に迫ってくる!

 彼の長い右手の肘から上が、私の左頬のすぐ側にあった。


「さえ、佐伯く、ん……」


 ショーウィンドウのガラスが、薄い夏物のカーデ越しの背に冷たい。

 流行りの服を着たマネキンが、ガラスの向こうから私達を見つめている。


 こんな少女漫画みたいなシチュが、私の目の前で展開されているなんて……!

 やっているのが佐伯君だからこそ絵になりすぎて、私は夢を見ているような、信じられない想いで……。


「あいつの言ったこと、気になるか?」

 しかし、佐伯君はいつものクールなまなざしで、そう呟いた。


 ”フラレタ” ”告った()” ”絵璃”…… 


 私の頭の中に、さっきからずっと頭の中でぐるぐるまわっていた言葉の断片が一挙に吹き出してきた。


「気にしてないよ」

 精一杯の笑顔でそう答えた。


「蒼井、嘘つくの。下手だな」


 佐伯君のそのたった一言で、私の瞳からは涙が溢れ出していた。


 そして彼は、賑やかな繁華街の往来の中だというのに、その大きな暖かい両腕で私を抱き締めたのだ。 


「気にするな、って言う方が無理だよな」

 彼の言葉は優しかった。

 けれど、何をどう言われても涙が流れるのを止めることができない。


「俺は、好きだよ。……蒼井のこと」


 え?!


 心臓が爆発しそうだった。


「あの校舎裏の捨て猫に餌、やってた頃から」


 それは、高等部二年に上がった四月になって間もない頃のこと。

 学内の校舎裏側で捨て猫の親子がミューミュー泣いていたのを見つけて、どうしても放っておけず、密かにミルクや餌を遣っていたあの頃。

 ある放課後。

 子猫を抱いたままいつのまにか眠っていた私の目の前に、佐伯君の顔があった……

 それが私と佐伯君との「出逢い」。

 それから時折、二人だけで餌を遣るようになったあの出来事──────── 


「俺、うんざりだよ」

 佐伯君が突如、語り始めた。

「成績がトップだからって特別扱いする教師や、猫撫で声で寄ってくる女子。俺のほんの表面しか見てない奴ら」

 嫌気がさしているというような彼の声。


「でも……蒼井だけが違ってた」


 どういうこと? 佐伯君。


「猫のことだけ考えて、一緒に餌をやってるだけで楽しかった」

「違うわ……。佐伯君」


 私は意外にも冷静な声だった。


「私だって他の女の子と同じ。佐伯君のこと特別視してた。だって佐伯君、すごいかっこよくて。その上、成績優秀、スポーツ万能。そんな佐伯君と一緒に、猫たちに餌を遣ってる時は夢のようだった。……ただ、私には自信がなかっただけ。だから、私だって……」


「もういいよ。蒼井。何言いたいかはわかる。それでも、俺……」


 私の瞳を見つめ、これ以上ない真摯な声で、


「俺。蒼井のことが好き、なんだ」


 依然、私の顔に本当に触れそうな至近距離で佐伯君が、確かにそう呟いたのだ。


「蒼井は俺のこと……嫌い?」

「嫌いなわけない! 今、こうしてるだけでも信じられない」


 私の声が掠れて、震えている。


「私だって、佐伯君のこと……」


 けれどもう、それ以上は言葉にならない。

 佐伯君はその顔を更に寄せ、そして私の口唇をそっと、塞いだから。



  ──────────────・・・ 



 でも。


 いつの間にかまた、私は泣き出していた。

 わけのわからぬ涙で彼のシャツを濡らす。


「蒼井……」


 佐伯君がいつもの彼らしからず、戸惑っている。


「何で泣く」

 低い、綺麗なテノールの彼の声を聴きながら、

「だ、だって」

 私はまだ泣きべそをかいていた。


「は、初めて。の。……だったんだよ」


 何故かどうしても「キス」という単語が言えない。


「そうか」

 彼は呟いた。

「俺は。正直に言う。初めてじゃない、けど」


 瞬間、ずくん!と胸が痛んだ。


「でも、嬉しかったよ。蒼井とのキス」


 そう言うと、佐伯君は再び強く私を抱き締めた。


「佐伯君……みんな、見てる……」

 道行く人が時々、好奇な視線で私たちを見ながら通り過ぎていく。

「構わないさ」

 どこまでも佐伯君の言葉は優しかった。


 そんな彼の言動を不可思議にすら感じながら、でも、心の奥底でそして躰で、ただ抱き締められるままにその温かみを感じている自分が居た。



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