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「………それが、俺の名か?」
「そうよ、思い出せた?」
「………あぁ」
「そしてあなたは、私のお父さん」
「俺が君の父親……? こんなに大きな娘をもった覚えはないんだがな」
「あは、だって未来から来たんだもの、パパなら分かるでしょ?」
「タイムトラベルか……この世界線でも完成していたんだな」
「だから、実験を中止するようDメールを送って欲しいの。そうすれば全部、無かったことになる」
「………そして、君も消えてしまうんだろう?」
「そう……そのために来たんだもの、未来を変えて、ママを助けて」
「…………しかし、」
「私は消えても、想い出は残る。パパなら世界線を超えても覚えてられるんでしょ?」
「………あぁ」
「だからね、私を忘れないで……
この一週間楽しかった、大好きだよ、パパ」
「カァーーットォ!」
「チェック入りまーす!」
テイクチェックのため、私も監督の横に行って確認する。撮ったシーンがモニターに流れ、特に問題はなさそうに思える。父親役の俳優さんも演技派と言われるだけあって、切ない演技がヤバイね。私が女だったら惚れてしまいそうだ。
「いいねー。どうかな?」
「私もいいと思いますよ」
「じゃあ、OKで」
監督が私に確認をしてくる。たまに自分の演技に納得がいかない時に、リテイクをお願いしていたせいだろう。面倒な子役で申しわけない。
「オッケーでーす! 10分休憩に入りまーす!」
スタッフさんがOKを通達すると、おのおの休暇に入るが、次のシーンの準備にとりかかるスタッフさんは忙しそうに走り回っている。
私は休憩するために篠崎さんのところに引っ込んだ。撮影場の隅にはイスとテーブルが置かれていて、飲み物と軽食が用意されている。
ここは雑居ビルの屋上。夕陽を背景にラストシーンを撮るために貸し切りになっていて、少しビル風が吹くが、眺めもよくてデートスポットに良さそうなロケーションだ。
今撮影している『俺の名は』は、ノベルゲーム原作だ。色々なエンディングに分岐しながらフラグを回収して、トゥルーエンドを目指すゲームなのだけど、今回撮影しているのはそのエンディングの中でもバッドエンドの一つを、映画用に手を加えたものである。
主人公は、未来からきたタイムトラベラーと一緒に、ディストピアとなる歴史を変えるためにタイムマシンで過去へと跳ぶ。しかし、タイムワープ中にトラブルが起き、二人とも記憶喪失になってしまう。
自分の名前も忘れた主人公は、偽名を名乗り、日々の生活に追われるなかで、再びヒロインと出会う。同い年だったヒロインとは、ひと回りも年が離れてしまっていたが、互いに惹かれ合って交際が始まる。
そんな幸せな日々を送るさなか、寂れた公園で不思議な少女と出会う。家出少女かと思い警察に届けようとするが、逃げようとするので仕方なく探し人が見つかるまで家に泊めることになり……という話だ。
そして、ラストで主人公が過去へとメールを送り、未来が改変される事によって、私が演じている役の『ひまり』が消えることになる。
ちなみに、過去へタイムトラベルするまでが一部で、今撮影している過去編が二部になり、ラストの三部のトゥルーエンド編には私の出番はない。
最初、タイトルを聞いた時には世紀末覇者的な世界観を予想してたんだけど、違ったね。
「お疲れさま、一発オッケーだったわね」
「うん、今日は予定通り終わりそうかな」
「次のカットが終ったらナナの出番は終わりだから、もうひと踏ん張りよ」
「夕陽が沈む瞬間にラストカットだっけ。安海監督もCG使えば簡単なのに、アナログにこだわるからなぁ……」
「流石にラストにナナが消えるシーンはCGを使うみたいね。あなたでも、光の粒子になって消えるなんて出来ないでしょう?」
「あはは、流石にそれは出来ないかなー」
けど、気配を限りなく消すことはできるし、あの方法なら消えたように見せることが出来るかもしれない。ちょっとやってみようか。
*
「シーンSの20、テイクワン、スタート!」
カチンコが鳴らされ、次のシーンが始まる。夕陽をバックに主人公役の俳優とナナが抱き合っていると、そっとナナが離れ、古びたスマートフォンを主人公に渡す。
震える手でスマートフォンを操作すると、送信を押すところで止まる。主人公がナナを見ると静かに微笑んでいる。
そのまま見つめ合っていると、二人の間にあった夕陽がゆるやかに沈んでいく。逢魔が時。ナナの顔が夕陽の橙色から暗い紫へ染まる。
「またね、パパ」
「……また?」
「パパとママが結婚すれば、また会えるよ」
「……それは……いや、そうだな。またな」
主人公は泣きそうに歪めていた顔を緩め、涙を流しながら微笑む。例えヒロインと結婚したとしても、同じ子供が生まれる可能性は限りなくゼロだろう。そう、お互い理解したうえでの別れの言葉。
……って、こんなセリフは無かったハズだけど、アドリブかしら? 監督からはカットがかからないから、このまま続行するみたいね。
主人公がメールを送信する。
このまま数秒待機すればカットになり、次のシーンではナナ無しで撮影をして、CGでナナが光の粒子になって消えたように加工する段取りになっている。
と、思っていたらナナが薄く消え……てはいないけど、存在感が薄れて、そこに立っているのに、まるで存在していないかのように感じ……… え、どうなってるの?
「ひ、ひまりっ!?」
主人公がナナに手を伸ばし名前を叫ぶ。夕陽が沈む瞬間にひときわ輝く刹那に、ナナがゆらりと不自然に揺れる。姿がぶれ、蜃気楼のようにナナの姿が消えると、主人公が伸ばした手が空をきる。
な、ナナが消えた……?
「くぅ……ひまり…… ひまりぃーーー!!」
薄暗い夕闇がおとずれた屋上で、主人公が膝をつき、泣き崩れ、嗚咽をもらす。
私は声が出そうになるのを抑えるが精一杯なのに、目の前から実際に人が消えても演技を続行できるとは……凄まじい役者魂だわ。
ナナについては何も言うまい。どうせ新道先生に習ったとか、そんなところだろう。
しばらく主役の慟哭が続くと、
「カァーーットォ!」
「チェック入りまーす!」
カットがかかりチェックに入る。夕陽が沈む一瞬にかけていたので、これでNGなら翌日以降に撮り直しになるのだけど、さっきので大丈夫なの……? というか、ナナはどこに行ったのかとすっかり暗くなった屋上を見回したら、いつの間にか監督と一緒にモニターを見ていた。
「どうでした?」
「いいねー、最高だったよ! でも、これ消せるかな?」
ナナと監督が話している後から私も覗き込むと、モニター越しでもナナの存在感が薄くなっていき、映っているのにまるで存在していないかのように見える。そして夕陽が沈む瞬間に輝くと、一瞬レンズフレアがおき、ナナがゆらりと揺れると霞むように消えていた。
監督が巻き戻してスロー再生すると、体がゆれた次の瞬間には屈んで画面外に一瞬で跳んで、夕闇にまぎれていたのが映っていた。コマ送りにしてようやく分かるほどだ。
「うーん、数コマしか映ってないので、簡単な処理で消せるッスよ」
「じゃあ、オッケー! ナナちゃんはこれで終わりね、お疲れさん!」
「オッケーでーす! 撤収して次の現場に向かいまーす!」
CGに詳しいスタッフが答えると、OKが出た。すかさず撤収の指示がされ、スタッフが慌ただしく現場の片付けに入る。
次は主人公だけで撮影になり、最後のシーンの撮影だ。世界線が戻ったためタイムリープが使えるようになったので、これから過去へ意識をとばすシーンになる。同時にスタッフロールとエンディング曲が流れながら終わる演出だ。
というか、実際に演技中に消える様を見たのに、反応が軽すぎる気がするけど……
と思ったら、ここのスタッフは以前出演した映画の『アカネ』と同じスタッフだったわね。
女忍者の幼少期役で、同じ里の子供たちと決闘をして、生き残った方が正式な忍びになれるという設定で、殺陣をやった事がある。「とりあえず、どれだけ出来るか見たいから自由に演じてみて」と、殺陣専門の演技指導者から言われたナナは、共演相手の黒谷君と木々を伝いながら空中戦を繰り広げた。「さすが子供は体が軽いねー。じゃあその調子で本番行ってみようか」と監督は軽く流していたが、殺陣指導者は次の日から姿を見せなくなった。
やり過ぎたため、CGという事で誤魔化せざる得なくなったが、成長後にアイドルと主役を交代したら『子供時代と比べたらCGが雑』、『ワイヤー丸見えじゃねーか』と、批判があったようだ。
それからも何度か一緒に撮影しているから、いい加減慣れたのかしらね。慣れって怖いわ。
「あ、ナナちゃーん。今日ラストシーン撮った後にクランクアップの打ち上げやるけど、どうするー?」
帰ろうとしていた私たちに、監督から声がかかる。ナナから期待した目を向けられるが、今日は早めに帰るよう、菜摘さんから言われている。
「………菜摘さんに聞いてみるわ」
「わーい! ありがとう、篠崎さん♪」
「ダメだったら諦めるのよ」
おそるおそる菜摘さんに連絡をしたら、22時までに家に帰るようにすれば許すと、承諾を得られた。
ここからなら車で30分だから、打ち上げにはそれほど長くはいられないかしら。まぁ、顔だけ出すだけでも意味はあるわね。
*
その後、ラストシーンも順調に終わり、近場にあった居酒屋のチェーン店で打ち上げが始まった。
監督が乾杯の音頭をとるのか思ったら、何故かナナが指名されて挨拶をすることになった。
「えー、本日は『俺の名は』の打ち上げに参加させていただきまして、誠にありがとうございます。優秀なスタッフの皆さま、そして素晴らしい共演者に恵まれたお陰で『俺の名は』は、名作といえる映画になったと思います。本日は今までの苦労を癒すべく、大いに飲んで食べて下さい。それでは乾杯を行いますので、皆さまグラスを手に取って、ご唱和願いまーす。『俺の名は』の成功と、皆さまのますますのご活躍と健康を願って、かんぱーいっ!」
「「「かんぱいっ!!!」」」
全く子供らしくない、お前はどこのリーマンだというほどの完璧な挨拶を終えると、ナナはビール瓶を持って席を回り始める。グラスが空いていたらすかさずビールをついで、簡単に挨拶と世間話しをしたら次のテーブルに移る。お前はリーマンか。
ナナは子役のため、打ち上げまで参加することはあまりなかったけど、参加出来た時には毎度サラリーマンのような立ち振る舞いをみせている。私は教えた覚えもないし、どこで教わったのか……
飲み会講習なんて習い事、ないわよね?
と、ナナの事を観察していたら、主人公を演じていた演技派の若手俳優、窪田翔也君のところに酌に回っていた。
「お疲れさまでしたー、翔さん」
「ナナちゃんもお疲れ。ラストシーン、焦ったよ。アドリブ入れるなら言っといてよー」
「えへへ、うまく出来るかどうか分からなかったので。それに、翔さんもあのまま続けるとは思いませんでしたよ」
「カットもかからなかったしさー、続けるしかないじゃん? 心臓に悪いよ」
そう言ってナナの頭をポンと撫でる。私もイケメンに撫でられたい。
「それしにても最後のアレ、どうやったの? 後からモニターで見直しても、消えていくように見えたんだけどさ」
「気配を限りなく消しただけですよ。そして動きに緩急をつけて惑わした後に、瞬時に動けば相手の視界から消えられるみたいです。えーと、少しやってみますね」
そう言うと、またナナの姿が希薄になり、座ったままゆらりと揺れたと思ったら、窪田君の真後ろに立っていた。窪田君の首にテーブルナイフを突き付けて。
「と、本来はこういう風に使う、どこかの国の暗殺術らしいんですよね。習い事の先生に教わって最近ようやく出来るようになったんですけど、衆人環境で上手くいくか不安だったんですよー」
「薄暗くなっていたから隠れやすくて助かりました。あははー」、と軽く笑いながらナイフをくるくると回しているナナに目眩を覚える。あの先生はナナをどうしたいのか。小学生に暗殺術を教えるんじゃない。
窪田君もドン引きしながら、「アハハ……すごいね」と声が震えている。まぁ、目の前で話していた子が、消えて真後ろからナイフを突きつけられたらそうなるわね。普通に怖いわ。
窪田君へフォローのために私も酌に回ろうか迷っていると、プロデューサーの狸が来た。いや、田貫プロデューサーか。メタボ体型に、寂しくなってきている頭髪、名は体を表すを体現しているかのような狸っぷりだ。性格も狸である。
「いやー、お疲れさまです。この度はナナちゃんの出演を承諾していただいて、助かりましたー」
「いえ、こちらとしましても良い役をいただいて、ありがとうございます」
狸がビールをついでこようとするが、今日はナナを車で送る必要があるため、ソフトドリンクにしてある。丁重に断ってから逆に狸に酌をする。
「ナナちゃんが今作のヒロインを演じてくれたお陰で、大ヒット間違いなしですわ。ガハハ」
「窪田君もいますし、ヒットすると思いますよ」
「いやー、窪田君も良い役者ですけどね。ナナちゃんが出るか出ないかで数字が全く違いますからな。ガハハ!」
そう言って狸が上機嫌にビールをあおる。今回の映画は、私から見ても大ヒットする出来だとは思う。しかし、残念ながら2作目だ。前作は数字的にイマイチな収益にしかなっていなく、前作を見ていない層をどれだけ取り込めるかにかかっている。
まぁ、ナナが今作のヒロイン役を演じたから、十分な収益は見込めるだろう。
「そこで、ですな。是非とも続編の三部目にもナナちゃんに出演して欲しいのですが」
「………え? 誰役で、ですか?」
「そりゃ、もちろん『ひまり』役ですわ」
「いや、ひまりは2部で消えるでしょう。回想シーンがあるなら別ですけど、それならフィルムの使いまわしで十分かと思いますけど」
「いやー、そこをね、実は『ひまり』は消えてなかった、って風にしてだね」
「なにいってんだ、この狸」
「……え?」
「失礼、本音が漏れました」
「え、本音?」
「それは置いといて、田貫プロデューサー。ただナナを使えば数字がとれるという訳ではありませんよ。それだとストーリーが破綻してしまいますし、第一、原作サイドは納得しているんですか?」
「いやー、まだだよ。ナナちゃん側からオッケー貰えたら、話を通そうと思っててさー」
「では、却下で」
「そこをなんとかっ!!」
そう言って狸が土下座をしてくる。この狸は息をするように土下座をする、土下座の禿狸と呼ばれるプロデューサーだ。プライドを捨ててなりふり構わず土下座をしては交渉を通してきた狸は、自分が土下座した回数も覚えてないに違いない。そんな誠意のかけらもない土下座をされても意味はない。
「正座」
「え?」
「正座」
「あっはい」
ぱんぱんに太った足で窮屈そうに正座をする禿狸と、膝を突き合わせて話し合いを進める。
「トゥルーエンドで、最後に主人公とヒロインの間に生まれてきた子供に、『ひまり』と名付けるラストはどうするおつもりなんですか?」
「え、そんなラストなの?」
「原作やってないんかいっ!?」
「ひぃっ!? やったけど長くて全部は無理でさ」
つい、バンッと机を叩くと禿狸がびくりと跳ね上がる。この禿狸は、ろくに原作を知らないで改変しようとしていたのか。一ファンとして許せない。
「ここでっ、ひまりが消えたからっ、トゥルーエンドで泣けるんでしょうがっ! ひまりが消えなかったらラストどうするつもりなのよ!」
「いやー、別に二人になってもいいんじゃないかな? ほら、あなたのお姉ちゃんよ、的な?」
「タイムパラドックスはどこに行ったの!?」
「……タイムパラなんとかって、なんだい?」
「こんの禿狸っ!!」
*
スタッフさんにお酌をして回ってたら、篠崎さんがプロデューサーを正座させて説教をしていた。どうやら、篠崎さんが声を荒らげながら原作ゲームの魅力と、前作の映画が失敗した要因について語っているようだ。
何やってるんだろ篠崎さんは……
呆れながら近くで話を聞いてみると、「どうして一作目で演技の出来ないアイドルをヒロインに起用したのか」、「一作目が爆死したのはミスキャストが原因、死んで詫びろ」、「ひまりを三部に出したら確実にまた爆死する。死ぬなら勝手に死ね。ナナは出さない」などなど、ほぼ正論といえる暴言をこんこんと罵声を交えながら説教していた。
「原作に対するリスペクトとかないの!? そういう安易に漫画やゲームを映画化しては、アイドルを起用すればいいという姿勢が、今日の日本映画界の斜陽を招いているのよ!」
荒ぶる篠崎さんが止まらない、こんなに荒れてる篠崎さんも珍しいなと思ったら、微妙に顔が赤い。篠崎さんが飲んでいた烏龍茶を確かめてみると、かすかにアルコールの匂いがする。これ、ウーロンハイだ。運転するからと、いつもソフトドリンクのはずなのに、店員が間違えたのかな。
「篠崎さん、酔ってる?」
「酔ってないれふ」
うん、酔ってる。薄めのウーロンハイでよく酔えるな、下戸なのか。
それにしても篠崎さん、酒で失敗するタイプだったんだね……もう飲ませないように気をつけないと。




