宴 3
まいど~
火の入った暖炉の前に陣取りワインを傾ける。ツマミにシンケンハム、腸詰、レバーパテと黒パンをだす。
「ふむー。こういうしがらみのない酒はいい…」
「まったくですなぁ」
「うっわ、このパテ。コクがあって…」
「騒がしいの、お主…うっほ!」
「あなた…それにしても…このハムも美味しいですわ…ブオノと違いますね…ミッツ様は大変な美食家なのですわね。」
「美食と言われると恥ずかしいのですが…美味しいものは好きですよ。」
「嫌いな方はいませんよ。もう。」
絡むなぁ、マリアさんは。悪い酒になっちゃうよ?
「奥方様の言う通り、ブオノではなくシンケン工房の逸品です。”美食勇者ブルスト”直系のハムですよ。」
「まぁ!あなた聞いていまして?」
「うむ…この足で寄ってみようかの」
「ふぅ…美食と言うだけで、シーサーペントのような高級食材そうそう食べられないわよ。素材含めて…」
「何もシーサーペントだけじゃないですよ?野営で食べる仕留めた猪の焼き物、林で捕ったキノコの焼き物、魚の干物のあぶったもの、小川の沢蟹、山野草…美味しいものはいくらでも。」
「そういうものでしょうか?あなた、解ります?」
「さて、だが言わんとすることは解る。もちろん作り手のこだわり、料理人の腕、食材のそのものの素晴らしさ。感じ入るところは幾らでもあるだろう。」
「ええ。それに高価、価値とは人の基準。全ての食材に上下なんか無いですよ。」
「ふふ、耳が痛いなぁ。ハレル。私達、貴族、貴族とのたまって…高価なだけで、美味くもないものを珍重する。滑稽だよね。」
アヴァロン様の一言。
「…そういうものでは?」
「ハレル殿、その方はまだ若い。じじぃの真似して損をすることないぞ。何も食事についてだけじゃぁない。」
「…肝に銘じます」
「それにしてもミッツ殿、長距離の移動と聞いているが、あの小さいお子たちは?」
「ええ、今回の道中で迎えました。ミミルについてはこの町で。仔細はハレル様方も存じております。」
「ああ。未だにあのような考えの者が良いるとは。」
伯爵がザっと経緯を説明する。
「ふむ。孤児問題、それに人族至上主義…か…だがある意味しょうがないのだ。王族にもいる。そういう文化を重ねてきたのだからの。」
「ええ。まだこの国なんて天国ですよ。ノリナでさえ平気で排斥しています。多くの獣人は人権すらありません。帝国はまだましと聞きます。聖王国なんぞは…最たるものでしょうね。」
「ああ、あの国はな…人族至上主義発祥の地だからな。我が国にも教会自体はある。それだけ浸透しているということだ。もっとも獣王国と接しているから表向き差別は無いがな…」
「なぜそんなに頑ななのでしょう?」
「奥…それはな、獣人たちに我らは太刀打ちできないからだ。もちろん、魔族にもな。それだけじゃぁない。獣、魔物すら勝てぬわ。」
流石と賛辞を贈ろうか。この考えを持った人族がいようとは。いや、思ってても、貴族の、公爵が口にするとは驚きだ。
「お言葉ですが…そんなことは…」
少々不満顔のハレル伯爵やはり、しょうがない点だな。
「流石公爵様ですね」
アヴァロン様も頷いている。
「ミッツ殿まで?」
「ふむ。ハレル殿、ミッツ殿のお子の、ユキヒョウ族の青年…いや、獅子族の子にも貴殿じゃ勝てぬぞ。一刀のもとに斬り伏せられるわ。」
「まさか…」
「ほんとうですよ。今日食したシーサーペント、ハセルが一刀両断にしたものです。」
「…なんと、そこまでか。見誤ったわ。」
「本当に…」
「ええ。公爵様の言う通り、種族の豊富さ…多様性にあります。それぞれの分野で特出した才を発揮します。獅子人族、熊人族などは戦闘力、狐人族、狸人族などは商才、手先の器用な鼬人族…など。人族でもそれ相応の才の者もいますが…かないませんね。勝っているのは”数”だけでしょうか?」
「”姑息さ”もだ。悪知恵はよう働くわ。」
「公爵…」
「獣人族は縄張り意識が強く、でてこん。強者信仰なので一回征服、すり込めば下における…最も団結されんようにせぬといかんが。これも種族の壁がある。それを利用しとるのが教会の手法だな。姑息以外なかろうが。」
「ええ。魔族自体は数も少なくこちらに関心なし。だが、アホが金や名誉欲しさにちょっかいだして無駄に犠牲を出している…嘆かわしいことです。」
「…話を聞いてる限り…我らは…」
「一番弱い存在だの。のぉ。ミッツ様。」
「ええ。教会が崩れれば案外あっけなくひっくり返るかもしれませんね。魔族の本格的な侵攻があっても持たないでしょうね。獣王国の侵攻すら止められないでしょう。獣王国も安定して人口も増えてるようですし。」
「ふむ。その情報は聞いておる。溢れるには何年かかろうか。」
「か、かの国には、も、森があるではないですか?」
「ハレル殿、そなた、森を切り開くのと、生産が見込める平地が楽に奪えるとすれば、どっちに行く?」
「そう。しかも”奴隷”という労働者がもれなく付いてくるんだよ。」
アヴァロン様の補足…奴隷って…
”ゴクリ…”
息を呑むハレル殿。まさか、ここ迄、人族批判の声が上がるとは思っていなかっただろう。
「そういうことじゃ。恫喝しかできない我々じゃ勝てぬな。」
「し、しかし、数で囲めば…」
「そうだな。それしか手が無い。ただし、獣王国も戦も無く人口が増え、力を貯めておる。半面、我ら人族は、団結も出来ず、かの国が人族圏を無駄にかき混ぜておる。
聖王国も乗り出して周辺国への工作も行われてると聞く。それに、教会の抑止力の”最高戦力”も無くなったでの。」
意味深にこちらに視線を向ける。先の”様”付けも併せて…バレてんな。
「そうですね。ノリナでも”悪魔召喚”が行われたとか、なんとか…」
「!ミッツ殿!教会は悪魔の宿敵ですぞ!そのようなことは。」
「無いと…?ふむ。我が国でも200年前に悪魔が暴れ、甚大な被害があったことは知っておろう?」
「はい?」
「その時、ここら周辺の国家でも悪魔が現れたのだ。」
「記録にはありませんが…」
「被害が出る前に討伐されたからだろうて。」
「何の関係が?」
「当時の周辺国は団結し、教会を弾劾したそうだ。かの国への”勇者援助献金”と”その勇者の素行”を巡ってな…教会認定の勇者だ。文句も出ようが」
「まさか…」
「その時、手をあげた国の首都に悪魔が現れたそうだ。時期を合わせるようにな。この国と、エルフの国は盟主だった故、強力な個体が現われたのだ…エルフの方は多くの魔法騎士が居るから良いが…我が国は散々だったようだな。対抗手段がない…その後、大きな顔で教会の司教が来て祓っていったそうだ。当時は連絡網も無く…教会の株が上がり、逆に我が国の王族の力が削がれることとなった。」
「自作自演ではないか!」
「それ以下だろうが。理不尽な恫喝、恐喝と言ってもいい。悪魔をけしかけて、言うことを聞かねば滅びろ!ってんだろ?」
「その若者…トワ君といったか、彼の言う通りだ。当時はすっかり信じたようだな。」
「そう…その召喚陣は神聖帝国の大都市…今で言う、小国群の首都や大きな街に存在する。」
「然り!よくぞ調べられた。ミッツ様」
「な、なんと…それでは…」
「そう、彼らは、反対勢力の台頭に合わせ、都合よく召喚陣を使い、討伐することで支持を得る。また反対勢力の主要人物も口封じでき、都合のいい領主に挿げ替える。」
「そんなに都合よく…失敗したら…」
「そう…それが消えた都ですよ。」
「流石、ミッツ様…かの地は呼びだした悪魔が強力過ぎ、制御を外れたのか、ただ、失敗したのか…国一つ飲まれてしまった。」
「…害悪でしかないではないか…」
「いや、小心故の過剰防衛。地位の確保に尽力しての結果であろう。実際、この世界、聖王国とその教義で動いておるわ。」
「…」
「そうですね。最初は本当に”神”の加護もあったのでしょう。信者たちの精神、心を縛ってますので、”生贄”に事欠かないのも厄介なところですね。狂信者には”神のために死ね!”といえば喜んで死ぬ、極端な話、何十人攫って殺せと言えば、普通のご婦人が殺人鬼に変わる。また、孤児院と言いつつ、”生贄”の養殖場と化してるところもある。」
「そ、そんなこと…」
「…奥よ…信じがたいが事実だ。そういった古い記述が教会より見つかったこともある。今後は施しの時など注意してみてみるが良いぞ」
「ええ…解りましたわ…」
本日もお付き合いいただきありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。




