大切な一日
今日はとても大切な一日。
だって、佐伯翔くんとデートの日!
デート……デート、なのよね。多分、きっと。
佐伯君……「聖汐学院高校」のクラスメート。
彼は、全校中から注目の的の二年生。
身長182センチの細身の長身で、切れ長の瞳のクールな顔立ち。成績は学年トップ。運動神経もいい。
柔らかい茶色の猫毛の髪は、いつもきらきらと陽の光を反射していて……
そんな彼とデートなんて、イマイチ自分でも信じられない。
でも、現にこうやってお洒落して、待ち合わせの場所「港本町の交差点前」に既に立っている。
お洒落と言えば、本気で気合いをいれてきたつもり。
服は、五月に入った初夏らしく、セルリアンブルのキャミソールに同色の七分袖のカーデを羽織り、ふをわりジョーゼット風のオフホワイトのロングスカートを履いている。
首には草木柄のガーゼ素材のストールを巻いて、足下は5㎝ヒールの白いミュールに濃淡二色遣いの水色のペディキュア。
軽い麻素材のネイビーのマリン帽を被り、アクセは、左手中指にお気に入りの凝った細工のここ一番のシルバーのリングをはめて、耳元には丸いイヤリング。
そして口唇には、ちょっとだけ背伸びした艶やかなローズのリップステイックが、透明のグロスに彩られ鮮やかに色づいている。
ああ、佐伯君の気に入ってくれるといいな。
待ち合わせの時刻まであと約5分。
もう心臓がパンクしそう……
その時だった。
「彼女」
後ろから突然、声をかけられたのだ。
やだ、佐伯君じゃない……。
パーマ頭にサングラス姿の男の人が、目の前に立っている。
だらしなく履いたおよそ似合わないローライズのパンツに、よれよれの赤い開襟シャツの胸元には、いかにも安っぽいゴールドめっきのアクセをじゃらじゃら下品に下げている。
男はにやにや気持ち悪く笑いながら言った。
「どう? 俺とお茶しない?」
「は、離してください!」
男が、私の左腕を掴んできたのだ。
「ほらあ、行こうよ」
そのまま拉致せんばかりに、私の腕を引っ張る。
やだ! 助けて。
佐伯君!!
「離せよ」
「佐伯君!」
目の前にまさしく、とんでもなく脚の長い黒いスキニーパンツに、モノトーンのシンプルなストライプ柄の長袖シャツ姿の佐伯君が立っていた。
「ああ、なんだお前?」
「この娘、俺と先約でね」
言いながら、佐伯君は私を自分の方へと引き寄せた。
佐伯君の声は冷静で、淡々としている。
チッと男は舌打ちをし、そして、あっさりと交差点の人混みの中へ消えていった。
「悪い、蒼井。遅れて。大丈夫か……?」
佐伯君が心配げに私の顔を覗き込む。
「平気! ほら、約束の時間ぴったりよ」
私は茶色の革の腕時計を見せながら、微笑って言った。
「そうか」
佐伯君は、ほっとしたような顔をした。
けれど、なんだか私を眩しげに見つめている。
「な、何? 私どこかおかしい?」
「いや。いいな、蒼井の……私服姿」
「そ、そうかな」
「そういう可愛い感じ、蒼井によく似合ってるよ」
佐伯君はそう言って、柔らかく笑った。
そのストレートな笑顔に、キュン…となる。
「で、今日はどうする?」
「佐伯君の行きたいとこならどこでもいいわ」
「ほんとにどこでもいいの?」
「え……? どこでも……」
急にマジな瞳の佐伯君のその一言に、私は一瞬ドキリとする。
「それなら、ボーリングでもするか」
独りごちて、佐伯君は再び私の顔を見た。
「ボーリング? 私、下手なんだけど……」
「教えてやるよ」
佐伯君はそう言うと、さっさと歩き始めた。
わ、私……今、何、考えたの?!
一人、頬を赤らめながら、私は佐伯君のそのぶっきらぼうな背中を追っていた。