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 田貫プロデューサーにからみ酒をしていた篠崎さんを必死になだめていたら、私にふらりと寄りかかってきて寝息をたて始めた。仕方ないのでそのまま膝枕をして、田貫Pに謝罪をする。


「すみません、篠崎が酔って粗相をしたみたいで……」


「いやー、耳が痛い話しだったけど正鵠を得てたからね…… ところでナナちゃん、三部に出てみない?」


 このオヤジ、何も反省していない。篠崎さんが寝ているからチャンスだと踏んだな。


「ギャラ、今回の倍だすよ……いや、三倍でもいい」


 ぐらりと心が揺れる。だけど、


「いえ、お断りします。流石に消えたひまりがしれっと三部に出て来たら、興ざめもいいところですよ。篠崎さんの言う通り、せっかくのトゥルーエンドが台無しになってしまいます」


「うーん、そうかなぁ。でも数字がねぇ……」


「二部で動員数が増えれば、三部にも期待は持てると思いますし、観客はただ役者を観に来ているわけではないと思いますよ。『面白い映画』を求めているので、三部の完成度を上げれば必然的に数字も上がると思います」


「そうは言ってもねぇ、完成度を上げるためにも、ナナちゃんに()って欲しいんだけどなぁ」


 そうは言われても、三部でひまりが出てきたら、二部のラストで未来を変えるために己の娘を消すことになった主人公の悲哀が台無しである。どうやら田貫Pの独断らしく、監督やスタッフには話がおりてなかったようだ。話を聞いていた周りのスタッフが「いいぞナナちゃん、もっと言ってやれ」とか「狸の横暴を許すな」と、小声で言ってるのが聞こえる。


「私を出すより、ヒロイン役の方の演技をなんとかさせたほうが有意義だと思いますよ。次回作では、またメインヒロインになるんですから」


「いやー、大手プロダクションからの猛プシュで断れなかったんだけどね、イメージもヒロインにピッタリだったから起用しちゃったんだけど、あそこまで演技が出来ないとは思わなくてさ、タハハ……」


「前作を拝見しましたけど、ヒロインの方は全く演技のレッスンを受けていないように見受けられました。三部の撮影が始まるまでにきちんとレッスンを受けるようにしてもらえばいいんじゃないんですか?」


「うーん、あそこはアイドル専門のプロダクションだからねぇ、演技関連は弱いみたいなんだよなぁ」


 そこまで知っていてなぜ配役したのかと小一時間問い詰めたいけど、残念ながらそういう世界だ。

 うーんうんと、正座したまま唸る田貫P。スーツがはち切れそうになってるから足を崩せばいいのに。篠崎さんは寝てるんだしさ。

 そんな事を考えていたら、田貫Pがいいこと考えたという表情で膝をポンッと叩いた。


「そうだ。『サンアカ』でさ、ヒロインの子をナナちゃんと一緒にレッスン受けさせられないかな?」


「え? うちで、ですか?」


 『サンアカ』こと『サンフラワーアカデミー』は、私が所属している大手子役事務所である。


「そうそう。ナナちゃんさ、よく他の子たちに演技指導してたでしょ?」


「………そんな事してましたっけ?」


「してたよ〜。『アカネ』の時だって黒谷君に演技を教えてたじゃない。あんな感じでさ、ヒロイン役の子にも教えてやって欲しいんだよ」


 あぁ、あのことか。けど、撮影の合間にちょっと教えたことはあるけど、正式に誰かに指導したことはない。第一、他の事務所に所属している人を呼んでレッスン受けさせていいの……?


 結構、あいまいなプロダクションもあって、時代劇専門の役者が集って立ち上げたプロダクションとかは、他のプロダクションに所属している役者も殺陣(たて)を習いに行けるところもある。とはいえ、そういう場合も事務所に話を通しておくのが暗黙の了解だし、他の事務所に通ってることを他の人(まわり)に広めたりせずにこっそり通う、などの取り決めもある。

 まぁ、ライバル関係の同業他社でもなければ、わりと緩かったりするみたいなんだよね。


 『サンアカ』は子役メインだし、アイドル専門のプロダクションとなら大丈夫かな?


「いやー、黒谷君の時も、監督が『チェンジだバカヤロウ!』って怒鳴ってたくらい酷かったのにさ、ナナちゃんが教えてから見違えるほど良くなってたからね。なんとか、ひと肌脱いでくれないかな? ね?ね?」


「う〜ん、そう言われましても……」


 大翔は子供だったし、他にアドバイスしてたのも同じ子役だけだ。大人相手に教えたことはないし、子供の言うことを素直に聞いてくれるとは思えない。

 悩んでいたら、田貫Pが正座しながら手を合わせ、拝みながら上目遣いでお願いしてくる。禿げた中年太りのおっさんからそんな事されても、全く嬉しくない。断ろう。


「痛い!痛い!さっき篠崎さんから『禿狸』なんて罵倒されたから、僕のガラスのハートが砕けそうだよ! あー、強引に正座させられたから靭帯切れたかも」


 私が断ろうとしたのを察したのか、そう言いながら禿狸が胸を抑えながらごろごろ転がっては、チラッとこっちを見てくる。ウゼェ。

 しかし、篠崎さんが田貫Pを罵倒していたのは事実で、普通だったら責任問題ものだ。だけど、篠崎さんに罵倒されてた田貫Pは微妙に嬉しそうにしていたし、本気で言ってるわけではないだろう。


「はぁ、わかりましたよ。私でよければ教えますけど、事務所の許可が下りなかったら諦めてくださいね」


「本当かい!? いやー、恩に着るよ! ちゃんとナナちゃんにギャラが出るように調整するからさ」


 飛び起きて嬉しそうにする田貫P。案の定、演技である。まぁ、この人にもお世話になってるし、おちゃめな禿にめんじて少しくらいなら手伝ってもいいかな。


 それに、良く考えたらアイドル相手に個人レッスンするのだ。それも、最近売り出し中のアイドルグループの中でも一番人気、白沢(しろさわ)小鳥(ことり)さんだ。

 普通だったらお金を貰うどころか、払わなくてはいけないレベルだ。


「相手方のプロダクションとは、田貫プロデューサーが話を通して下さい」


「そりゃもちろん! いやー、良かったよ。ナナちゃんが仕込んでくれるなら、なんとかなりそうだよー」


「では、私は門限が近いので、そろそろお(いとま)させていただきますね」


「うん、ありがとう! タクシー呼ぼうか?」


「いえ、表に出ればすぐひろえると思いますので大丈夫です、よっと」


 寝ていた篠崎さんを俵担(たわらかつ)ぎする。お姫さまだっこが出来ればいいんだけど、身長差的にこっちの方が安定するのだ。

 担いだまま、空いてる肩に二人分のバッグをかけ、靴を履いて座敷から出る。


「それでは失礼しますね。また花咲ナナをよろしくお願いします」


 そう言ってお辞儀をすると、ゴンと鈍い音がした。篠崎さんの頭がテーブルにぶつかったようだ。起きないから大丈夫だろう。


「お疲れさん……と、そういえばナナちゃんにお願いがあったんだ」


「……なんですか?」


 演技指導以外にもまだ何かあるのかな。篠崎さんを担いだままなので手短にして欲しいんだけど。


「あのさ、最後のあのセリフ言ってみてくれないかな?」


「最後のセリフ…… またね、パパ、ですか?」


「いやー、違う違う。その前の『大好きだよ、パパ』ってやつ!」


 えぇ…… グーで殴りたいけど、篠崎さんを担いでいるため手が塞がっている。禿が期待した顔でこっちを見ていてウザいから、さっさと望みを叶えて帰ろうか。篠崎さんを俵担ぎしたまま、にこりと笑い、


「大好きだよ、パパ」


「くぅ〜〜っ! いいね!いいっ! ナナちゃん、やっぱり三部に出てみない?」


「出ませんって」






 居酒屋を出ると表のタクシー乗り場には、タクシーの行列が出来ていたのですぐ乗れた。篠崎さんを後部座席に押し込み、行き先を告げると手早くウィッグと眼鏡を装備する。


 今から帰ればギリギリ門限に間に合うけど、篠崎さんの家に寄っていたら大幅に門限をオーバーしてしまう。酔っ払いを放置できないし、仕方ないからウチまでお持ち帰りしてしまおう。




 *




 翌朝、起きてから日課のルームランナーでジョギングして、軽く汗を流したらリビングに向かう。そしたら昨日と同じスーツ姿の篠崎さんが土下座していた。


「……すみません、大切なお子さんを預かっておきながら、酔って潰れるなんて醜態を……」


「いきさつは菜々ちゃんから聞いてますから、気にしないで下さいな」


 そう言って穏やかに笑う母さんは、すでに朝食を作り終えていた。篠崎さんの分まできちんと用意されている。

 昨日、篠崎さんを担いで帰ったらびっくりされたけど、間違えてウーロンハイが運ばれてきて、気づかず飲んだら酔いつぶれたと話したら笑いながら呆れていた。

 うちは父さんはお酒に強いし、母さんはザルだからね。多分、私もお酒には強くなるとは思うけど、成人するまでは子供ビールで我慢している。あれはただの炭酸ジュース(りんご味)なのだけど、雰囲気だけでも味わいたい時に飲んでるのだ。

 ノンアルコールのビールは、パッケージが普通のビールと間違えやすいので自重している。飲んでる姿をすっぱ抜かれたら、またワイドショーが『ナナちゃん未成年の飲酒!?』とか話題にしそうだし。



「………死にたい」


「篠崎さん、昨日のこと覚えてる?」


 無言で頷く篠崎さん。どうやら記憶はあるようだ。まぁ、よほど泥酔でもしない限り、酔って記憶をなくすなんてなさそうだしね。


「…………死にたい」


「母さんが朝ごはん作ってくれてるから食べようよ」


 すっかりダークサイドに堕ちて「死にたい」しか言わなくなった篠崎さんを立たせて、ダイニングのイスに座らせる。起きたら昨日の醜態をからかってやろうと思ってたけど、ここまでへこんでいる相手に死体蹴りする気は起きないな。


 今日は和食だ。焼き鮭とほうれん草のおひたし、煮物の小鉢、そしてみそ汁と、一汁三菜の朝食である。

 父さんと和樹(かずき)もすでに席についているので、揃ったところで「いただきます」と言って食べはじめる。


 バランスの良い朝食は一日の活力の元だ。もそもそと食べていた篠崎さんも、食べ終える頃には元気がでたようだ。


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまです。お茶でも淹れましょか?」


「いえ、一度家へ戻らないといけませんので。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「いえいえ、こちらこそいつも菜々がご迷惑おかけしていますから。篠崎さんが良ければ、いつでも泊まりに来てください」


 そう母さんと話をしていた篠崎さんは、大きめのショルダーバッグを肩にかけ、玄関に向かう。そういえば篠崎さんが寝た後のことを伝えてないのを思い出したので、背中に声をかけた。


「そうだ、篠崎さん。今度、白沢小鳥さんをサンアカに呼んでレッスンを受けさせることになりそうだから、事務所と相談してくれませんか?」


「……『俺の名は』のヒロインの子よね? どうしてそんな話になってるの……?」


「えーと、田貫プロデューサーから、次回作の撮影が始まるまでに演技指導してくれないかと頼まれまして」


「……また、勝手に受けたのかしら?」


「いえいえ、今回は私は悪くないですよ。えっとですね……」


 篠崎さんが寝落ちした後のてんまつを話して、


「痛い!痛い!さっき篠崎さんから『禿狸』なんて罵倒されたから、僕のガラスのハートが砕けそうだよ! あー、強引に正座させられたから靭帯切れたかも」


 と、リビングにごろごろと転がりながら、田貫Pの真似をした。チラッとムカつく表情で篠崎さんの方を見る演技も完璧である。


 篠崎さんは顔を真っ赤にしてプルプル震えたかと思ったら、肩を落とし、


「事務所に相談してみるわ…… 死にたい」


 と言ってとぼとぼと帰っていった。



 篠崎さんが帰った後に、母さんと父さんから「大人をからかうもんじゃない」と説教されてしまった。


 正確に伝えるためには仕方ないと思うんだけどね。






 その日の夕方には篠崎さんから連絡がきて、白沢さんをサンアカに呼ぶのではなく、私が相手方の事務所に出向することになったらしい。


 講師料金も相手側からきちんと払われる代わりに、他にも数人指導して欲しいと打診されたそうだ。


「講師代といってもそれほど高くはないから、今回は私のポケットマネーからも出しておくわ……」


 と、申し訳なさそうに篠崎さんが言うので、それは辞退しておいた。


 いつも迷惑かけている身だからね、たまには篠崎さんの尻拭いをするのも悪くない。





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