第29話 クレナVS妖怪 食べ物の恨みは恐ろしい。の話
26/06/27 改稿済
「ご主人様!!! 手出しは無用です!!!」
そう言ってクレナは両腕の形状を刃へと変え、妖怪を鋭く睨みつける。
俺はクレナに言われた通り、岩陰へ身を潜めた。
「あまり無理するなよー!」
しかし相手は余裕があるのか、鼻をフンッと鳴らすと、片方の前足で手招きをした。
まるで――「かかって来い」と言わんばかりの挑発。
その仕草を見た瞬間、クレナの怒りのボルテージが一気に跳ね上がる。
ドッ!!!
膨大な魔力が噴き上がり、両腕の刃がさらに鋭く研ぎ澄まされていく。
食べ物の恨みは恐ろしい。
「この! メス妖怪め!!! 私を誰だと思って!!」
メスだったの!?
というか、よくメスだと分かったな!?
あんなごつい見た目してるのに……。
クレナは妖怪へ向かって凄まじい速度で突進する。
迎え撃つように、妖怪は蒼い炎のブレスを吐き放った。
ゴォォォォォォォッ!!!
蒼炎が一直線に森を焼き払いながら迫る。
「こんなもの!!!!!」
クレナはその奔流をものともせず、腕の刃で炎を真っ二つに切り裂いた。
左右へ割れた蒼炎が背後の木々を焼き尽くしていく。
その勢いのまま妖怪へ肉薄し、連撃を叩き込もうと腕を振るう。
だが――。
ガギィィィンッ!!!
蛇のようにしなる尾が割って入り、硬い鱗が刃を真正面から受け止めた。
「なっ!?」
次の瞬間だった。
蛇の尾が生き物のようにうねり、クレナの腕へ絡み付く。
「しまっ――!」
妖怪はそのまま大きく跳躍すると、クレナを振り回しながら地面へ叩きつけた。
ドゴォォォンッ!!!
岩盤が砕け、小さなクレーターが生まれる。
「カハッ……!?」
「シャアアアアアアアアアッ!!!」
妖怪はさらに空中へ舞い上がる。
巨大な身体を縦に回転させながら急降下。
蛇の尾が大きく円を描き、音速を超える勢いで振り抜かれる。
メリッ――。
嫌な音が響いた。
直後。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
尾撃がクレナを地面ごと叩き潰す。
衝撃波が周囲へ爆ぜ、土砂と岩石が爆発した。
森が揺れる。
舞い上がった砂煙が視界を覆い、クレーターだけが戦いの凄まじさを物語っていた。
「ク、クレナ!?」
妖怪は鼻で笑うようにクレナを見下ろしていた。
だが、蛇の尾に微かな動きが走る。
その隙間から見えたのは――。
両腕を交差させ、どうにか一撃を受け止めているクレナの姿だった。
「クレナ!!大丈夫か!?」
俺が思わず叫ぶと、クレナは俺の声に反応したようにこちらを振り向く。
「ご主人様!大丈夫です!このメス妖怪は私に任せてください!」
目の前には地面を抉るほどの惨状が広がっている。
それなのに、その声だけはいつも通り明るかった。
……なんとも頼もしい。
まぁ、今の俺が飛び込んだところで、勝てるかどうかも分からないからな……。
妖怪はクレナへ視線を向けると、大きく口を開いた。
喉の奥で蒼い炎が渦を巻き始める。
再びブレスを放とうとした――その瞬間。
「遅い!!」
クレナの姿が掻き消えた。
妖怪の瞳がわずかに揺れる。
もう目の前にはいない。
次の瞬間、その小さな身体は妖怪の懐へ潜り込んでいた。
「せぇぇぇぇぇぇいッ!!!」
身体を大きく一回転させ、その勢いを乗せた渾身のジャンプアッパー。
狙いは――顎。
ゴッッッ!!!
鈍い衝撃音と共に、拳……いや、刃へと変化した腕が見事に顎を打ち抜く。
やべぇ、その技、どこかで見たことがある気がする。
……まぁ、気のせいということにしておこう。
「ガッ!?」
顎を跳ね上げられた妖怪は、吐きかけていたブレスを飲み込んでしまう。
次の瞬間。
ボンッ!!
口の中で蒼い炎が盛大に暴発した。
「ギャウッ!?」
妖怪の鼻の穴から、ぷしゅぅぅぅっと間抜けな音を立てながら蒼い炎が噴き出す。
「……」
「……」
なんだこの絵面。
さっきまで圧倒的な威圧感を放っていた伝説級妖魔が、鼻から炎を吹いて悶絶している。
威厳がどこかへ飛んでいった。
「ギャオォォォォォォッ!!」
妖怪は苦しそうに地面を転げ回る。
巨大な身体が暴れる度に木々がなぎ倒され、大地が激しく揺れた。
しばらくして、ようやく勢いよく立ち上がる。
どうやら致命傷ではないらしい。
それでも相当効いたのだろう。
片手で顎を押さえながら、恨めしそうにクレナを睨み付けている。
そんな様子を見たクレナは腰に手を当て、勝ち誇ったように胸を張った。
「やーい!! 情けなーい!!よわよわー!」
ビシッと指を差す。
クレナよ、その台詞は何処で覚えたんだ。
「ブレスを自分で食べる妖怪なんて初めて見ました!」
「ガルゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
怒り狂った咆哮が森中に響き渡る。
額には青筋。
鼻からはまだ蒼い炎。
……うん。全然格好良くない。
お互いに睨み合う。
視線がぶつかった瞬間、火花が散るような緊張が走った。
だが、その時だった。
妖怪が――ピタリと動きを止める。
「……っ」
嫌な予感が背筋を駆け抜けた。
「クレナ! 気を付けろ!! 何か来る!!」
「分かったわ!! ご主人様!!」
クレナは両腕の刃を構え直し、警戒を強める。
次の瞬間。
ドクン――。
妖怪の身体から黒と蒼が入り混じった靄が溢れ出した。
靄は渦を巻き、その巨体をゆっくりと包み込んでいく。
「なんだ……あれ……」
靄の奥から聞こえてくる。
メキッ……ミシミシ……
ゴキゴキゴキッ――。
骨が軋み、肉が膨れ上がるような、生々しい音。
聞いているだけで鳥肌が立つ。
「まさか……変身?」
俺が呟いた、その直後。
靄の奥で二つの蒼い炎が灯った。
まるで闇の中に浮かぶ二つの瞳。
そして――。
バサァァァァァッ!!!
突如、巨大な翼が靄を吹き飛ばした。
現れたのは、黒曜石のような漆黒の鱗。
陽の光すら吸い込むような黒き鎧が全身を覆っている。
背中には空を覆い隠すほど巨大な翼。
一度羽ばたくだけで暴風が吹き荒れ、森中の木々が大きく揺れた。
鋭い鉤爪は黒鉄のような輝きを放ち、その一振りだけで岩すら紙のように切り裂けそうだ。
長く伸びた首、獰猛な牙が並ぶ口、頭部には二本の鋭い角。
そして何より目を奪われたのは、その瞳だった。
右目は黄金。
左目は蒼。
異なる色を宿したオッドアイが、俺たちを静かに見下ろしている。
全身から蒼い炎を噴き上げながら。
そこにいたのは妖怪ではない。
まるで伝承から抜け出してきたかのような、
黒鋼の竜だった。
「ドラゴンだとおおおおお!?」
漆黒の竜は大きく胸を膨らませる。
「ギャオオオオオオオオオオオオッ!!!」
咆哮が森全体を震わせた。
音というより衝撃だった。
木々が大きく揺れ、地面を覆う落ち葉が一斉に吹き飛ぶ。
「くっ……!」
俺は思わず岩陰へしがみつく、耳を塞いでも意味がない。
全身を叩きつけるような圧力だけで、身体が吹き飛ばされそうになる。
「うるさっ!! もう少し静かにできないの!? 今度はメストカゲに変身ですか!! 体が大きくなっただけで強くなってないでしょ!! ばーか!!」
「ガルゥゥゥゥッ!!!!!!」
それに対してクレナは怖いもの知らずなのか、竜へと姿を変えた妖怪を真正面から挑発した。
……あの、クレナさん?
状況を悪化させるのをやめてくれませんか?
ただでさえ俺まで巻き込まれそうなのに、もう少し考えてほしい。
というか妖怪も妖怪だ!
そんな分かりやすい挑発に乗るな! 乗るなって!!
あああああーーー!!!ほらぁ!!!めちゃくちゃ怒ってる!!
今にもこの辺一帯を焼き払おうとしてるじゃないか!!
食べ物の恨みは恐ろしい……。
俺はこの戦いが終わったら、クレナに腹いっぱい飯を食わせてやろうと心に誓った。
その時だった。
ゴォォォォォ……。
竜の喉奥から、不気味な蒼い光が漏れ始める。
周囲の魔力が渦を巻き、まるで空気そのものが吸い込まれていくようだった。
「……まずい。」
本能が警鐘を鳴らす。
あれはさっきまでのブレスとは比べ物にならない。
「クレナ!! 避けろ!!!」
俺が叫ぶ。
しかしクレナは逃げるどころか、口元をニヤリと吊り上げた。
「ふふっ……やっと本気ですか。」
そう呟くと、両腕の刃をゆっくりと構える。
刃が紅く輝き始め、周囲へ紅い粒子が舞い散る。
「ご主人様。」
「え?」
「ちゃんと見ていてください。」
クレナは振り返ることなく笑った。
「黒姫ノ紅は――こんな大きいだけのトカゲには負けません。」
その言葉と同時に、
竜は災厄そのものと言えるほど巨大な蒼炎を吐き放った。
「はああああああああああああああああッ!!!」
クレナは両腕の刃へ魔力を極限まで圧縮する。
紅い稲妻が刃を走り、空気を裂くような甲高い音が鳴り響く。
「ハァッ!!」
刹那――。
交差するように振り抜かれた双刃から、十字を描く紅い斬撃が解き放たれた。
斬ッ!!!
紅い斬撃と蒼炎の奔流が真正面から激突する。
バチィィィッ!!!!ジジジジジジジジッ!!!
二つの膨大な魔力が押し合い、空間そのものが悲鳴を上げた。
互いに一歩も譲らない。
紅と蒼。
二色の奔流は中央で激しく火花を散らし、世界を真っ二つに割るかのようにぶつかり合う。
その瞬間だった。
ゴォォォォォォォォ……。
「……え?」
戦場の空気が歪む。
二つの魔力が互いを押し潰そうと圧縮され、中心には漆黒の球体のような歪みが生まれていた。
その歪みは凄まじい引力を放ち始める。
周囲の岩石が浮き上がり、木々が根こそぎ引き抜かれる。
草花は吸い寄せられ、途中で蒼炎に焼かれ、一瞬で灰になって消えていく。
「おおおおおい!!!!?」
俺の身体まで前へ引っ張られた。
「死ぬ!! 死ぬ死ぬ死ぬ!! 俺まで吸い込まれるぅぅぅぅ!!!!」
慌てて黒煉丸を地面へ突き刺し、両手で柄を握り締める。
ガガガガガガガガッ!!
足が地面を削りながら少しずつ前へ滑っていく。
「おおおおおおい!! 二人とも聞こえてるかぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫する。
しかし、クレナも竜も、お互いしか見えていない。
完全に俺の存在を忘れている。
「お願いだから思い出してぇぇぇぇぇ!!!」
そんな俺の悲痛な叫びも虚しく――。
シュゥゥゥ……。
突然、ブレスも斬撃も同時に消えた。
「……終わっ――」
そう思った瞬間。
中心で圧縮され続けていた魔力が限界を迎える。
ピシッ――
空間に亀裂のような光が走る。
ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
世界が白く染まった。
圧縮され続けた莫大な魔力が、一気に解放される。
爆風は半球状に広がり、地面を抉り、巨岩を砕き、森を吹き飛ばしていく。
「うわあああああああああああ!!!!????」
俺は刀ごと空高く吹き飛ばされた。
「もう勘弁してくれぇぇぇぇぇぇ!!!! 命がいくつあっても足りないぃぃぃぃ!!!!」
木にぶつかり、岩にぶつかり。
最後は茂みに頭から突っ込む。
ズボッ。
「…………。」
土まみれのまま顔だけを上げる。
恐る恐る戦場を見ると――。
爆煙の向こう側に紅く輝く二本の刃。
そして、蒼い炎を纏う黒鋼の竜。
両者とも、一歩も退いていなかった。
「……いや、まだやるの!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
空気が再び震える。
第二ラウンドの幕が、静かに上がろうとしていた。
二人の攻防は、さらに激しさを増していく。
ギィィィンッ!!
ドラゴンは黒鋼の爪を大きく振り抜く。
一撃一撃が岩を紙のように裂くほどの威力を秘めていた。
しかし――。
「遅い!!」
キンッ!!
クレナは両腕の刃を交差させると、その鋭い爪をまとめて切り飛ばした。
黒い爪が宙を舞う。
その隙を逃さず、今度はクレナが反撃へ転じる。
「はあっ!!」
無数の斬撃が竜の身体へ降り注ぐ。
ギギギギギギィィィン!!
だが、竜は怯まない。
切り落とされたはずの爪が、不気味な音を立てながら再生していく。
メキ……メキメキッ!!
「あっ、再生した!」
伸びきった黒鋼の爪が槍のように突き出される。
クレナは軽やかに身体を捻り、腕の刃で受け流した。
ガギィィィンッ!!
火花が散る。
しかし、それは竜の狙いだった。
金と蒼のオッドアイが妖しく細められる。
「しまっ――」
至近距離、竜が大きく口を開いた。
喉奥で蒼い炎が一気に膨れ上がる。
「ギャオオオオオオオッ!!!」
暴ッ!!!!
ゼロ距離から放たれた蒼炎が、クレナの身体を丸ごと飲み込んだ。
爆炎が森を焼き、轟音が辺りへ響き渡る。
炎が晴れる。
そこには――何もなかった。
「……。」
竜はゆっくりと口角を吊り上げる。
まるで、「また、つまらぬものを燃やしてしまった」そう言いたげな、勝ち誇った笑みだった。
「なーにが!『また、つまらぬものを燃やしてしまった』ですか!!」
元気な声がすぐ隣から聞こえた。
「私は燃えてなんかないわよ!! ばーか!!」
「……え?」
振り向くと、クレナが腰に手を当てて頬を膨らませていた。
「お、お前!?」
「危なかったので【黒姫ノ影】で戻ってきました!」
まるで何事もなかったかのように笑っている。
……いやいやいや。
そんな軽く言うようなことじゃないからな!?
というか。
「お前……あいつ何て言ったか分かるのか?」
「もちのろん!」
クレナは胸を張る。
「ドラゴン語も妖怪語も、呪霊語も、魔物語も話せます!」
「万能すぎるだろ!!」
便利を通り越して反則である。
一方、そのやり取りを見ていた竜は完全に固まっていた。
「…………?」
「『なぜ生きている』って顔してますね。」
クレナはニヤリと笑う。
「それじゃあ教えてあげます。」
腕の刃を構え、竜へ向けて切っ先を突き付けた。
「私は、ご主人様の武器です。」
「簡単には壊れません。」
「あんた程度じゃ、私に傷一つ付けられなわよ。ばーか!」
「ガアアアアアアアアアアッ!!!!」
完全に挑発が成功した。
竜は額に青筋を浮かべるような勢いで怒号を上げ、地面を砕きながら再びクレナへ突進してきた。
「だから煽るなってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺の叫びだけが、森に虚しく響き渡った。
「ばーか! ばーか! カッコつけて外してやんの!」
クレナはケラケラと笑いながら指を差す。
「うわぁ~、恥ずかしい~! 私なら恥ずかしくて穴に潜ってますわ!」
「ガァ……」
おっと。
ドラゴンの額に青筋が浮かんだ気がした。
いや、竜に青筋ってあるのか?いや元々は鵺だもんな。
そんな俺の疑問など関係ない。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
今までとは比べ物にならない咆哮が森全体を揺るがした。
「っ!!」
肌がビリビリと痺れる。
空気が震え、周囲の魔素そのものが恐怖に怯えるように波打っていた。
ドラゴンの黒曜石のような鱗が、一枚、また一枚と蒼く発光し始める。
まるで夜空に星々が灯るように。
やがて全身が神秘的な蒼炎に包まれ、その巨大な姿は神々しいほど美しかった。
……綺麗だ。
敵なのに、一瞬だけ見惚れてしまうほどに。
「やっと本気を出しましたわね!!」
クレナは嬉しそうに笑う。
すると――
ブワッ!!
両腕の刃から魔力が噴き出した。
右腕には鮮烈な紅蓮の炎、左腕には深く透き通る蒼炎。
互いに相反する二色の炎は決して混ざることはない。
それでも二つの炎は、まるで互いを認め合うように静かに揺らめいていた。
その幻想的な光景に、思わず息を呑む。
「っくっくっく……」
クレナは前髪をふわりとかき上げる。
そして、ビシィッ! とドラゴンに向けて刃を向ける。
「私の――」
大きく息を吸い込む。
「エタナール・フレイム・ソードを食らうがいいですわぁぁぁぁぁぁ!!」
……。
…………。
だっさ!!!何だその!
斬られたら絶対死にそうな必殺技名は!!
「いやいやいや!! もっと他にあっただろ!? 『紅蒼斬』とか『双炎刃』とか!! 何で急にエタナールなんだよ!!」
「カッコいいからよ!!」
即答だった。
そのネーミングセンス……
絶対ハグレの教育だろ!!
あいつ、余計なことしか教えてねぇ!!
ふとドラゴンを見る。
「…………」
「おい。」
「ガァ。」
「お前、"それカッコいいな……"みたいな顔するな。」
「ガァ。」
「ちょっと嬉しそうに頷くな!!」
敵同士なのに、何か通じ合ってるじゃねぇか!!
「それでは!!」
クレナが剣のような両腕を交差させる。
「この技を受けて立ちなさい!!」
「ギャオオオオオオオオオオッ!!!」
ドラゴンも負けじと全身の蒼炎を爆発させる。
刃と蒼。
二つの炎が森を真昼のように照す。
最初に動き出したのはドラゴンだった。
ドォンッ!!!
地面が爆ぜる。
先程までとは比べ物にならない速度で一直線に突進する。
「っ!」
クレナは咄嗟に両腕の刃を交差させ、防御態勢を取った。
ギィィィィィンッ!!!
衝突した瞬間、大気が震える。
あまりの衝撃にクレナの足元の地面が抉れ、そのまま後方へ押し込まれていく。
ガガガガガガガッ!!!
岩盤を削り、巨岩を粉砕し、
それでもドラゴンは止まらない。
「このぉ!! メストカゲぇぇぇぇ!!!」
クレナは右腕の紅炎をさらに燃え上がらせる。
パキンッ!!
腕の刃を解除。
空いた両手でドラゴンの頭をガシッと掴んだ。
「え?」
俺は思わず間抜けな声を漏らす。
掴むの!?武器なのに!?
「せぇぇぇぇぇぇいっ!!!」
そのまま勢いを利用し、巨体を思い切り地面へ叩きつけた。
ドゴォォォォォォンッ!!!
ドラゴンの頭が岩盤へめり込む。
突進の勢いは止まらない、そのまま顔面から地面を削り続け、
ガリガリガリガリガリッ!!!
最後は巨大な岩壁へ激突した。
ズドォォォォォンッ!!!
岩盤が爆散する。
「うわぁ……。」
自分の突進を、そのまま返された形だ。
流石のドラゴンでも、これはただでは済まないだろう。
……いや、周囲の被害の方が深刻だ。
「このままじゃ地殻変動が起きるぞ……。」
俺は頭を抱えながら考える。
何か、何か二人を止める方法は……。
「……あ。」
思い付いた。
俺は無言で収納を開いた。
そして――。
◇ ◇ ◇
――二時間後。
「やるわね!」
「ガフゥ!!」
「なに? 貴方もですって?」
「ガルルッ!!」
「へぇ、面白いじゃない!」
いつの間にか普通に会話してる。
しかも通じてる。
いや、おかしいだろ。
ドラゴン語ってそんなフランクなのか?
二人は互いに距離を取る。
全身の魔力が爆発的に膨れ上がる。
再び蒼炎が空を焦がし、紅炎が森を照らす。
互いに最大奥義を放とうとした――その時。
カーン!カーン!!カーン!!!
戦場に場違いな金属音が響いた。
「……?」
二人が同時に振り向く。
そこにいたのは――。
フライパンをお玉で叩く俺だった。
カーン!!
「おーーい。」
もう一度叩く。
「昼飯にするぞー。」
二人の動きが止まる。
その視線の先には、大鍋いっぱいの真っ白なシチュー。
ゴロゴロと入った肉に人参、じゃがいも、玉ねぎ。
コトコトと湯気を立て、食欲をそそる香りが森中へ広がっていく。
「…………」
「…………」
クレナとドラゴンは同時に目を輝かせた。
「「!!!!!」」
次の瞬間。
ドドドドドドドドドッ!!!
「ご主人様ぁぁぁぁぁ!!!」
「ガオオオオオオオッ!!!」
一人と一匹が、さっきまで命懸けで戦っていたことなど忘れたかのように全力でこちらへ駆け出してきた。
「お前ら仲良く並べぇぇぇ!!! シチューは逃げねぇから!!!」
……こうして、世界の命運を懸けた(?)戦いは、一時休戦となった。
「こら! ちゃんと手を洗いなさい!」
俺がそう言うと、
「はーい……」
「ガルゥ……」
二人(?)は同時に肩を落とし、しょんぼりした様子で近くの川へ向かって歩いていく。
……何なんだこの光景。
さっきまで森を半壊させる勢いで殺し合ってたよな?
俺の記憶違いか?
やがて二人はちゃんと手――いや、片方は前足だけど――を洗って戻ってきた。
「ごはん! ごはん!」
「ガルル! ガルル!」
二人はリズムを合わせるように身体を揺らしながら、ご飯コールを始める。
「ごはん♪ ごはん♪」
「ガルル♪ ガルル♪」
……。
お前ら、本当は仲良いだろ。
息ぴったりじゃねぇか。
そんな二人を見て思わず苦笑してしまう。
すると。
「ガオッ!」
待ち切れなくなったドラゴンが、大鍋へ顔を突っ込もうとした。
「あっ! こら!!」
俺は慌ててドラゴンの鼻先を押し返す。
「鍋ごと食べようとするな!」
「ガゥ……」
「そんなことしたら、ご飯抜きだからな?」
その瞬間、ドラゴンはビクッと身体を震わせた。
耳までしょんぼり垂れ下がる。
分かりやすく落ち込んでいた。
「ぷっ!」
その様子を見たクレナが吹き出す。
「やーい! 怒られてやんのー!」
腹を抱えてケラケラ笑う。
「メストカゲぇ~!」
指まで差し始めた。
「こら。」
「……はい?」
「クレナも煽るな。」
クレナはピタッと固まる。
俺は静かに告げた。
「クレナもご飯抜きにするぞ。」
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁ!!」
さっきまでの威勢はどこへやら。
今にも泣きそうな顔で俺を見上げてくる。
……うん。食べ物に関してだけは、本当に分かりやすい。
「二人とも。」
俺は腕を組みながら言う。
「ご飯を食べる時は喧嘩しない。」
「……はい。」
「……ガルゥ」
一人と一匹は同時に返事をした。
「よろしい。」
俺は二人の皿へシチューをよそう。
湯気と一緒にバターとミルクの香りがふわりと漂う。
「いただきます!」
「ガウッ!」
二人は勢いよく食べ始めた。
「おいしいですぅぅぅぅ!!」
「ガルルルルル♪」
ドラゴンも嬉しそうに尻尾を振りながら夢中でシチューを頬張っている。
「……。」
俺はスプーンを動かしながら、その光景を眺める。
数時間前まで命の奪い合いをしていた相手と、こうして同じ鍋を囲んで飯を食っている。
……なんだこの状況。
異世界って、やっぱりよく分からん。
「しかしなぁ……」
俺がそう呟くと、ドラゴン状態の鵺は食べるのを止め、不思議そうに首を傾げながらこちらを見つめてくる。
「ガウ?」
「いやさ、お前……」
俺は巨大な身体を見渡しながら苦笑した。
「でかすぎるんだよ。」
「ガウ?」
「お前一匹の腹を満たすだけの飯を毎回作るのは、正直かなり大変なんだ。」
シチューも、鍋いっぱいに作ったはずなのに半分以上なくなっている。
「せめて人間くらいの大きさなら、もう少し何とかなるんだけどなぁ……」
何気なく零した一言だった。
するとドラゴンは、
「……ガウ。」
何かを理解したように頷く。
「ん?」
次の瞬間だった。
ブワァァァァァァッ!!
蒼い炎のような光がドラゴンの全身を包み込む。
「なっ!?」
巨大な身体がみるみる縮み始める。
黒曜石のような鱗は光へ溶け、
巨大な翼は粒子となって消え、
鋭い牙も、長い尾も、
すべてが光の中へ吸い込まれていく。
やがて光が収まると――。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
白と黒が混ざり合う不思議な髪。
毛先だけは炎のようにゆらゆらと蒼く燃えている。
頭には獣耳のように見える髪束があり、ぴこぴこと可愛らしく動いていた。
金と蒼のオッドアイは、先程のドラゴンと同じ瞳。
その少女は俺を見るなり、満面の笑みを浮かべる。
「ごしゅじん!」
「……え?」
「ごはんが食べたいのだ!」
第一声、それかよ!!
というか!
「俺、お前のご主人になった覚えないぞ!?」
少女は首を傾げる。
「ごはんくれた。」
「だから?」
「いいひと!」
「理屈が雑すぎる!!」
俺が思わず頭を抱えていると、クレナが少女を指差した。
「メス妖怪!! お前、人間になれたのですか!!」
少女の眉がぴくりと動く。
「……メス妖怪っていうな。」
「え?」
「メス妖怪っていうなぁぁぁ!!」
「きゃっ!?」
クレナは飛び退く。
「ご、ご主人様!怒ったわ!?」
「いや、お前が原因だからな?」
少女は腕を組み、ぷいっと顔を背ける。
「メス妖怪じゃない。」
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
俺が尋ねると、
少女は急に困ったような顔になった。
「えっと……。」
視線が泳ぐ。
指をもじもじと絡ませる。
「名前……ないのだ。」
その一言で、場が静かになった。
そうか、誰にも名前を呼ばれたことがないのか。
だから"妖怪"としか呼ばれなかったんだ。
俺は少しだけ考える。
この妖怪は正体不明。鵺にもなり、ドラゴンにもなり、
姿を自在に変える。
何者なのか誰にも分からない。
そんな存在に似合う名前は――。
「じゃあ……ファノンはどうだ?」
「ふぁ……のん?」
少女がきょとんとする。
「正体不明って意味の"アンノウン"って言葉があるんだ。あと俺の世界にめちゃめちゃ強いドラゴンのお話あってだな……」
「アンノウン……?ドラゴン……?」
「その響きを少し借りて、お前だけの名前にしてみた。」
「ファノン……。」
少女は小さく呟く。
「ファノン……。」
もう一度。
「ファノン!」
その瞬間、花が咲いたような笑顔になった。
「えへへ……。」
嬉しそうに自分の胸へ手を当てる。
「ファノン!」
くるりと一回転。
耳のような髪がぴこぴこと揺れ、
炎のような毛先も楽しそうに揺らめいた。
「ファノン!」
何度も何度も、自分の名前を口にする。
そんな姿を見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。
「今日から!」
ファノンは勢いよく俺を指差した。
「ファノンは、ごしゅじんの仲間になる!」
「え?」
「ずっと一緒!」
「いや、待て待て待て。」
「ごしゅじん!」
「だから違うって!」
「ごしゅじーん!」
「人の話を聞け!」
「えへへ♪」
……駄目だ……全然聞いてない。
クレナは隣でうんうんと頷く。
「ご主人様!」
「ん?」
「家族が増えましたね!」
「おいやめろ、お前が勝手に増やしたようなもんだろ……。」
「違います!」
クレナは胸を張る。
「ご主人様のシチューが美味しすぎたんです!」
「なのだ!」
ファノンも元気よく頷く。
「キャウ!」
勢い余ってドラゴンと妖怪の鳴き声まで混ざっている。
「もうどっちなんだよ……。」
俺は思わず吹き出してしまう。
二人は仲良くシチューを頬張りながら楽しそうに笑っていた。
……まぁ、いいか。
こういう賑やかな旅も修行も悪くない。
こうして俺――黒杉楊一は、思いもよらない形で新たな仲間、『正体不明』の少女・ファノンと出会うのだった。
ファフニー→ファノンになりました。ふへぇ




