閑話 ビルック、豚の城で修業 1
いらしゃい!
「お早うございます!」
「お、すまんねビルック…こ、このパンは?」
「ちょうど焼きあがりました。ベーコン、野菜勝手に使わせてもらいました。」
昨日から仕込んだ自慢のパン。喜んでくれるといいなぁ。
「す、すごいわね…このパン…」
「美味しい…」
「うちで取れた小麦…味が、良いのですよ。そうだ!スープに入れて…」
「ふむ。テールスープにゆでたもの…いや、スープを吸わすのにそのままのがいいか…」
「…!そうですね。」
「後で試してみよう…って、供給は期待できるのかな?」
「そうですね…父はこの店に大いに期待…僕が言うのもおこがましいのですが…話によく出ますね。定期便ができれば大丈夫だと思いますが。」
「そうだね。輸送隊だったね。」
「はい。塩のルートはできると聞いています。」
「そう…ビルック君は手伝わないのかい?その輸送の方は?」
「はい。ぼくは”料理人”になることが夢です。父の方針で、夢を叶えるために努力を惜しむなと…環境も用意してくれています。」
「なるほどねぇ。面白い人だねぇ。」
「ん?気が付かなんだか?ミッツ殿…様は”勇者”様だぞ。我らと考え方も違う」
「「はぁ?」」
「本当?義兄さん?」
「あれだけ”無限収納”バカスカ使ってるんだぞ?」
「そういえば…」
「タレ、炭などの知識も”勇者”様の世界のものだ。」
「父は違うって言ってますが…。若い…トワ兄が、正式な?”勇者”様ですよ。」
「すげぇ…本当に居るんだ…”勇者”さま…」
「本人達は隠してるつもりなんですが…バレバレです。国もあるから、口外無用でお願いします。」
「そうなの?」
「だな。一応は国家の機密事項だろうからな。言いふらすなよ?ドリス!衛兵に捕まるぞ?」
「ひやぁ!」
ははははは。
「ビルック、特許申請…いくかね。」
「いえ。正式に父が師匠に譲渡したものですから。」
「ふむ。了解した。新しいメニューができたらだな。」
…師匠の弟のブライさんと息子のドリスさんとで、豚、牛の解体を行う…内臓は抜かれ、皮を剥がされている状態だ。
「このあたりで、育てているのですか?」
「ああ。北の方から連れてきて、ここで肥育してるようだよ。」
「豚も?」
「豚は西、鳥は、ゴルディアの近くの村からだね。」
「供給は滞りなく?」
「ああ。今のところはね。でも、だいぶ値段も上がってきてるみたいだね。ほら、店が増えてきただろう?」
「なるほど。供給が追い付かなくなりつつある…と。」
「一頭が大きいからまだいいけれどね。おっと、」
この筋…村で煮ると美味しかったな…
「すごい包丁だね」
「ええ。父から。家の食事僕が作っているので。」
ここでバラすのか…
「ここと、ここじゃ、柔らかさが違うんだよ。この繊維通りに剥がせるよ。」
丁寧に御教授頂いて牛を部位ごとに解体していく。筋をキレイに剥がして、氷室に。…面白い。うちは、アバラ、もも、足、背中だもんなぁ。
休憩後、師匠が帰宅。午後の仕込みが始まる。
先ずは”タレ”を作っていく。いつぞや父さんが持ってきてくれたものだな。父さんが言っていたな…醤油が手に入れば…さらに進化が望めると。
「さすがだな、ビルック。まったく同じもの…どうなってるんだ君の舌は。」
「すげぇ…」
「父曰く、種族特性と言いましょうか…」
「それだけじゃあるまい。あの旦那が、料理馬鹿っていうんだから…納得だわ。」”ははははは”
「タレの仕込み、終わっちまった…何か試してみるかい?」
「う~ん…白濁濃厚スープ…いや、ここじゃ作れないか…」
「なんとも美味そうだな。」
「テールスープの濃いやつ…足の骨などでスープを取るんですが…製造過程が…臭いんですよねぇ…筋の煮物…ワイン煮もいいかもしれませんね。」
「それは仕方がないな…筋肉か…」
「最初は臭いですけど、煮込めば美味しいですよ。トロトロです。」
「だな。スジは火を通すと美味い。…作ってみるか…」
大量のスジを一口大に切って、ゆでる。余分な脂と、灰汁を煮汁ごと捨て、きれいに洗い、再び茹でる。これを2~3回繰り返すのだが、今日は2回でいいな。処理がいいから。
砂糖、塩。セロリ、ニンジン、玉ねぎなんかの香味野菜、ハーブ、スパイス…トマト、蒸留酒、ワイン半量を入れて煮る。とにかく煮る。たまに様子を見ながら。その間に肉の仕込み。タンの処理なども教えてもらった。ワイン煮の仕上げ。残りのワインを投入!味を調えて…と。いよいよ開店だ!
…。
ふぅ。今日も商売大繁盛!
盛況のうちに閉店となった。肉もほとんど出てしまった。
僕の作ったワイン煮は、エール等の酒類のツマミに。こちらも好評頂いた。
「お金出すから単品でくれ!」と嬉しい声も何度か聞こえた。ふふふ。
食器を洗い、七輪の灰を集め火の始末。これで閉店。
「お疲れぇ~どうだった?」
「ドリスさん、お疲れ様です。初めてのお店勤務…少々疲れました。体力に自信はあるんですが。」
「ははは、ドリスでいいって。緊張したかもなぁ。慣れだよ慣れ。…そうだよなぁ。店で働くとかって…なかなかできないよなぁ…教会がうるさいから。」
「ええ。それに、僕は、孤児でしたし…」
「そうか…なんか悪かったね。」
「いえ、今は尊敬できる父がいますから。」
「そうだね。なんてったって”勇者”様だもんなぁ。ふふふ。」
「ええ。明日もお願いします。」
「こちらこそ!」
翌日、師匠は休んで研究の日にすると宣言したが、マーサ奥様の一言。
「予約でいっぱいよ?もちろん今日も。お休みは5日後ね。どうするの?」
「そこはブライを中心に…」
「はい?もう一回」
「…わかりました…」
うん。このお店(ご家族)も平和のようだ…。
解体は昨日終わっているので、時間に余裕はある。ワイン煮も半分残っている。一日置いた方が旨いから明日の分でも作るか…。
煮込みながら、師の研究に立ち会う。
漬けタレの工夫…今日はあえて香りの強いものを選んだようだ。僕は…辛みで行こうかな。唐辛子の粉に熱したゴマ油をかけ、ごま油のラー油を作る。温度が下がったところで、ニンニクとネギのみじん切りを加える。うぉ!辛ぁ!こいつをタレのごま油と置き換えると…うんうん。なかなか。
辛いけど…これくらいならば、肉と喧嘩しないだろう。付けタレも辛み仕様でいこう。
「ほう。良い香りだな。ちょっと、ニンニクきついか?」
「ええ。少々辛いので。量を減らしてみますね。」
「いや、これくらいでもいいと思うぞ。客の使う一味の減りも多いから、良い着眼点だな。試してみよう。」
「バラ肉がいいと思います。油の甘みと相性がいいと…」
「ごくり。美味そうだな…マジで。」
「師匠、このあたり、キノコは手に入ります?これまた炭火で焼くと大変美味なんですよ。うちのトワ兄の専門分野なんですけど。木になる手のひら位の。」
「キノコか…栽培してるやつがいたな…仕入れてみるか…おい、ブライ。ちょっと行って買ってきてくれ。」
「はい。行ってきますね」
「キノコか…」
「はい。野菜なんかも良いと言ってましたね…」
「他には?」
「ニンニクを焼くと美味しい…って…子供は食べちゃいかんっていってたなぁ。」
「ははははは。確かにうまいな…うちでも出してみるか…しかし、この香り油…良いな…壺に入れてテーブルに置くか…」
「肉焼いてみようか父さん。」
「おいおい。叔父さんがいじけるぞ。」
「そうだね。ふふふ。」
…家族…かぁ…まぁ、僕にはたくさんの、兄弟、おじさん、おばさん。沢山いる。自慢の父さんも。
「お待たせしました。栽培してるのはこれですね。ビルック君の知ってるやつかな。」
「毒はないですよね?」
「ああ。その点は問題ないそうだ。」
「シイタケに似てるかな…”灼”」
手のひらで魔法で焼く。
「すごいね…魔法使えるんだ…」
「ええ。父が料理に使うので。やっと使えるようになりました。香りはいいですね…”むぐむぐ”うん。味も濃い。炭で試してみましょう。」
「おう。試作も一緒にな。で、キノコは、塩か?」
「ですね…試してみましょう。」
…じじゅぅぅぅぅ…”
「キノコ…汁がこんなに…」
「旨いな…遠火でじっくり焼くのがいいのかもしれんな。では、青…青は万能だからなぁ。うまい。」
「赤の塩辛いのもいいですよ。」
「肉の合間に良いな…義兄さん、契約してくるか?」
「そうだな…今日、サービスで少し付けてみるか…」
「じゃ、今日の分は足りるかな。」
「塩、お客さん自身でかけてもらうというのも面白いですね…タンなんかも。」
「ふむ。テーブルに3~5種の小壺を置くと…面白いな…ふむ…ブライの店で取り入れるか?」
「良いですね…二号店とはいえ、新しい”何か”がないとね。」
「そうだな。」
「二号店…アヌヴィアトに出しません?今、父がしょっぴんぐもーる?美味しいものの店とか誘致してるんですよ。」
「アヌヴィアト?…ああ、旦那の本拠地…か。」
「はい。ヴァートリー商会と組んで何やらやってるんですよ。」
「ふむ…面白そうだな…ん?ビルックがやるんじゃないのかい?」
「僕は修業に行くことが決まってるんです。外国…のどこか…そういえば聞いてないな…試験もまだですけどね。いろんな料理、仕事が知りたいんです。獣人族の…孤児の僕にこんな機会をくれた…父に極上の一皿を出せるように。」
「そうか…精進するといい…まだまだ時間もある…」
「はい。」
「父さん、試作も焼けたよ。」
「おう。試してみよう」
”辛タレ”も好評。早速、店の…新作お試しメニューとして半額で販売。
「うぉ!…後から来るな。」「ちょうどいいな…一味かけたれ。」
「ほほ。うまいの。これくらいの刺激がええ。」「ニンニクの香りもいいな。」
「子供には早いかしら…」
などと、概ね良い反応だな。付け合わせのシイタケも、
「こういうのが欲しかったんだ。」「肉の合間に良いな!」
「キノコってこんなにおいしかったの?」
好評につき用意した分はあっという間になくなった。
皿を洗いながら、ドリス君と二人きり…
「やるなぁ、ビルック。羨ましいよ。来たばかりで…俺なんか…。これって嫉妬?」
「ははは。僕は来たばかり…だけど、数か月前、父が、ここの店のタレを分けてもらって来た日から、毎日頭の中で料理してたよ。理想の味を求めて。ドリスは実際に手が出せるんだ。僕はそっちの方が羨ましいよ。」
「そうだね…でもアイデアがすごいね。」
「焼肉って、簡単なようで難しい。肉焼いて食べるだけ。しかもタレが肉の味を消しちゃダメ…師匠のが完成形の一つだと思うよ?あとは、アレンジ…または、父さんが作っていった、レモン塩タレ?あれくらいかけ離れたものじゃないとね。」
「じゃ、リンゴから行ってみるか…」
「そういうのでいいと思うよ。最初は…でも…リンゴか…うまくいきそうだな…煮詰めたものと生の物を半々…甘い中にも酸味を…」
「…なるほど。ビルック、君は料理馬鹿っていう…家の父さんと同じ人種なんだな。」
「ん?」
「さすが、旦那の御子息だな…いや、それじゃ失礼だな。ビルック。”辛みタレ””筋のワイン煮”どれも好評だ。香り油もまだまだいじることができそうだ。ラー油だっけか。それとキノコも好評だ。季節なら、タケノコなんかも楽しいかもしれん。」
「トマトも焼いてもいいかな…焼けば甘くなるだろう?」
「面白いですね。タケノコ…いいですね。…小ぶりのものを皮を剥かずにそのまま炭火で…えぐみが出るから…朝採れの…いや、小さければ…」
「お~い。ビルックぅ~」
「はっ!ん、何?ドリス…あ…。」
「本当にうちのとうさんと一緒だな…」
あれれ。皆さんの目が…。
「こほん…で、早速、レシピ登録しておくか?」
「必要でしょうか?」
「まぁ、経験の一つと捉えればいいだろう。」
「はい」
翌日、師匠とギルドへ。
敷地の外に出るときはカイエン様が付いてきてくれる。
”辛みタレ”を登録。使用料は師匠と半々に。0でもよかったけどね。
付帯条件に、獣人入店禁止店には使用させないとした。一応、考案者の僕。獣人だし?受付のお姉さんも大いに賛同してくれた。なんでも、獣人の友人がいるんだって。いっしょに行ける店が増えるのは歓迎だって。なんか嬉しいなぁ。
店の営業をこなし。宿舎として使っている馬車へ帰る。
「おかえりなさい。ビルック様。どうです?お店は。」
「だいぶ慣れてきました。まだまだ体力付けないと。鍋だってまだ振ってないんだよ。」
「いい刺激になってるようですな。」
「はい。カイエン様にはお手数おかけします。」
「なんの。これでも楽しんでますぞ。」
「でも休憩が…」
「なぁに。たまにルカ様が顔を出してくださり、交代してくれますよ。」
「ええ?ルカ姉が?」
「はい。ちょこちょこいらしてますよ。あちこちの店にも。ビルック様も修業中は厳しいでしょうが…他店も見るといいでしょう。」
「そうしたいけど…ほら、獣人一人…ってのもね…」
「そうですな…気が付きませんでした。」
「あの町に居ると忘れちゃうよねぇ。別世界だもん。」
「そうですな…”勇者”様の元。団結してますから。」
「でも、父さんだって、トワ兄だっていずれは。次の世代の僕ら、僕たちに続く者たちにしっかり伝えていかないとね。」
「そうですな…私も、この生尽きるまで見守っていきましょう…」
ありがとうございます。
本日もお付き合いいただきありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。




